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03話 式典前夜――崩される信仰

 そんなやり取りをした少し後。カラララン! と、酒場のドアについたベルがひときわ大きく鳴って、いかにもな大声が店内に響き渡った。


「ふう~い疲れたぜえ~! おいマスター! いいモン持ってきたぞ!」


 声の主は、酒場のドアをくぐる様に顔を覗かせる。首を前に出し、肩で風を切るような、いかにも粗暴な大男。

 大男は満足げに「明日はコイツを出してくれや!!」と笑顔で背中の方を指さすと、それは酒場にいた村人の視線を一気に奪っていく。

 ――熊である。

 丸太にくくりつけ、担いで持ってきたらしい。


「うおお! 熊だと!? これあんた達がやったのか?!」

「なんて気前だよ! 熊肉なんて勝てねーモンそうそうありつけねえ!」


 どよめきと感嘆が、酒場の中に広がる。新鮮な熊肉など、そうそうありつけるものではない。

 大男は気分がよさそうに、「おうおう」と手で応えている。


「オイ馬鹿ヤロウ! 善人するのはいいがさっさと熊を降ろさせろ! お前は馬鹿だからいいかもしれねェが、俺は違げンだ!!」


 酒場にいた人々が明日の料理に夢を広げていると、大男の背後から、叫び声が聞こえた。

 大男が「うおっ!? わりいわりい!」と言いながら改めて店の中に入ってくる。

 丸太にくくりつけた熊の後から、キツネ顔の男と、もう一人の男が続けて店に入ってきた。


 三人は、教会がペストロの護衛として雇った傭兵だった。

 最初に入ってきた豪快な男の名はゴンゾ。丸太を後ろで担いでいたキツネ顔の優男がキールといい、その二人をまとめていると一目でわかる、全身傷だらけで引き締まった肉体の中年の男はガイムと言った。

 ゴンゾとキールは町のチンピラあがりという風貌だが、ガイムだけは違った。恐らく、戦場での戦闘経験――即ち本気の命のやり取りをした――、そんな風貌だった。

 身に着けた鎧も、先の二人は皮の鎧だが、ガイムは鉄製の鎧を身に纏っている。


「キミ達が狩ったのかい? 嬉しいね、助かるよ」

「いや、いーって事よ! お代は教会の坊主たちからたくさんもらってるからな!」

「ユイ、明日の料理が決まったぞ。これはごちそうだ」

「む~。コレじゃあ明日の仕事は頑張らないわけにはいかないね~」


 マスターが礼を言うと、大男は少し照れくさそうに、しかし豪快に言い放つ。

 このごちそうには、流石のユイもやり甲斐を感じている様子だ。マスターもユイも、喜びがこぼれ出ている。


「おう嬢ちゃん! エールをくれ!」

「あ、はーい! ちょっと待ってね~!」

「全部で三つな嬢ちゃん! ……ったく、俺らの分も一緒に頼むくらいの気遣いはできねぇのかこいつは」


 三人は熊をマスターに預け、ペストロと同じテーブルに順に腰掛けるや否や、ユイに酒を注文した。

 ゴンゾが豪快に頼むと、やれやれと言う様にキールが補足する。

 キールの声を背中で受けながら、ユイはとてとてとエールを取りにカウンターへと引っ込んで行った。

 ゴンゾは「わりいわりい」と頭をぼりぼりと掻いている。たぶん、反省はしていない。


「これはこれは、お手柄ですね。まさか熊を狩ってくるとは。ご苦労様です。異常ありませんでしたか?」

「なに、長い事ここにいますしね。少し鈍っていたところです。平和なもンですよ。すぐそこが森だってのに、ロクに野犬もいやしません。やっと出会ったのがコイツですよ」


 答えたのはリーダーのガイムだった。

 ロクにというくらいだから少しはいたのだろうが、ものの数にも入れていないのだろう。

 少なくともおれには、少し気怠そうには見えても、疲れては見えなかった。


「おう小僧。今日もお嬢さんの護衛か? 大変だなあ」

「ってもボウズ、聞けば剣も握れねえそうじゃねえか! そんなんじゃ心もとないだろう。どうだ!? 俺たちが稽古つけてやろうか?!」


 キツネ顔のキールがおれに話しかけ、すかさずゴンゾが力こぶを作って見せる。


「いえ、剣は……」


 その申し出を、おれは両の掌を向けて断る。


「そうかあ?! 男なら剣のひとつくらい振れねェとカッコつかねえぞ?!」

「アハハ……」

「まあ司祭様がこの村にいる間だけだからな! もうあんまり時間はねえか!」

「ハハ……」


 そう。おれは剣が持てなかった。あの雨の記憶が邪魔をする。

 あの戦争の後から、剣を持とうとするだけで手が震えてしまう。

 村の男たちからはずいぶんと小ばかにされた。

 その様子から、過去に何かあったくらいは村人みんな知っているものの、『あの戦争で辛い事があったんだろう』くらいで、みんな深くは触れなかった。

 そもそも当の領主様も、心の療養になればと、おれをこの村につれてきたのだ。


「やめとけバカ共。困ってるじゃねぇか。俺たちは司祭様のお付きで来てるんだ。無理強いして傭兵の格を落とすんじゃねェよ」

「へ~ぃ!」

「へ~ぃ」


 ガイムが二人を嗜めと、二人は素直に引き下がった。さすがリーダーなだけある。


「さ、ユイ! アキラ! そろそろいい時間だ。今日もありがとう。もう大丈夫だから、明日のために帰りなさい」

「は~い。じゃあアキラ、着替えてくるから待っててね!」

「あ、ああ……」


 それはマスターの気遣いだったのだろう。その日はアガリとなって、おれ達は酒場から出ることになった。

 ユイはエプロンを置きに裏へと走っていく。

 ユイを待つおれに、ガイムが言葉をかける。


「悪かったな。……アキラっつったか? こいつらも悪気はねえんだ。許してやってくれ」

「いえ……大丈夫です」

「でもまあ正直な話、機会がありゃ切り結んでみたいものだ。……稽古じゃなくてな」

「勘弁してくださいよ……」

「ぬぅ。田舎でのつまらん護衛仕事が面白くなると思ったんだが……仕方ねぇ。……気を悪くさせたな。忘れてくれ。また、明日な」


 困ったように愛想笑いを浮かべるおれを見て、ガイムはため息を一つ吐き、少し残念そうに言った。



 ユイの支度を待ち、酒場を後にしたおれたちは、それぞれの家に向かって歩いていた。

 お嬢様と使用人と言っても、あくまで形式上。別に同じ家に住んでいるわけではない。

 ユイはルドフォード邸に住んでいるが、アキラは近くの家に住んでいる。狭い村だから全てが近所と言えば近所ではあるが、それでも酒場からは少し歩く。


「まだ、持てないんだね」

「……ああ」

「私はそれでいいよ。村のおにーちゃんたちは騎士や傭兵になるって言ってみんな街に行っちゃったし、チビたちもおんなじこと言ってチャンバラごっこしてる。私だけ置いて行かれるのは、もう嫌だよ」

「……大丈夫。俺は、剣を持たないよ」

「うん……」


 ユイも、不安の様だ。男の子なのだから騎士やら武勲に憧れるのは当然。そんな風潮は確かにある。

 村人の男児も、一度は憧れ、そして一度は村を出て、王都や商業都市経験するのだ。

 これまで、そんな別れを何度か経験したから、おれがそんな心配がないというのは、ユイはどこか安心するのかもしれない。

 だからおれは、精いっぱいの笑顔で答えた。剣が持てないのだから、村を出ていくことにはならないだろう。

 そのままお互い無言で歩き、気つけば、ルドフォード邸の前まで来ていた。


「おやすみなさいアキラ。明日は楽しもうね!」

「おう、おやすみ」


 そうして、いつもの酒場のお手伝いは終了した。



 ◇



 その夜。

 ペストロは日課となっている聖書の書き写しをひと段落させ、外の空気を吸いに教会の外に出ていた。

 丘の上から周囲を見回せば、村は門も戸も大方が閉まっていて、静寂が広がっている。

 聞こえる音と言えば、森の方から虫の音がリーリーとなっているだけだ。ところどころ二階の方で明かりが漏れる窓があり、それが闇夜を優しく照らしている。

 その向こうはただただ森と山が連なり、星空がそのシルエットを写し出している。

 ペストロが手に持ったロウソクがゆらゆらと揺れ、長い影を作り出す。

 思わず、笑みがこぼれてしまう。

 移設を提案してからここまでくるのに、結構な時間がかかった。聖地アレナとここの往復も数度行った。そして直近はこの移設の式典のために、この村で暮らしている。

 とても狭い村だ。道幅からして、一〇歩も歩けば道の反対側についてしまう。

 こんな娯楽もロクにない、辺境の片田舎での生活に、やっと終止符を打てると思うと、自然と笑みがこぼれてしまうのは仕方のないことだ。


「こんな夜更けまで起きてるとは、坊さんってのは殊勝だな」

「おや……ガイムさんですか。ええ、職務がございましたので。私も間もなく休ませていただきますよ」


 気付けば、傭兵のリーダーのガイムが、腕を組んで酒場の外壁に寄りかかっていた。

 ペストロは振り向くことなく応える。


「……いよいよだな」

「ええ。明日はよろしくお願いしますよ」

「全く……驚いたぜ。普通なら聖騎士か、お貴族様の護衛でもつけそうなものなのによ。俺たち傭兵に声をかけるとは」


 ガイムも姿勢を変えないまま、ペストロに言葉を投げる。

 聖騎士を所有している聖都の人間が、関係の無い傭兵だけを護衛に着けるというのは、普通なら考えにくいことだ。


「おかげで、結構な稼ぎになったでしょう? この仕事が終わってからこの事を振れ回れば、宣伝にもなると思います」

「まあな……だが、本当にいるのか? ここ連日、森をくまなく探索したが、一向に出会やしねえぞ」

「いなければいないでよいではないですか。給金に変わりはないのですし。わたくしも、危険は少ない方がよいですから。……そうでしょう?」

「ち……。確かにその通りだがな。あまりにも突拍子がねえだろ。森に巣食うバケモノ(・・・・)から護衛してくれってのはよ。そんなモンと戦ったってのは、竜石の英雄くらいだぞ?」

「竜石……竜と戦った英雄スティアの伝説ですか。確かに、他にはあまり聞きません。まあこれも似たようなものですよ。この辺りの伝承に、そんな存在がいるって話があった。なあに、念には念をというヤツですよ」

「それだけか?」

「ええ……それだけです」

「なら、いいがな……」

「ええ。それでは、私は明日の大役に備え、そろそろ眠りに就こうと思います。貴方も、あまり夜更かしはしない方がよいですよ」

「ああ、俺も寝るとするよ。また明日な。司祭様」

「ええ……女神アレナのご加護を」


 そう言って、ペストロは静々と教会の中へと入って行った。

 いるかどうかも分からないバケモノのために、わざわざ高い給金を払って護衛をつけるだろうか? 教会お抱えの聖騎士ではならない理由は何だ? 恐らく、何かしら裏がある。バケモノかどうかはわからないが、明日、何かが起こるということだ。教会お抱えの聖騎士団を使えない、そんな相手が。最悪の場合は――。


「ち。この仕事、失敗だったかもな」


 ペストロがいなくなった後、一人残されたガイムは、ぼそっと吐き捨てて、その場を去った。


 一方、教会の部屋に戻ったペストロは、一人ほくそ笑む。


「傭兵ガイム……全く傭兵風情が生意気ですね。あの内乱を生き抜いた程度の実力はある様ですが。前金も払っているのですし、最低限、相打ち程度にはなっていただきたいものです」


 バケモノは明日、まず間違いなく現れる。

 独自の調査で、あの祠はこの地方の伝承にあるバケモノと関係することを突き止めた。

 傭兵を雇用したのは、その程度では聖騎士を借り受けることができなかったからに他ならない。

 人知れず戦い、人知れず終わればよいが、もし村人に知られた場合、あまり良い状況にはならない。

 その点、傭兵なら安心だ。金だけ渡して切り捨ててしまえばよい。


「村人が阿呆なのは本当に僥倖でした。祠が何なのか、忘れてくれているとは。勧誘のためにアレナの血族であると吹聴するのは私も心苦しかったですし」


 例え小さな祠であろうと、それが残っているということは、アレナ教会にとってみれば他教信仰ということでしかない。

 唯一神のアレナ様以外を崇める? そんなことは許されない。


 『この祠の主は女神アレナの庇護下に置かれた神である』? ……冗談ではない。

 アレナ様の周囲、ご姉妹であるオルセイア様以外に神など、いない。このような片田舎の神など、悪魔以外の何であろうか。

 悪魔崇拝をこの村の民に辞めさせ、純真なるアレナ教徒に改宗させるのだ。

 ご神体をいきなり破棄させることは流石にできないが、もともと廃れていた信仰だ。教会の中に移す事さえできれば、長い月日をかけて一緒くたにしていき、無くしてしまう事もできるだろう。

 そうなれば、この村の信仰は完全にアレナ様一つになる。


「いよいよ、いよいよ明日です……! この功績は大きい……!」


 教会の拡大と異教の排他。この二つが成功したとなれば、ここの教会の名はペストロの名を冠することも夢ではない。

 ペストロは、まだ見ぬ『聖ペストロ教会』の響きに酔いしれながら、眠りについた。


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