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16話 決意

 祭りの翌朝。


 陽もまだ登りきらないというのに、ディヨン村から隣町へと続く街道を、馬車で走る者がいた。


「えええい許すまじディヨンの田舎者どもめ! 聖地に帰ったら大司教様に掛け合って今度こそ聖騎士団を動かし、村の守り神を消し去ってくれる!!」


 ペストロ司祭である。


 あの空気で自分も祭りに参加などできるはずがない。村人共が浮かれている間に荷物を纏め、村の入り口に止めていた馬車に乗り込んだ。

 おかげで昨晩は馬車の中でひっそりと仮眠をとる羽目になった。


 村への慈悲として邪教徒扱いにせず、知らぬ間に救ってやろうとしたというのに!

 返す仕打ちがこれとは! 絶対に許さん!

 置き去りにした裏切り者の傭兵と共に、後悔しながら死んでゆけ! ざまあみろ!


 ペストロが本当に気に入らないのは、聖ペストロ教会建立という夢をぶち壊されたからだが、当人にはどちらでも構わない。


「おや……あれは……」


 怒りに打ち震えながらしばらく街道を走っていると、茂みから街道に歩いてくる人影を見つけた。


「なんだ……? 女か……?」


 フラフラとして、今にも倒れそうに見える。

 これはいけない。アレナ様に仕える身として、行き倒れている人を見捨てるわけにはいかない。

 それに、旅には色があってもよいだろう?


「女神に仕える身ですが、聖都までも遠いですし……」


 これだけの苦汁をなめさせられたのだ。女神も一度くらいならお許しになるはず。

 ペストロは女性の近くで馬車を止め、女性に話しかけた。


「いかがなされましたかお嬢さん? 私は聖地アレナの司教ペストロと申します。よろしければ、町までお乗せしますよ」


 ペストロは『神に仕える司祭の顔』を造り、女性に話しかける。

 もちろん、町までとは言わず、聖都近くまでは同行していただきますが。

 そんなペストロの思惑を疑いもせず、女性は目を伏せたまま頷いてペストロの手をとり、馬車に乗り込んだ。


 馬車の荷台に女性を乗せ、馬車は再び走り出した。

 女性は座ったまま俯き、生気が無いように見える。


「いかがされたのですか? あのようなところで」

「……」

「お腹が空いたのでしたら、そこの麻袋に食料と水がございますよ?」

「……」


 女性は応えない。それほどまでに疲弊していたのだろうか。仕方ないですね。少し時間を置きますか。

 歳は二十代中頃だろうか。よく見れば、この世の者とは思えないほどよいスタイルをしている。

 何よりも、燃えるような赤い髪(・・・・・・・・・)が情欲を掻きたてる。

 これは、旅が楽しくなるぞと、ペストロは思った。


 それからすぐの事だった。

 ゆったりと女性が動き出す。

 食糧に手を伸ばすかと思えばそうじゃない。手綱を握るペストロの方へと向かってきた。


「おや……? いかがなされましたか?」


 まさか私を誘惑するつもりでしょうか? 私は聖職者だというのに。まったく、気の早い。

 ペストロの背後まで来た女は、ニタァと大口を開けて笑い、そして。

 (おぞ)ましいヘビ女(ラミア)へと、姿を変えた。


「!? き、貴様……ディヨンの!? ……やめ、や、私が悪かった!! あの村にはもう手を出さぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」


 もし。彼女がアキラ達に対して殺意を持っていたならば――数秒の後には、彼らもペストロと同じ運命を辿っていただろう。



 ◇



「こんなもんかな」


 おれは荷物をまとめ、旅立ちの準備を終わらせていた。

 といっても、もともと物なんてロクに持っていないので、麻袋一つに収まってしまう。 着替え一着と、路銀少々。我ながら少ないなと思った。


「覚悟、できたみたいじゃの」


 アイが話しかける。おれの顔つきは、昨日であった時とは別人の様に違いない。


「ああ。正直まだ、なんでおれがっていう気持ちはあるさ。でも、キミはおれに憑いちまった。そして、ラミアと戦って、なんとかだけど、勝てた。いつまでおれが巻き込まれるか知らないけど、少なくとも普通の人にはできないことができるようになったって事だろ? おれがいない事で、不幸になる人がいる。でも、おれがいればそうならない。ならせめて、やれることをやってみようと思う。それに――」

「それに?」

「ここにいたらきっと、呼び寄せちまうんだろ? 村のみんなを巻き込むわけにはいかないよ」

「……そうじゃな。やっぱりお主は、妾の宿主様じゃよ。のう? 元王国騎士団の英雄部隊、隊員アキラ殿?」

「……やめろよ、あれは礼儀で明かしただけだよ。すべてわかって、全部背負ってくれたガイムさんに」


 そう、おれは六年前の戦争で、反乱の首謀者ボルドーを討った部隊、飛翔隊にいた。

 まだ少年兵だったとはいえ、最前線を進んだ部隊だ。だから、人との戦いには慣れていたし、こんな年齢でも、そこらの傭兵に負けることはない。


 おれを見るアイは、本当に嬉しそうだった。

 まだ朝も早いというのに、ジャンさんを初めとした村の代表たちは、酒場に集まり、村の蛇神祭りと、今後について話をしている。

 ジャンさんには旅に出ることを伝えたが、他の人には、伝えないつもりだ。

 もしユイに伝えたら、絶対についてくるって言うに決まっている。自惚れかもしれないが、そうであってほしいという願いも込みであることは否定しない。

 しかしそもそも、魔物と戦うための旅なのだ。絶対に危険な目に合わせてしまう。


「それで? おれはこれから旅に出て、どうすりゃいい? 片っ端からこうやって魔物に出会っていけばいいのか?」

「ん~そうじゃの~。先ずは仲間を得る事じゃの。今回は本当になんとか勝てたが、本気じゃないラミア相手に、傭兵三人と共闘してなんとかでは、先が心配じゃ」

「あんな相手くらい余裕で勝っとけってか? いったいどこまでのものと戦うんだよ」

「原因……じゃろうの。悪魔か、魔王か、地獄の門か。妾が起きた原因が必ずある。それを取り除くことがゴールになるじゃろうの」


 ……とんでもないことを言う。

 対人であれば確かに経験はあるが、バケモノ相手はこれが初めてだ。

 わかるか? 常人がどうすることもできない力を持った存在を、バケモノと言うんだぞ。


「この剣にもう少しこう、特別な力でもありゃ、まだ現実味があったかもな? ただの、鉄のクレイモアじゃなくて」


 精いっぱいの皮肉を返す。神様の一品で、精霊つきともなれば、破魔の力や、びーむが出せるとかあってもいいではないか。


「ほむ? ただのクレイモア? 何じゃそれ?」

「ん?」


 アイはきょとんとしている。何か間違った事を言っただろうか。


「妾はただの(・・・)クレイモアなんかじゃないぞ?」

「いや、だって、そうにしか見えないぞ?」

「あー。あー……。どうじゃろなー。お主は、知らない方がいい気がする」

「は!? なんだよそれ!? なんかよくない呪いでもあるのか!?」


 知らない方がいいって何だ!? これからこの剣で戦いをしなきゃいけない持ち主が知らない方がいい事があってたまるか。


「いやいや、お主の力になるものじゃよ。発動には条件があるけどのー」

「……条件? それ次第で強くなるって事か?」

「そうじゃ。ラミアの時もあの傭兵の時も、発動はしてたんじゃがの? でものぅ……」

「なんだよ!? 発動の条件もわからず戦えってのか!?」

「ううううううう~~~~ん……」


 アイは悩んだ。この剣は『持ち主の想いが、剣の力に宿る』という能力なのだ。

 想いが強ければ強いほど、剣は切れ味をますし、斬りたいものだけを斬ることができるようになる。

 もしこれを伝えて、威力のために何かを想って戦うとなれば、それこそ本末転倒である。

 だから、アイの判断は。


「やっぱ、まだヒミツじゃ!」

「え、ええ~~……」

「大丈夫。そのうちわかる!」


 いたずらっぽく笑うアイに、おれはがっくしと肩を落とした。


「それで、仲間じゃが……」


 アイが無理矢理話題を変える。これ以上問い詰めても教えてくれはしないだろう。


「できれば、魔道士とか、亜人とか。魔物と戦うのにも効果のある人が望ましいじゃろう。火、水、土、風。四属性に加えて、光と闇。あとは……雷とか……だったかの?」

「をいをいをいをいちょっとまて、魔道士? 亜人? そんなんまでいるのか!?」

「だろうの。そもそもそういうのが常識ではない様じゃし、まあ先ず見つからんじゃろうから、地道に探すしかないのう。それに……」

「それに……なんだよ」

「いや、なんでもない。気のせいかもしれんし。魔道士も亜人もおるよ。数は圧倒的に少ないじゃろうが」

「……そうなると大きな街とかで聞き込みするしかないってことか……。 街で魔女を探した日にゃ、それこそ異端審問行きとかないよな……」

「バレなきゃ大丈夫じゃよ」

「あ、あるよね。やっぱ」


 この旅は、仲間探しからして、非常に困難である様だ。


「あははは~☆ まぁ、なんとかなるじゃろ。言ったじゃろ? 運命だと。どこまで決まってるかはわからんが、きっと大丈夫じゃ!」


 もうホント、楽観的だなコイツ。仕方ない。今はその言葉を信じて、やってみるか。


「さて、宿主さまよ。最初の目的地はどこじゃ?」

「そうだな。王都を目指そうと思う。人探しをするなら、人が多いところの方が情報もあるだろ? それに、会いたい人もいるしね」

「知り合い?」

「ああ。小さいころ、世話になった人たちだ。元気にしてるかなぁ」


 そう話すおれの顔は、懐かしく、嬉しそうな顔だった。

 空は快晴。それはおれのこれからの旅を照らすかの様だった。


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