14話 掴みとる信仰
「……早く、終わらせましょう」
「すまねぇな。まさか、こんな形で手合せすることになるとは思わなかった。悪いが、手加減はできねぇぞ」
おれと、ガイム。二人お互いに剣を構え、対峙する。
それは、共に実力がある者同士の、決闘のそれに他ならなかった。
「……え? あれ本当にアキラか? 剣なんて見るだけで震えてたはずだよな?」
「いつのまに克服したんだ?」
「わからねえが、ガイムさんは戦争を生き残った傭兵なんだろ? アキラが勝てるわけない」
村人たちが口々に言う。
村に来てからのおれしかしらない村人にとっては、今のこの現状はさぞや意外な事だろう。
「……だとよ」
「まあ……ですよね」
「キャハハハハハ! じゃろうの~。精々驚かせてやればよい!」
今までのやり取りをずっと黙ってみていた精霊少女が言った。心底楽しそうに見える。自分の主がちゃんと戦えたことが、嬉しいかったのかもしれない。
ちなみに今、精霊少女は浮いていない。一応、村人の目線を気にしてくれたのか、飛ばずにいてくれた様だ。
それから数秒の時間が過ぎる。おれ達の緊張は、周囲のどよめきを吸収し、次第に静寂へと変わっていく。
張りつめた空気が、広場を支配した。
おれはまっすぐとガイムを見つめ、集中しながら、緊張の音を聴いていた。
誰かの息を飲む音が聞こえる。
とても長い時間に感じる。
内戦を生き抜いた傭兵は、油断できる相手ではない。
張り合った気は、互いの隙を見逃さない。
一瞬の綻びが合図となるだろう。
そしてこういった場合、口火を切るのは大抵、空気の読めないヤツである。
「何をしているのです傭兵! そんな小僧、さっさと倒してしまいなさい!!」
「――ッ!!」
ペストロが叫ぶ。場の空気が乱れた。一歩を踏み込んだのは同時。
瞬時に互いに間合いを詰め、一撃を繰り出す。ガキィンと剣同士がぶつかり、火花が散る。ガイムはすぐさま体勢を立て直し、次の一撃を入れる。おれはそれも剣で防ぐ。その次も、その次も、おれは剣で一撃防ぐことができた。
「やるな……! アキラ!」
「ガイムさんこそ……!」
剣越しに挨拶を交わす。数回の打ち合いの後、二人は一度離れ、間合いを取った。
「……気に入らねえな。遊びやがって」
「……そんなことは」
体制を整えながら、ガイムが不満そうに言葉を吐いた。さっきのラミアとの戦いを見ての感想の様だ。
「ガイムさんの攻撃を……防いだ……?」
「え、アレ、本当にアキラか……?」
あっけにとられた村人たちの口は、例外なくぽかんと空いている。
村に来ていた商人も、ペストロすらも空いていた。
精霊少女だけが、とてもとても自慢げに鼻をみょーんと伸ばしていた。
「……仕方ねえ。様子見は終わりだ。本気で行くぞ」
「……」
それは、ものすごい殺気だった。周りで見ていただけの村人達ですら鳥肌が立つ。
おれは何も答えず、ただ重心を下げ、攻撃に備えることで返事をした。
これで、勝負が決まる。
踏み込むためガイムの重心が動き、止まったかと思えば、次の瞬間にはガイムの本気の一撃がおれに降りかかっていた。
しかしその剣閃を瞬時に見切り、切先がおれに到達するよりも圧倒的に速く、ガイムの懐へ入り込んで高速の横なぎを繰り出した。
ガイムも咄嗟に防御姿勢に切り替え、剣で受けることに成功するも。
キン! という高音がその場に響いた。
その結果に、おれは一言、言葉を吐く。
「俺の勝ち……ですね」
「やっぱムカつくぜ、小僧」
ガイムが見慣れたはず剣は、切っ先を失いその姿を変え。
わずかに回転しながら、十秒に届くのではないかという対空時間を経て。
ドスッ……! と、土の地面へと突き刺さった。
「それまで! ……決着です、よろしいですね? 司祭様」
すかさずジャンがその場を取り仕切る。
ペストロはジャンの言葉に返事をするでもなく、ただ悔しそうに歯を食いしばり、顔をヒクつかせていた。
「これを以って、正式に祠の取り壊しは中止とします。これは領主としての命令です。この村は、これまで通り、女神アレナと共に、祠の女神を祀り続けます!」
「お……のれ……! 村を挙げて邪教徒となるというつもりですか……!」
「勘違いされては困りますね司祭殿。街を護って見せた英雄は、銅像になり、崇められるのはよくある事ではありませんか」
「何をぬけぬけと……! ラミアを崇めて、ただで済むと思っているのか……!」
「ふむ……? 確かに、この村は、ラミアという女性の英雄が、身を挺して隣国の侵攻から護った村です。それが何か?」
「~~~~~っ!! 減らず口を……! お、覚えてなさいよ!!」
ひょうひょうと言葉を返すジャンに、ペストロは怒りで耳まで真っ赤にしながら、広場の教会の中へと引っ込んで行った。
恐らく、荷物を纏めに行ったのだ。
「さてみなさん。せっかくの式典です。……そうだ。この式典も、名を変えねばなりませんね。元々は我々が長い歴史の中で、女神様への信仰を疎かにしてしまったことが原因。どうでしょう? 今日のこの日を、蛇神様の守護に感謝を捧げる日とし、村の祭日とするのは」
ジャンは両手を広げ、村人達に聞く。その答えはもう、わかりきっている。
「仕方ないねぇ。ジャンさんが言うんじゃ、そうするほかないねぇ」
「いいぞー領主様ー!」
「蛇神祭だ! こりゃあ改めて準備しないとな!」
村人たちは一斉に動き出し、再び式典の準備に新たな熱を帯びる。
……全く。都合の良い村人達だ。
おれは、どこか嬉しそうな人々を見ながら、そんなことを思った。