11話 想いの剣閃
「あ~~悪いお二人さん、そろそろ攻撃にもどってくれねッスか」
「うわっ!? ごめん! 今戻る!」
方針が決まったところで、キールがおれとガイムに助けを求めてきた。
おれとガイムとユイの三人が方針を話している間、基本キールとゴンゾでずっとラミアと攻防をしていたのだ。
「……しかし、殺さなくてもいいが、倒さなきゃいけねえのは変わってねえ。むしろトドメをさせない分、難易度だけ上がったぞ」
「あ~……そうかも」
ガイムと二人、どこか呑気に会話する。相変わらずヘビの尾は木をへし折り、刃を弾いているのに。
「上半身なら、鱗が、ない! のに……!」
「あの、蛇の尾を! なんとかしない事に、は! 上半身への攻撃なんて無、理だぞ!」
「ちくしょう! 後ろからでも尾で矢を防ぎやがる! どなってんだよ魔物ってのは!」
キールが叫ぶ。さっきから何度もラミアの後ろに回り込むも、その矢はことごとく正確に叩き落とされている。まるで、後ろにも目がついているかの様だ。
「……ん? 後ろ……? あ、そうか! ヘビか!」
「あ?」
キールが溢したそれは、打開の見えない現状の気の紛らわしだった。
しかし、おれはこれにハっとする。
「あの顔のくぼみ、アレです!」
くぼみとは、ラミアの頬にある、タトゥーの様な六つの黒いくぼみの事だ。
「あ? アレが何だってんだ!?」
「一か八かですけどね! おい精霊、出てこれるか!?」
なんのことだか皆目わかっていないガイムをよそに、おれは精霊少女を呼びコンコンと剣を拳で叩く。
すぐに「はーい!」と返事しながら、ポン! と精霊少女が呼ばれて飛び出た。
「ぬぅ……何じゃその呼び方は……。なんか嫌じゃの」
呼び方に不服そうであるが、今はそれにリアクションしている暇はない。
「ごめん! お願いがある!」
「ほむ? よかろう。何なりと申すがよい」
頼られて気分が良いのか。精霊少女はフン! とのけぞり、どや顔で返事をする。ころころと忙しいヤツだ。
……大丈夫。きっとできる。
おれは精霊少女に耳打ちした。
「ほほぅ……それでなんとかなるんじゃの?」
精霊少女は目を細め、おれに聞き返す。
おれはただ「……ああ」とだけ返事する。その視線は、ラミアを見据えたまま。
「言いおったのぅ? ま、妾もこんな初戦で負けて欲しくはないしの。よかろ。それじゃ行ってくるぞ~」
ふるふると手を振って、精霊少女はひゅ~っと明後日の方へ飛んで行き、地面に降り立つと、すぐさま泥遊びを始めた。
「お、おいどうしたボウズ!? 何か思いついたんじゃないのか!? あの浮かぶガキ、何してんだ!?」
ガイムが驚いて顎でクイと指した方では、精霊少女が湿った土で泥遊びを始めていた。
「大丈夫。これでいいんですよ。これからあいつがラミアに飛びつきます。それまで、何とかしてあいつに攻撃がいかない様にしてください!」
「……まさか、目つぶしでもやるつもりか? そんなのが、あのラミアに効くのか?!」
「さあ……。でも、やってみるだけの価値は、あるでしょう?」
「……いいだろう、ノってやる」
泥で目つぶし。ふざけた作戦に聞こえるが、おれは真剣だった。
これでもこの森に長年通った地元人。ヘビそのものの生態にも、多少は詳しいんだ。
ガイムも、おれの目を信用してくれた様だ。
「いっくぞぉ~!」
泥遊びを済ませ、両手一杯に泥を盛った精霊は、勢いよく、ラミアの顔面めがけて飛んで行く。
すかさず、尾がそれを阻止すべく精霊少女めがけて襲い掛かる。
「させるかあっ!」
おれとガイムが尾に剣を入れ、ゴンゾが尾にしがみつき、キールが矢で上半身を狙う。
「そいやぁっ!」
――――べちょ。
おれ達の必死の妨害の甲斐があったか、精霊少女はラミアの頬にあった入れ墨の様な六つの黒いくぼみに、両手で泥を塗り込んだ。
そしてそのまま「ひゃああああっ」と上空に逃げた。
「よしっ! 成功だ!」
「成功って、頬に塗ってんぞ!? 失敗だろ!?」
「これでいいんです! 見てください!」
傭兵達がラミアの方を見てみると、ラミアは苦しそうに、くぼみに入った泥を手で掻き出そうとしていた。
「あのくぼみがある種類のヘビは、目があんまりよくないんです。かわりに、あのくぼみで、生き物がいる場所を感じているんだ。だから……あれをつぶしてしまえば……!」
「なんだソレ。嘘……じゃ、ねえみたいだな?」
確かに、ラミアの尾の動きが鈍くなったように見える。というよりも、正確に位置をつかめていない様だ。
泥を掻き出そうにも、あのとがりまくった爪じゃあ、掻き出そうとすれば自分の頬を傷つけてしまう事だろう。
「ええ。ディヨンは森が近いですし、元々ラミアを崇めるような村ですよ。これくらいのヘビの生態なら、常識です」
『村の知恵』は正しい。ヘビにあるこのくぼみは、赤外線を察知する器官とされている。このくぼみに反射した赤外線で、生き物の温度を感知しているのだ。
そして、海で砂に入れば日焼けしないのと同じ。赤外線の遮断に泥を使うというのは、有効な手段だった。
もっとも、おれがその手段に泥を選択したのは、偶然ではあったが。
「なるほど……これなら、少しの間上半身が狙えそうだな、キール!」
「ヘイよ!」
ガイムの号令で、キールが再びラミアの背後に走って行く。
他のメンバーは、変わらず攻撃を繰り出し、そして尾を防ぐ。
キールは背後に回りそしてすかさず矢を射った。
その矢は、風切り音を立て空を泳ぎ、ラミアの右腕をかすった。
「当たった……!」
「やるじゃねぇかボウズ! さァ、こっからはスピード勝負だ。動き回られて泥が落ちる前に決めるぞ!」
これで希望が見えてきた。感知の何かが鈍くなっていることは間違いない。
数の利で、取り囲む作戦も多少は有効になっているはずだ。
頬についた泥が落ちる前に、取り囲んで決める必要がある。
失敗したからもう一回が、通じるとは考えにくい。
「一発で決めてえところだが……。ボウズ、任せていいか?」
「え、俺!?」
「当然だろ。上半身は生身に見えるとはいえ、相手は神様扱いされてたバケモンだ。現に、俺たちはアイツに傷一つつけられてねぇ。でもボウズはさっき、一撃を決めただろ?」
「いや……でも」
「お前が望んだのは|この先≪・・・≫だろ。てめえがぶち込む時間は稼いでやる。吐いた言葉の責任、取って見せろ」
「は……い。わかりました……!」
ラミアから目を離さぬまま話すガイムの目は、真剣に、勝つための活路を見ている……そんな目だった。
おれは改めて剣を握った両手を見て、グッと力を込める。
吐いた言葉の責任|≪ラミアを止める≫。やって、やる。
おれが改めて覚悟を決めたのを背中で感じたガイムが、残る傭兵に指示を出す。
「ゴンゾ! キール! 二人とも協力してやれ!」
「うぇ!? うそだろボス!」
「いいからやれ! 俺たちがやるより勝機はあることぐらいわかんだろ!」
「ちくしょう! 小僧! 失敗したら許さねえからな!」
ゴンゾもキールも、半ばヤケの様にラミアに攻撃を繰り出した。
「みんな……ありがとう。俺の方に、ラミアをあっちの方に誘導してくれ!」
おれは傭兵達の期待に応えるべく、それだけを伝え、その場を離れて走った。
傭兵達がラミアの攻撃を受けている間に、おれは急いで少し離れた場所に立っている木に登り、息をひそめた。
先ほどの様にラミアが温度感知できる状態であれば、例え身を隠したところで自分は丸見えだっただろうが、今は違う。ピット器官が泥で妨害できている間であれば、この行動にも効果があった。
「……ああ、なるほどのぅ……」
「どうしたの? 精霊? ちゃん」
泥を塗りたくってから、ユイのところで戦いを見ていた一緒に精霊少女は、悟った様に言う。
「うむ。わかったのじゃよ。何故妾が、彼に呼応したのか」
「呼応?」
「そう。この剣はの。基本的にはただ折れないだけのクレイモアじゃ。まぁ、それだけでも神の一品ではあるがの。……しかしもう一つ、神々から授かった特別な力がある。それは、それが強ければ強いほど、強大な力となり、使用者の力に反映する。初めはなんで、あやつなのかわからんかったが……」
「アキラが……特別な何かを持っているってこと……?」
「うむ。おそらくヌシの言う特別とはちょっと違うがの。それは、誰でも持ち得るもの。……じゃが」
精霊少女は、嬉しそうに語る。
それがアキラであったことを喜ぶかの様に。
「ここまで、強く持つ人は少ないじゃろうの」
精霊少女が語る間に、傭兵達によって、だんだんとラミアがアキラのいる木の下へ誘導される。
「感情だけでも。理性だけでもない。そのどちらもが合わさって初めて生まれる、力」
いよいよだ。殺すのではない。この暴走だけを、ただ止める一撃を。
ごめんよ。
辛かっただろう?
寂しかっただろう?
長年一人で村を護って。
護った人々に忘れられて。
刃すら向けてしまった。
ちゃんと思い出すから。
思い出させるから。
おれは強く、強く剣を握る。
剣の刀身が、再び青白い光を纏う。
嘆きよ、沈まれ――。
ラミアが、おれがいる木の真下に、現れる。
「護りたい。助けたい。倒したい。そうしなければならない。それができなかった時、自我を保てるかどうかすらわからないほどの」
――相手を思う、想いの力――。
「今だ、やれええええええええええええ!!」
ガイムが木の上にいるおれに向かって叫ぶ。
同時、おれは木から飛び降り、真下にいるラミアに向かって振りかぶる。
ラミアの目がこちらを捉える。しかしもう間に合わせない。
大きく振ったその剣閃は、ザン……! と、ラミアの胸に、大きく刻まれた。
次回は2019/08/10 19:15頃、手動投稿します!