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10話 神を討つか、魔を祀るか

 羊皮紙に書かれていた内容が本当に史実であるならば、ラミアを殺すことが最善とは、おれにはどうしても思えなかった。


 二〇〇年前、砦の入り口にケガをした女性が倒れており、若い兵士が介抱をした。

 傷が癒えるまで、彼女は砦で生活をした。

 ある日、隣国の大部隊が攻め込んできたが、とても一砦が対応できる数ではなく、砦の兵士全員が死を覚悟して挑む構えを見せた。

 しかし、その助けた女性がラミアへと姿を変え、一人、大部隊を迎え討ちに行き、見事砦を守り切った。

 砦の兵士たちは、その恩義を謳い、ラミアに感謝と、祈りを捧げる祠を建てた。


 これが、あの羊皮紙に書かれていた真相だった。

 今まで、この砦が隣国と戦ったという話は聞いたことがない。

 それはこのラミアが幾度となく侵攻を食い止めてくれたからだろう。

 羊皮紙に書かれていたその日から今に至るまで二〇〇年。たった、一人で。


「やっぱり……ダメだ。俺には……できない! ずっとあの村を護ってくれた、恩人を斬るなんて!」

「てめえ正気か!? 恩人だからこんなバケモノでも殺すなってか!? こんなのを野放しにしたら、いつ村が襲われるわかったもんじゃねぇ!」

「そうだな。悪いがそれはできねぇ相談だ。俺たちは傭兵だ。戦うために雇われてる。その内容にゃこのバケモノとの戦いも含まれててな」


 キールも、ガイムも、アキラの想いを否定する。

 だけど、アキラも引き下がれない。


「恩義を忘れ、この手で殺せってのか?! 俺は村に来てから六年しかたってない! でもな! それでも俺はあの村の人間だ! あの村が好きだ! そうやって同じように思っていた存在を、村の勝手で殺すってのか!?」

「だからってやめるわけにはいかねえだろ! 俺達が逃げたら、次はあの村が襲われるっていってンだろ!! バケモノに恩義もクソもねえんだよ!」

「神様っては、信仰心が力の源なんだってな。もしボウズが言っていることが本当で、ただ掃いたいだけだったとしても、祠を取り壊したらそうはいかねえぞ。それこそ死ぬ気で村を襲いに来る」


 激高するキールに対し、ガイムは比較的冷静に答える。

 彼らの言っていることはもっともだ。

 最初にラミアがあげたあの咆哮は、壊すために祠に槌を入れたことで何か異変を感じたからだろう。

 そして、その理由を知ろうと、村に向かっていたところに、この傭兵達と鉢合わせしたに違いない。

 羊皮紙の記述から察するに、ラミアは本来言葉の通じる相手だ。

 だが今このラミアには、言葉が通じる様子はない。……それでも。


「それでも。俺は彼女を、止めたい。彼女は、身を護っているだけなんだ。今はきっと、混乱して、言葉が通じないだけなんだ。だから……殺さなくていい。落ち着くように、止まるまでで、いいんだ」


 おれは悲痛に、ラミアを見ながら言葉を発する。

 それを戦いながら聞いていたガイムは「ハッ」と笑ってから、こう続けた。


「ちっ……しょうがねぇ。思い返してみりゃあ、攻撃を仕掛けたのは俺たちが先だ。お前の言う通り、コイツは身を護っているに過ぎないのかもしれねェ。どうせやることは変わらねぇんだ。……少しだけ付き合ってやるよ」

「ボ、ボス!?」

「そんな勝手な!?」

「うるせぇボスって言うな! ……ったく、いつまでチンピラ気分でいやがる。別に戦いを放棄するわけじゃねえんだ。少しくらいいいだろう」


 ガイムの言葉にキールもゴンゾも、しぶしぶ了承した。とはいえ、やれやれと言った感情を隠す気はない様だ。


「ちょ、ちょっとまってよ!」


 しかしユイだけは、この方針に納得できていなかった。

 座っていた倒木から立ち上がり、意義を唱える。


「そんな理由で、このバケモノを見逃すつもりなの?! やめてよ……そんなことしたら、教会が……!」


 そう。教会である。先ほどキールが言っていたことだ。「あの祠で祀っていた神様は、ラミアだった。でも殺さない」そんなことを教会の人間に言えば、それこそ聖騎士が魔女裁判のために村人をしょっ引きに来るだろう。

 例えこのラミアを倒さずに済んだとしても、祠の取り壊しまで中止になる訳ではない。

 そして祠の取り壊しを中止させるために村人を説得しようものなら、それこそペストロ司祭の耳に入ってしまう。

 村人全員の命か、ラミアの命か。この二択を覆せそうにない。

 ユイに対して大丈夫と言えずにいると、その問題を打開してくれたのは、先ほどまで反対していたガイムだった。


「あの生臭はな。このバケモノの存在を知っているみたいだったぜ。俺たちの仕事の中には初めから、ディヨンの森のバケモノとの戦いってのが含まれていたからな。だから、教会がこれを知らなかったとは思えねえ。聖騎士団を付けずに、傭兵の俺らを付けたのは、これが理由なんだろうよ」


 ガイムは昨日の夜の事を思い出しながら言った。そもそも傭兵達が森に出かけていたのは、別に熊や狼といった獣の駆除が目的ではない。このバケモノを探していたに他ならないのだ。

 こんな、伝説に近しい存在との戦闘なんざ、いくら聖騎士団だってやり合いたいワケがない。ましてや、さして身分が高いわけでもないペストロ一人のためとあっちゃ、さもありなんだ。

 だから教会は、捨て駒にできる傭兵を選んだ。少し高いお金を積めば、中身を理解せずに仕事を受ける傭兵なんざいくらでもいる。それにまんまと飛びついたってわけだ。


「チッ……気に食わねェな……」


 ガイムは心底嫌そうに言った。

 ペストロは傭兵達が勝てるとは思っていないだろう。しかし、どちらでもよいのだ。もし傭兵達が殺されたなら、祠を壊しさえすれば、ラミアは死ぬ。もし万が一勝ってしまっても、ラミアは当然死んでいるのだから、祠の取り壊しに支障はないのだ。

 ただ、祠が取り壊されるまでの間、ペストロの身さえ守られればそれでよい。

 結局、ラミアの死は逃れられないのだ。


「悪ィが、やっぱ魔物は殺すほか、ねえかもしれねぇな」


 ガイムがおれの方を向いて、諦めたように言った。

 そしておれは、その言葉で、答えを閃く。


「……魔物……? そうか――それなら!!」

「……あん?」

「そうだよ! ラミアが魔物としてではなく、ちゃんと神様として扱われればいいんだ! 伝承では、ラミアは元々神様になった人間だったって聞く! そうだよ、ちゃんと神様なんだ!!」

「だとしたら、ラミアは魔物ではなく、ちゃんとした女神信仰ということになるってことか……!?」

「そう、確かに異教ではあるかもしれない。けど、邪教徒じゃない! ペストロは司祭であって審問官じゃない。なんとか……やれるはず!」

「……祠を壊す気になっている村人を説得するってか。フン。とんだ大言壮語だ」


 ラミアは、元々人間であり、神様と恋仲になり女神となるも、他の女神の嫉妬に合い、魔物に落とされたとされている。

 おれの目に希望が宿ったのを見たガイムは、どこか羨ましそうに鼻で嗤い、そして思った。「なんてまっすぐな瞳だ。全く、これだからガキは」


「だ、そうだよ。嬢ちゃん。嬢ちゃんはまだ反対するか?」


 ガイムがユイに問いかける。おれも、真剣なまなざしで、ユイを見つめる。

 ユイにとってみれば、自分の命がかかっているのだ。気持ちとしては反対なのは当然だ。

 しかし、アキラにそんな目を向けられて、まっすぐ見つめ返すことなど、ユイにはできなかった。


「あ~もう! わかった! わかったよそれでいいよ! そのかわりアキラ! ちゃんと、全部やり遂げてよ!? 失敗したら承知しないんだからね!」


 怒っている様に言うユイだったが、その顔はどこか赤くなっており、表情はどこか嬉しそうだった。


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