表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
6/22

五話 純朴皇子

五話 純朴皇子

 朔夜の母・裕月が桃也の名前を知っている。蘭丸や朔夜が生まれる前に皇籍離脱を行なった。その知らせは香国中を駆け巡る大事件となった。そのため、人々の中には皇籍離脱をした皇子・孫桃也の名前が深く刻まれている。冷静に考えた時、今にしてみればわかる気がした。

 地面にひれ伏す親子に桃也は膝をついて顔を上げるように言った。顔を上げると桃也がしゃがんでいるのを見てさらに慌てる。しかし、桃也はもうその心配はありません、と言った。

「確かに、あなたの言う通り、私は先代国王の十男・孫桃也です。しかし、今は皇子の身分ではない。対等な立場です。そんな態度をとる必要なありません」

「でも、うちの息子がご迷惑をおかけして・・・」

「そんな。むしろ、うちの息子の蘭丸があなたや息子の朔夜にご迷惑をおかけしていると思っているんですよ?」

 桃也はそう言って笑った。そして朔夜の名前を呼んだ。

「朔夜。お前はこれからまだ伸びる。これからも勉学を教えてあげよう」

「いいんですか?」

 朔夜が驚いていると、裕月が「勉強とは?」と聞く。朔夜は蘭丸からの誘いと桃也の好意により、桃也から勉学を教わっていることを明かした。裕月はうそ?! と驚く。

 すると今度は蘭丸が前へ出た。

「僕が朔夜と勉強したいと思って、父さんには僕が頼んだんです。朔夜を怒らないでください。怒るなら僕を」

 蘭丸は自分の考えに桃也が承諾してくれたことで実現したことだと伝えた。蘭丸を責めることなど裕月にはなかなかできなかった。桃也はさらに語りかけた。

「私はもう皇子ではありません。それに、息子と仲良くしてくれる友達のお母さんだ。これからも蘭丸のことをよろしくお願いします」

「・・・朔夜には貧乏なせいで苦しい思いばかりで。でも、蘭丸くんのことを話している時は本当に楽しそうで。その絆を切るのは母親失格。桃也さま、どうか朔夜のことをよろしくお願いします」

 裕月は頭を下げた。

 桃也と蘭丸のことが本当の意味で認めてもらえたそんな瞬間だった。

 朔夜と別れて、桃也と蘭丸は屋敷へ帰っていく。その帰り道、桃也は蘭丸に話しかけた。

「蘭丸もあんなことが言えるなんて、父さんは驚いたよ」

「でも、怖かった。父さんのことも僕のことも嫌だって言われたら、もう朔夜と友達でいられなくなるって考えたら」

 桃也は蘭丸の中にも友達を失う恐怖と戦っていたのだと改めて思い知らされた。しかし、桃也には妙な自信があった。蘭丸と朔夜の絆は出会う前から強いもので、その強さは一生ものであることが。

 時が過ぎればわかることだ。今後の成長を楽しみにしなければならないなと桃也は思った。

 屋敷に戻ると蘭丸はすぐに眠ってしまった。

 すると青葉から一枚の手紙が渡された。差出人は? と聞くと手紙の中に書いてあると思うと言われた。桃也は部屋に戻り、手紙を広げた。手紙の表には「孫桃也さま」と丁寧に書かれているが、中身には「桃也」と親しみを込めて書かれている。

 桃也は手紙を読み始めた。


『桃也。

 皇籍離脱をしてから幾年が過ぎたが、息災であるだろうか?

 俺も、他の兄弟達も息災している。手紙を送れない俺にも問題はあるが、しがらみの少ない桃也のほうが手紙を出しやすいだろう。たくさん出せとは言わない。気が向いたら出せ。

 前置きはこれくらいにして、桃也の耳に入れておきたいことがある。父上に新しい妻が入内された。

 俺たち兄弟もまたかと呆れている。今に始まった事ではない。問題は入内した妻のほうだ。入内したのは江桜花殿だ。江一族ならば皇籍離脱をした桃也でも分かるだろう。夕弦から忠告を受けたばかりだ。

 過去に好敵手ライバルを様々な方法で排除してきた過去を持っている。皇籍離脱をした桃也に矛先が向くことはないとはいえない。注意するように。


 香国国王 孫 龍』


 差出人は長兄の龍であった。手紙の内容は桃也の近況を伺うものだったが、忠告をするような内容も含まれていた。手紙の末尾にある龍の名前の下には龍の名前と山吹の花が彫られた印が押されている。

 この印が王からの正式文書であることを証明するのと同時に、孫龍であるという証である。

 香国の王族には生まれたその日からそれぞれ象徴花が与えられるしきたりになっている。以降、持ち物や装飾品に至るまでその花が彫られる。装束などの着るものを除いた持ち物や装飾品を庶民が身につけることはできない。勿論、王族もそのしきたりに従い、自分の象徴花以外の他人の象徴花を身につけることはできない。

 桃也の兄・龍の象徴花は山吹である。

「江一族か・・・。俺が狙われるのは仕方ないとして、関係のない青葉や蘭丸が狙われたら大変だ・・・。宮廷では有能な人だが、黒い噂が後を絶たない。気をつけなければ」

 桃也はそう決めた。

 皇籍離脱をしたからといって王族の血がなくなったわけではない。孫家の第十皇子としての責務を果たさなければならないと思った。しかし、桃也は恐ろしいと身震いした。

「皇籍離脱をして政治の世界から離れたというのに・・・、まだ俺にまとわり付くのか・・・。孫家の呪われた血が・・・」

 すると部屋に青葉が入ってきた。心配そうに見つめる青葉に桃也は「心配するな」と続けた。青葉は桃也の手を両手で包み込んだ。柔らかい青葉の手の感触が桃也にはとても心地いい。

「私は下級貴族・秦の家から孫家に嫁いだ身。どこまでもあなたと共に歩いていきます」

「それがどんな茨の道でもか?」

「ええ。覚悟の上です」

 桃也はありがとうと言って青葉の華奢な体を腕の中に閉じ込めた。しかし、桃也夫婦揃って思ったのは自分はどうなっても構わない。しかし、息子の蘭丸だけはなんとか守ってあげなければならないと。

 手紙を送ってもらったことで知った事実だった。桃也は心の中でしっかりと家族を守ろうと改めて決意するのであった。



 一方、集落にある朔夜の家では。

 朔夜は桃也に書いてもらった紙を裕月に見せる。そこに書かれているのは自分の名前。

「僕の名前の漢字! すごいね!」

「ほんと・・・。さすがだわ」

 裕月も感心していた。まさか自分の息子の友達の父親が自分たちとは天と地の差にいる人間だったとは思いもしなかった。最初こそ恐れ多いと思っていたが、飾らない桃也の対応、そして同じ年代の息子を持つ親の姿を見せられて親近感が湧いた。

「本当に桃也さまはすごいわ」

「今度、蘭丸のお父さんからもっと文字を教えてもらうんだ」

「へえ。ちゃんと勉強するんだよ」

 裕月に言われて朔夜は大きく頷いた。朔夜は裕月の胸の中に飛び込んだ。なかなかやらない行動に裕月も戸惑う。朔夜は裕月に甘えるように顔をすりすりと裕月の腹に擦り寄る。

「母さん。勉強を頑張って、いつかみんなの役に立つ大人になるから」

「おやおや。それは楽しみね」

「少しでも母さんを楽にさせてあげるからね」

「まあ。今夜の朔夜はびっくりするくらいに甘えん坊ね」

 朔夜の頭を裕月は優しく撫でた。裕月は夜空を見上げた。そこには丸い月が顔を出していた。裕月は月を見上げて思う。

 あなた。あなたの息子はすごくいい子よ。素敵な友達にも出会えたし、未来が楽しみよ。これからも見守っていて。

 月の光に亡くなった夫を重ねて、裕月は思いを馳せるのであった。



 桃也の元に手紙が届いて数週間後のまた月が照らす夜のことだった。

 宮廷の中にある龍の自室。そこへ一人の男性がやってくる。この男性は王様の身の回りの側仕えをしている。部屋の前で立膝を立て、声をかける。

「夜分遅くに失礼いたします、王様」

「どうした?」

「王様宛てのお手紙が届いております」

 側仕えから手紙を受け取った龍は、側仕えに下がるように命じた。すると、側仕えは部屋から離れていった。

「なんとなく察しはつくが・・・」

 龍は手紙を広げる。そこには丁寧な字で書かれている。


『香国国王 孫 龍さま。

 お手紙ありがとうございます。孫桃也でございます。

 私たち家族も特に大きな出来事もなく、平穏に過ごしております。町の人たちも活気に溢れております。これも全て龍兄上のご尽力の賜物でございます。

 しかし、一つ町を離れれば貧しい暮らしを余儀なくされている人たちも多くおります。その人たちに龍兄上のご慈悲をお恵みください。

 江一族の女性が父上の元へ入内されたこと、お伝え下さりありがとうございます。確かに龍兄上の言う通りです。宮廷にいる兄上たちに困難が降りかからないようにお祈りしております。

 私の方はご心配なされますな。龍兄上は民に御心をお注ぎください。


 孫 桃也』


 龍は手紙を机の上に置いた。

「全く、いつも俺たちのことばかり・・・。少しは自分の身も考えろってんだ・・・」

 龍がそう呟いた。

 すると部屋の外から龍を呼ぶ声がした。側仕えの声だった。来客が来たというのだ。龍は来客は誰だ? と聞く。

「江礼さまです」

「・・・通せ」

 噂をすれば江一族の礼が訪ねてきた。龍は正直気乗りがしなかったが、来てしまったものはしょうがない。龍の元に礼がやってきて龍の前に座る。

「こんな夜分に申し訳ありません。我が娘が先王さまの元へ入内しましたので、ご挨拶にと」

「そうか。父上のことだ。私たち兄弟も慣れている。父上も正妃である私の母上やその後に入内してきた女性たちも失っていたからな。ちょうどいいのではないか?」

 龍はそう言った。礼はご機嫌なのか笑った。

 数分話をして、礼は出て行った。一人残された龍は深いため息を吐いた。大事な娘を先代国王の妻にしたのは何かあるのかもしれない。しかしまだ目立った動きがない。牽制ができないのだ。

 何もないことを祈るばかりであった。

 龍はそんな不安を抱えながら、一日を終えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ