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花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第二章
22/22

一話 蕾

一話 蕾

 あれから十年後。

 香国には変わらない空気が漂っていた。町の活気も相変わらずであるがその中を走り抜ける人物が一人。白と青の装束を着て袖をたすき掛けしている。少し長めの髪を一つに束ね、頭には三日月の形をした髪飾りをつけている。

「おはようございます!」

 少し高めの男の声が聞こえてきた。

 十七歳になった朔夜であった。七歳の少年は立派な青年へと成長した。朔夜は貧しい生活を少しでも楽にするために町の中を走り回りお金を稼いでいる。

 すると朔夜が足を止めた。見覚えのある後ろ姿を見つけて声をかけた。

「都羽!」

 振り返るとそれは都羽であった。緑と白の装束に黒くて長い髪を一つに結わき、手には書物を持っている。都羽も成長し、賢い娘へと成長していたのだった。子供の頃よりも髪の毛が伸びて、艶のある黒髪が風になびく。

「朔夜? 何してるの?」

「仕事。今日は荷担ぎ」

 額に汗を滲ませながら朔夜は言った。都羽は手に持っていた書物を閉じて呆れ顔で朔夜に言った。

「いつからこんな仕事馬鹿になったのか」

「仕事馬鹿って言わないでよ! これは自分で決めたことだから」

「まあ、朔夜がそう言うなら私は止めないけど」

 都羽は息を吐いた。

 朔夜と都羽は並んで歩いた。活気に満ち溢れた町の中を歩き続けていると、馴染みのある場所へとやってきた。そこは大衆食堂。二人の幼馴染である雲雀の両親が経営している食堂だ。

「いらっしゃい!」

 二人が食堂へ入ると声が聞こえてきた。二人の顔を見た女性が声をかけてきた。

「朔夜くんに都羽ちゃんね?」

「千鳥さん。こんにちは」

 二人に声をかけた人物は雲雀の姉で次女にあたる蔡千鳥。さすがツグミの子供たちである。容姿がとても美しい。千鳥は二人を席へと案内した。

「雲雀を呼んでくるから待っていて」

 千鳥は雲雀を呼ぶために動いてくれた。数分後には見覚えのある姿は見えた。黒と茶色が絶妙に混じった髪の色。都羽のまっすぐな髪とは違う。少し波打った毛先。後ろ髪を簡単に止めている。雲雀である。幼い頃から美少女として有名であったが、その美しさはさらに増している。それは幼馴染たちから見ても同じだった。

 雲雀は席に座り、会話が弾んだ。

「そういえば都羽の試験ももうすぐだよね?」

「もうすぐって言っても三ヶ月後ね」

 都羽の幼い頃の夢であった役人になるという夢が一歩近づいていた。役人を採用する国家試験にすでに申し込んでおり、試験を受ける資格を得ていた。都羽があとすべきことは勉学に励むことだ。

 都羽が読んでいる書物に目を通すが二人の頭の中にははてながたくさんだ。すると雲雀が「あっ」と思い立ったように言った。

「もう一人、連れてくる?」

「そうね。三人だけじゃないものね」

 雲雀と都羽が顔を見合わせた。三人は立ち上がり、ある場所へと向かった。



 町を一望できる丘の上。風が優しく吹いて草花を揺らしていた。

 地面に腰掛ける人間が一人。髪の毛を束ねてそれを下ろさず、赤い紐で止めている。紺色と青の装束。そして首には、見覚えのある腕輪が紐でくくられて首飾りとして下げられていた。

「やっぱりここにいた」

 都羽の声が聞こえてきた。するとその人物は振り返った。その視線の先には、朔夜と都羽、雲雀の三人の姿があった。すると雲雀が声をかけた。

「うちでご飯食べない? 三人じゃ寂しいの。やっぱり、四人じゃなきゃ、ね?」

 雲雀が微笑んで、その名前を口にした。

「蘭丸」

 丘の上で座っていた人物は蘭丸であった。

 両親を失い、母方の祖父にあたる孔明に引き取られて子供の頃を過ごした。十年という時を経て心の傷は多少なりとも癒えたがその時の光景と決意は忘れたことなど一度もなかった。

「雲雀の家で?」

「そうよ」

 蘭丸は行くよ! といつものように笑顔を見せた。四人は揃って歩いている。四人は立派に成長したがやはりどこか子供の心が抜けないところがある。そこがまた可愛くて仕方がない。

 四人は雲雀の家で食事を堪能した。子供の頃も楽しかった。しかし、成長した現在も楽しいものだ。十年もの間に大きな争いごとは目立って起こっていなかった。国民には知られていないだけなのかもしれない。

 大きな知らせといえば五年前に遡る。その知らせが四人の中で話題になっていた。

「王様に皇子様が生まれたって知らせはすごく嬉しかったよね」

「確かに」

 国王の龍と茜の間に待望の皇子が誕生したのだった。その知らせは国中を駆け巡る大きな知らせとなった。その皇子にはソンアオイという名前が付けられたという。

「だってよく考えれば、その葵さまって蘭丸の従兄弟ってことだよね?」

「え?」

「確かにそうね・・・。蘭丸のお父様は今の王様の弟だもんね」

 そういえば考えたことなかった、と蘭丸は呟いた。もし桃也が皇籍離脱さえしなければ、蘭丸は孫家の皇子だったのだ。しかし、蘭丸は王族の血を引いていながら皇子になれない。そう考えると不思議な気持ちになる。

「お父さんが飾らない人だったからだと思う。俺、全然自分が特別な血を引いてる自覚なかったからさ」

 蘭丸は腕輪を見つめる。すると朔夜が蘭丸に言った。

「いつか会えるといいね。蘭丸のお父さんのお兄さんたちに」

「そうだね」

 蘭丸は笑った。すると蘭丸は都羽の役人試験が近いねと切り出す。またその話?! と都羽は呆れた。蘭丸は都羽を見て笑った。

「どうですか? 手応えのほうは?」

「手応えも何も試験はまだずっと先よ。試験問題さえ見てないのになにが手応えよ」

「だって都羽は四人の中でも一番頭いいから試験問題なんて楽勝じゃん」

 蘭丸がそう言うとそんなわけないでしょ、と都羽が頭を抱えてうなだれた。

 都羽は手に持っていた書物を三人に見せる。そこには難しい言葉が並べられていて、三人には理解しがたいものだった。三人は顔を見合わせた。

「ねえ、雲雀わかる?」

「分かるわけないでしょ・・・! じゃ、じゃあ朔夜は?!」

「・・・分かりません」

 小さな声で三人は顔を見合わせて話す。都羽はこれで分かった? とばかりに息を吐いた。

「こんな難しい本読んでるの?! よく読めるね」

「私もこれでも必死なの。合格するかどうか五分五分ってところね」

 都羽の言葉にそっか・・・、と三人は言った。しかし蘭丸は書物を返しながら都羽に言った。

「でも俺は都羽だったら合格できるって信じてるよ」

「どうしたの急に。私に緊張感与えようとしてるの?」

 蘭丸はそうじゃないって、と言った。じゃあ何? と都羽が聞き返すとまっすぐな目で都羽を見て言った。

「都羽なら大丈夫な気がするだけだよ。都羽のことは雲雀も朔夜も応援してる。その代わり、合格したら一番に俺たちに知らせろよ。それだけは約束だ」

 蘭丸がそう言うと優しいそよ風が吹いた。都羽の耳につけられていた耳飾りが動く。風になびいてチリンと優しい音が聞こえてきた。その音はとても心地よく、都羽の心の中にあるざわめきを鎮めてくれている。

「なんだかそんな気がしてきたかも・・・」

 都羽がそう言うと、三人は微笑み返した。



 一方宮廷では子供達の声が響いていた。

 龍と茜の息子である葵が中庭を遊びまわっていた。その様子を茜と薫が見ている。なんとも微笑ましい光景である。

「葵さま。活発ね」

「ええ。病気もなく健康体そのもので嬉しい限りです」

 茜は遊んでいる葵に目を移しながら微笑んだ。すると茜は薫に言った。

「そういえば、薫さまの娘さまたちもお元気ですか?」

「ええ」

 薫は頷いた。

 薫と夫である棕との間には可愛い娘が二人いる。薫は茜の前に腰掛けて話し出す。

「長女の麗美レイミは快活で遊んでは怪我ばかりして男の子みたいなの。逆に妹の亜樹アキはおとなしい子で最近は本ばかり読んでいるわ。極端すぎて私も困っているのよ」

 薫と棕の二人の娘。

 長女は孫麗美ソンレイミ、次女を孫亜樹ソンアキという。薫は茜よりも先に母親になっている。茜にとってみれば薫はしっかり者のイメージがついていた。しかし、そんな薫でも子育てには困惑することばかりだったことに驚いた。

「ほらほら、葵さまのところに行ってあげなさい」

 薫に言われて茜は葵の元へと向かった。すると部屋の襖が開いて、そこから薫の夫である棕が入ってきた。それに気づいた薫は身だしなみを正して、迎え入れた。

「薫」

「珍しいですね、あなたが来るなんて」

「今日は休みだ。来て何が悪い」

「麗美と亜樹の相手をしていてと言ったではありませんか」

「今、寝てるんだ」

 薫が棕に畳み掛けるように話をしている。それには真面目な棕も言い返せなかった。むしろ薫に棕が押されているような印象がある。薫は棕に話した。

「桃也さまと青葉さまが亡くなってから十年。犯人はまだ?」

「ああ。右京から何も連絡がこない。このままでは桃也も青葉殿も浮かばれまい」

 薫は俯いた。

 香国第十皇子である孫桃也の死の真相は未だにわかっていない。明らかに殺人事件ということはわかっていた。しかし、あまりにも手がかりが少なく目撃者もいないことから未だに犯人は捕まえられずにいたのだった。

 検非違使である右京も出来る限り調べているがなかなか情報は出て来ない。そして、桃也の象徴花の刻まれた宝物でさえ行方不明なのだ。

「右京さまも大変ですね」

「俺も出来る限り調べているが、なかなか」

 棕は息を吐いた。

 すると薫は棕に言った。

「きっと天は我らに味方をしてくれます。今は何もなくともきっと希望の光は見えてくると思います」

「何を根拠に」

「あなたのような堅物な方に嫁いで数年経過しています。私を侮らないでください、棕?」

 薫は何か言いたげに棕の名前を言った。

 棕は静かに息を吐いた。表情はどこか柔らかい。薫が棕の名前を呼んだ時からである。薫は公私をきっちりと分ける棕の為に公式の場合では「主人」といった名称を使うが、こうして二人になった時は「棕」と名前を呼んでいるのである。

「お前には敵わんな」

 棕はそう言った。

 第十皇子である桃也が謎の死を遂げて十年。事件の捜査は検非違使である右京を中心として進められている。しかし犯人の目星どころか、象徴花の宝も行方不明のままだった。事件はこのまま闇の中に葬ってしまのかと少し諦めているようにも見えた。

 噂の右京は検非違使の任務についている人間が出入りする検非違使庁にいた。検非違使は国で事件などが発生した場合に情報を集めて捜査をする捜査機関である。ここで結論付けたものを兄である河津の所属する防衛府に伝えられるのだ。

 右京は今まで集めた情報を整理し、精査していた。

「なぜここまで調べて情報が出て来ない?」

 右京は考えた。

 しかし右京は結論には至らなかった。すると右京は何を思い立ったのか、広げていた資料をたたみそれを持って部屋を出て行った。

「意見を聞こう」

 右京は検非違使庁を出て行ったのだった。


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