二十話 僕たちは大人になる
二十話 僕たちは大人になる
僕はまだ夢を見ているのだろうか。
お父さんがいて、お母さんがいて、朔夜、雲雀、都羽がいる。毎日ずっと笑っていた。楽しかった。
そう幸せだった。
はずなのに・・・。
色鮮やかな世界は突如として色のない白黒の世界になってしまった。お父さんとお母さんが誰かに殺され、変わり果てた姿を僕たちは見てしまった。
「お母さん? お父さん?」
僕の声も、朔夜の声も、都羽の声も、雲雀の声も届かなかった。手についた血が僕に現実を突きつける。頭がおかしくなりそうなほどに涙が溢れた。
血まみれの手紙を無我夢中で拾い集めて逃げ出した。
あの時の光景は脳裏にしっかりとこびりついて離れない。
なぜお父さんとお母さんが死ななければならなかったのか。なぜお父さんは宝物を僕たちに渡したのか。なぜお父さんは僕が七歳になるまでちゃんとした苗字を教えてくれなかったのか。
疑問は沢山ある。聞きたいことも沢山ある。
それなのに聞きたいお父さんはもうこの世にはいない。僕の首に下がっている腕輪がお父さんの形見になってしまった。
僕は一人ぼっちになってしまった。
お母さんのお父さん、僕にとってはおじいちゃんにあたる孔明さまに引き取られたけど、しばらく孔明さまとも話ができなかった。お母さんが元々使っていた部屋を僕の部屋にして、僕はただひたすらその部屋で時間が過ぎていくのを眺めていた。
「蘭丸」
「蘭丸」
「蘭丸」
僕の名前を呼ぶ三人の声が聞こえて来る。振り返れば、朔夜、雲雀、都羽がそこにいた。生まれて初めてできた友達。親友で幼馴染。
貧しい生まれだけど、優しくて友達思いの朔夜。
最初会ったときはかなり馴れ馴れしくて、でもいつも楽しい話をしてくれる雲雀。
最初はどこか無愛想で近寄りがたかったけど、誰よりも頭が良くて勉強ができる都羽。
四人の中で同じ要素は一つもない。本当に一人一人に個性がちゃんとある。誰一人として欠けちゃいけない。
「朔夜! 雲雀! 都羽!」
僕は知らないうちに三人の名前を大きな声で呼んでいた。
暗闇の中に閉じ込められていた僕を三人は救い出してくれた。もしかしたら、お父さんが言っていたことは本当なのかもしれない。
困ったときは四人で協力すること。決して四人の縁を壊してはいけない。
僕がこうやって前を向けたのも三人のおかげなんだ。
雲一つない青空の下、あの丘の上にいた。こことの出会いは今でも覚えてる。お父さんはここがお母さんにも話していない秘密の場所だって言っていた。お父さんの言う通りでここにくれば悩みなど遠くへ行ってしまうかのように思えた。
地面に腰を下ろすと優しい風が吹いた。小さな花が揺れていた。
「・・・」
僕は静かに息を吐いた。この国に流れる小さな風を頬に感じながら静かに目を閉じた。
僕たちはいつまでも子供のままではいられない。それは子供でもわかっている。
僕は大きくなったら平和に過ごしたいな〜なんて考えていたけど、今は違う。
僕は、お父さんとお母さんがどうして殺されなきゃいけなかったのか、誰が殺したのかという真実が知りたい。そして、お父さんとの手紙のやり取りをしていたお兄さんたちとも話したい。
その真実を知るまで、僕は生き続けなきゃいけない。
僕たちはいずれ大人になり、それぞれの道を進むことになる。僕はこれがしたいと思ってもどうやって叶えればいいかわからなくて尻込みすることが多い。
僕はただ丘から見える景色を脳裏に焼き付けていた。
僕たちは大人になる。
何かを得れば、それと引き換えに捨てていくものも多いらしい。僕は欲張りでわがままだから、何かを得ても、代わりに何かを捨てるなんてことはしたくない。できれば何も失いたくない。
神様、僕の願いを叶えてください---。
花が揺れ、小鳥が舞い、風が吹き抜き、月が静かに照らす。
季節は巡り、何度も四季が繰り返された。
孫蘭丸。
蔡雲雀。
李都羽。
史朔夜。
四人は---、時の流れに身を任せてそして思い出を噛みしめるように生き続けたのだった。




