表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
2/22

一話 花を冠する少年

一話 花を冠する少年

 桃也が皇籍離脱をして八年の月日が流れた。

 桃也と青葉は香国内の活気ある町の中で屋敷を構えて暮らしている。最初こそ慣れないことが多かったが七年の年月が過ぎればもう造作もないことだった。七年の間に変化したことがある。

蘭丸ランマル! 起きなさい!」

 青葉の声が響いた。すると布団からモゴモゴと動くものがある。布団がめくられると桃也の面影を持つ少年だった。乱れた髪の毛をそのままに青葉の声が聞こえたほうへ走り出す。

 やってきたのは家族が集まる大部屋。そこには青葉が作った朝食が並べられていた。

「母上」

「おはよう、ほら朝ごはん食べるから着替えてきなさい」

 青葉に呼ばれた蘭丸という少年。桃也が皇籍離脱をしたちょうど一年後に生まれた息子だ。現在、七歳。かなりやんちゃな部分もあって母の青葉も手を焼くことが少々。蘭丸は部屋に戻り着物に着替えた。

 そしてドタドタと豪快な走り音を廊下に響かせた。大部屋には青葉の作った料理が並ぶ。美味しそうな香りが蘭丸の腹の虫を刺戟する。そして湧き上がる食欲。

「おはよう」

「おはよう! 父さん!」

 奥の部屋からやってきたのは桃也。寝癖のついた髪の毛を手櫛で直しながら座る。あぐらをかいた桃也の膝の上にちょこんと座った。桃也の大きい手が蘭丸の頭の上に乗せられた。

「またそんなところに座って・・・」

「ここは僕の特等席なんだよ! ね、父さん!」

 青葉が呆れたような言葉をかける。蘭丸はそんな言葉など気にせず、父親である桃也の方へ顔を上げた。

「そうだな。ここはお前の特等席だ。でもな、母さんを困らせるようなことはしてはいけないぞ。それは守れ」

「うん!」

 桃也がそう言うと蘭丸は首を縦に振った。いい子だ、と桃也は再び頭を撫でる。そして朝食を食べ始めた。

 どこにでもいる普通の家族。

 桃也が王族・孫家の出身であり、その息子である蘭丸が直系であること以外は。まだ幼い少年は自分のことをよく分かっていない。蘭丸ランマルという名前は勿論知っている。しかし、肝心の苗字は知らない。蘭丸自身は自分の本名を知らないのだ。まさかそれが王族の苗字を引き継いでいることになることなど知る由もない。

 桃也と青葉の夫婦はその後、町中にある屋敷で暮らしている。王族ではないものの、貴族としての身分を桃也の兄であり、現国王である龍から与えられた。今後の生活に差し支えがないようにという配慮だ。

 しかし、まだ蘭丸には桃也が今まで歩んだ人生のことを話していない。いつかは話さなくてはいけないと感じていながらも話すきっかけが掴めないでいた。

 朝食が食べ終わると桃也は青葉が作った布製のカバンに紙や筆を入れて出かけて行った。走り去る蘭丸の後ろ姿を見送って青葉は屋敷の中で家事に追われた。そこへ、桃也がやってきた。

「蘭丸は出かけたのか? 今日は寺子屋だったか?」

「いいえ。今日はお休みです。あの子、ただ出かけてくるって言っただけなんですよ? 何かご存知ないのですか?」

 青葉がそう聞いた。そうか、と桃也がつぶやいた。それで何かを察したのが青葉だった。

「あなた。もしかしてご存知なのですか?」

「なんとなくの察しはつく」

「じゃあどこに?」

「悪いが、これは青葉の頼みでも教えられないな。これは俺と蘭丸の約束だからな。悪いな」

 桃也がそう笑った。すると青葉はため息をついた。そして手に持っていた着物を桃也に渡した。桃也は意味がわからず、青葉の名前を呼ぶ。

「内緒にした罰です! 洗濯物、たたんどいてください!」

 桃也は青葉の声色から少し怒っているように感じた。しかしどこかで嫉妬のようなものも感じる。自分には内緒なんで疎外感を感じる以外何を感じるだろうか。

 桃也は可愛いと思いながら、洗濯物をたたみ始めるのであった。



 一方の蘭丸は屋敷から数メートル離れた場所にある小高い丘に登っていた。子供の足で一生懸命登り、頂上に着くと勢いよく走り出した。

 頂上は開けており、そこからは蘭丸が暮らしている町を一望できる場所だった。

 蘭丸はこの場所が大好きだった。初めて桃也に連れてきてもらった場所だった。その時、蘭丸はこんな約束を交わしていた。


『ここは父さんのお気に入りの場所なんだ』

『きれーい!』

『だろ? 母さんも知らない特別な場所なんだぞ? 蘭丸、母さんには内緒だぞ?』

『うん! ひ・み・つ!』


 そんな会話を展開していた。その頃はまだ蘭丸は物心が付き始めるころだったが、記憶が曖昧になり始めている。しかし、この場所が父親と秘密を約束したお気に入りの場所であることだけは覚えている。

 蘭丸はカバンから紙と筆を取り出す。筆に墨をつけて文字を書き付けていく。書いているのは簡単な言葉。あえて勉強を家でやらず外でやるというなんとも不思議な行動である。

 丘の上には木々が生え、花たちも自生している。

 色鮮やかなこの場所が蘭丸にとってはもう一つの部屋のような存在であった。

 すると蘭丸のいる丘に猫が一匹上がってきた。その猫はゆっくりと蘭丸の方へ向かってくる。蘭丸が振り返ると猫が蘭丸の横にちょんと座った。蘭丸のことをあまり警戒しない不思議な猫。

 すると蘭丸は猫の頭を撫でながらこう言った。

「僕、ずっとここにいたいな。そう思わない?」

 すると蘭丸の言葉に応えるようににゃーんと小さい声で鳴いた。風が吹いて髪の毛を揺らす。自生している植物たちも揺れて、花びらが舞う。蘭丸の髪に花びらが引っかかり止まる。

 花びらには気づかずに蘭丸は猫と戯れていた。

 蘭丸は猫としばらく戯れた後、荷物を持って丘を降りていった。

 蘭丸が暮らしている香国は美しい山と海を有する国で長い平和を保っていた。そんな国で生まれ育った蘭丸は自然を愛する少年になっていった。

 蘭丸は町の中を走って家への道を急いだ。



 一方その頃宮廷では。

 すでに桃也の父である国王は退位し、長男の龍が国王として君臨していた。龍は国王として誠心誠意働いていた。国王の証である金細工の冠をつけて、高貴な色を象徴する紫の着物を着て政務にあたっている。

 今日は自室にて収められた年貢などに誤差がないか目を通している。話しかけるなオーラを出しながら献上された目録に目を通していく。目録を全部読み終わり、ふうっと息を吐いた。

 すると龍の部屋の外から声が聞こえてきた。

「龍陛下。王妃さまがいらしております」

「通せ」

「かしこまりました」

 龍がそう言うと、部屋に黒い髪を結い上げてきらびやかな着物を身につけた女性が入ってきた。手にはお盆、お盆の上には湯飲み。女性は頭を下げて礼をすると座る。

「ご苦労様です」

アカネ。悪いな」

 龍の妻である茜が夫をねぎらうため、湯飲みに茶を淹れてわざわざ持ってきたのだった。龍は湯飲みを手にすると口をつけて飲み始めた。はあっと息を吐くと茜をまっすぐ見つめた。

「うまい」

「ありがとうございます」

 茜は頭を下げた。

 茜は有力貴族の娘で、桃也が宮廷を出て行った数年後に結婚した。最初は慣れなかったが、現在は夫を支える妻となっていった。そして王妃としての責務もこなしている。茜にとってみれば何気ない会話が大好きだった。

「それにしても、殿下には・・・」

「殿下だなんて謙遜するな。普通に呼んでくれ。それの方が落ち着く」

 龍はそう訂正させた。茜は申し訳ありません、と頭を下げて改めて龍の名前を呼んで会話を展開する。

「ご兄弟が多くて・・・、まだ慣れておりません。でも、素晴らしい弟君たちですね」

「その部分はお前に迷惑をかけている部分だな。悪いな。弟たちはそれぞれの才能を活かすために仕事をしてる。これには俺も頭が下がる」

 龍は笑った。

 龍が笑うのも無理はない。先代国王にはたくさんの子供が生まれており、その数龍を含めて十人。しかも全員が男という神様も驚きのものであった。長男である龍は国王となったが、その下の弟たちはそれぞれ得意分野を生かして宮廷で各部署の高官などを勤めている。

 末弟の桃也以外は---。

「しかし宮廷には八人しか弟君がおりません。どういうことですか?」

「そういえば、そのことを話していなかったな」

 龍は自分の末弟である桃也のことを話し始めた。兄たちとの政治的対立を防ぐため、自ら皇位継承権を放棄し、掟に従って宮廷を出て行った皇子さまの話だ。龍が茜を王妃として迎えたのは、桃也が出て行った後だったから面識がないのは当然であった。

「一番下の弟君は今・・・?」

「この香国のどこかで暮らしてるだろう。最近は文が来なくなったが、息災だろう」

 龍はそう言った。龍はふいに窓の外を眺める。窓の外には松の木が植えられている。歳は離れているが可愛い弟であることに変わりはない。

「桃也さまのこと、本当に大事に思っているのですね」

「俺たちは母親が違う。俺は正妻の子だ。それでも、弟たち全員が俺のことを兄として慕ってくれた。一番下の桃也もそうだ。兄弟の母親の何人かはすでに亡くなっている。俺が、守ってやらないとって思ったんだよ」

 先代国王には正妻である王妃の他にたくさんの側室を持っていた。その側室との間に生まれた子供が弟たちだ。勿論、末弟の桃也もそうだ。しかし、中には早くに母親を失った弟も多かった。

 幸い龍の母は寛容な人物で、子供達の養育を行っていった。その影響からか、龍も皇太子であるにも関わらずおせっかいを焼いていた。まさか末弟が皇籍離脱をするとは夢にも思わずに。

「最後の皇籍離脱は数百年前だ。まさか、俺の時になるとは思わなかった。しかし、俺は決意を捻じ曲げることなどできない。これはこれでよいと思う」

「そうですか・・・」

 茜はそう言うと龍が飲み終わった湯飲みをお盆に乗せて、部屋から出て行った。一人残された龍は再び気を引き締めて準備を整えた後、たくさんの大臣たちが待つ謁見の間へと向かうのであった。



 謁見の間で行われた議論は一時間。

 龍が謁見の間を出て行くと大臣たちは囁き合う。

「王様は考えが浅い気がしてなりませぬ。何をお考えなのか」

「たくさん弟君がいらっしゃったから、おせっかいのせいでしょう」

 龍の考えに疑問を抱く者が多かった。しかも自分が育った環境に関することに関する噂まで流れている。

 高い身分の大臣だけが着用を許されている赤い装束を着た男性が謁見の間から外へと出る。

 この男、コウレイ

 宮廷内で発言力の高い貴族・江一族出身の男性だ。礼も他の大臣たちと同じでまだ国王になってそこまで年数を重ねていない龍に疑問を抱いている。しかも、龍には致命的な欠点があった。それは・・・、

「王様にはお子さまがいらっしゃらない。このままではお世継ぎがいなくなる。弟君たちが継がないとなると・・・、我らの転機が巡ったかもしれぬな」

 礼がそう呟いた。

 忠実な家臣の仮面を被った野心家の一面を見せる礼。礼の横を生暖かい風が通り過ぎた。髪の毛を揺らしているが、その眼光は鋭く刃のようだった。



 一方町の屋敷では桃也が青葉とくつろいでいた。

「蘭丸ももう七歳。物心がつく頃です。そろそろ話してもいいのではありませんか?」

「そうだな。俺の口から伝えよう。でも、蘭丸には身分で威張らずに誰とでも分け隔てなく接せれる子にしてあげたい」

「そうですね」

 青葉はただそれだけを言った。

 両親が決意をしたその時に、屋敷の扉が開いて元気な声が響いた。花の名前を冠する少年の元気な声だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ