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花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
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十八話 遠い思い出とともに

十八話 遠い思い出とともに

 宮廷内では行事に向けて忙しなく動いている。

 料理を作る人、会場設営に徹する人、会場警備をする人。様々だ。

 そしてぞろぞろと招待客が宮廷の中へ入っていく。その中には匠の姿があった。入り口で孔明の名代であることを伝えると招待者帳簿に書き込まれて中へ通される。

 宮廷内は華やかに飾られて、招待者たちはどんどん宮廷内に進んで行く。謁見の間に通されて所定の席へ座る。そこには多くの招待客たちが座っている。もちろん、礼の姿もそこにはあった。

 すると招待客の前に先代国王が現れた。てっきり龍が登場するものだと思っていたもので全員が驚いていた。

「本日はよく参られた。本日は皆々様に報告があってな」

 先代国王の発言に周囲がざわめき始める。これには匠も耳を疑った。すると、先代国王は手招きをする。御簾の影から一人の女性が現れた。妖艶な紫の着物を身につけ、頭には金でできた髪飾りがある。

 切れ長の目はまるで獲物を狙う獣のようにも見える。

「お初にお目にかかります。江桜花でございます」

 彼女こそ、先代国王の新しい妃となった江桜花である。礼の娘である。桜花の姿を見たことのない人が多く、全員が凝視した。純粋無垢とは違う、色香漂う美しさを桜花は持っている。甘い花の香りにあてられているかのようだった。

「私と桜花との間に皇子が誕生した」

 先代国王がそう言った。さらにどよめきが走る。その皇子というのは桜花が大事そうに抱いている。桜花は我が子を愛おしそうに見つめる。

 招待客たちは先代国王に頭を下げながら祝いの言葉を述べる。

「おめでとうございます」

 匠も同様に頭を下げた。先代国王は生まれた皇子に「ソン貴人タカト」と名付けたことを伝える。桜花は静かに頭を下げた。そして桜花の体のことを考え、挨拶を終えたらすぐに下がらせた。

 桜花は貴人の寝顔を見ながら静かに笑う。

「孫家の血筋を持つ子供はこの子だけ。国王と王妃の間に子供はいない。いずれこの子はこの国の王に・・・」

 獣のような切れ長の目に邪悪な色が浮かんだ。権力欲という名の色だ。

 行事の前に先代国王から衝撃の発表がなされてまだ会場内はどよめきで満ち溢れている。国王の立場はどうなるのか? と小さな声で噂話が聞こえて来る。

 その発表の様子を見ていた人物が二人いる。第七皇子の要と第九皇子の右京だった。二人は仕事の合間を縫って様子を見に来ていたのだ。要は右京に言った。

「これじゃあ龍兄上の立場がどんどん危うくなる。父上は何をお考えなのだろう」

「桃也の事件も解決していないのに・・・」

 要は悔しそうだ。すると右京はあることを思い出していた。それは突如として龍に呼び出された時のことだ。その時、龍は大至急調べて欲しいことがあると言った。その内容に右京は驚きを隠せずにいた。しかし、命令は絶対である。

 確証はなくとも必死に調べている。しかしまだ手がかりはつかめていないままだ。

 すると右京は口を動かす。

「周りにいる人間全てが味方と思うな・・・」

「は?」

「以前龍兄上がおっしゃっていました。もしかしたら父上は・・・」

「僕たちの敵になるかもしれないってことか・・・?」

 要はそう言って様子を窺い始めるのだった。



 挨拶が終わると宴が催される。招待客たちは酒を飲み、美しい舞手の舞を堪能していた。その中には第三皇子の夕弦の姿もある。女性と見まごうほどの容姿で心をつかむ。

 匠は孔明から託された情報収集を行う。様々な会話の輪の中に入り、会話を聞き出す。桃也の話を避けているのか、誰も桃也のことを口にしない。

 宴には似合わないから自然に避けているのだろうか。

 匠はそう思っていた。

 そこで匠は大胆な作戦に出る。それは桃也の話を自ら切り出すこと。場違いかもしれないが、相手を追悼するという念を込めて聞いてみることにした。

 すると招待客の中から出てきた言葉は「惜しい人物を亡くした」という言葉ばかりだ。蘭丸のことなどつい知らずに誰もが桃也の死を悼んでいた。それは誰に聞いても同じ反応だった。


 もしや、蘭丸さまの存在を桃也さまは生前から隠していたのか?


 匠にこのような考えが浮かんだ。しかし大臣たちに知られていないならば、兄弟である龍たちならば知っているのではないか? と踏んだ。しかし、従者にすぎない匠が王族に近づくことなどできるはずもなかった。

 すると、誰かに話しかけられた。

「もし。そこのお方」

 匠が振り返るとそこには一人の女性が立っていた。クセのないまっすぐの髪を結い上げ、頭には花飾りが付けられている。高潔な雰囲気が漂う。

「あの、どちらさまで?」

 匠に話しかけた女性は自らの名前を名乗った。

「私はソウ小雪コユキでございます」

「曹小雪さま・・・。第六皇子の孫八雲さまの奥様でございますか?」

 匠に話しかけた女性は曹小雪と名乗った。その名前を聞いて知らない者は粉の会場にいない。小雪は孫八雲の妻にあたる。匠も名乗った。すると小雪は存じております、と言った。

「秦孔明さまの名代ということはすでに主人から聞いております」

「そうでしたか・・・」

 匠が言うと小雪は静かに頭を下げてこの度はお悔やみを申し上げます、と言った。小雪は桃也の妻である青葉の実家が秦家であることを知っている。大事な娘を失ったことに変わりないため、孔明に言伝を頼んだのである。

 すると後ろからどうしたんだ? と男性の声が聞こえてきた。匠が視線を移すとそこには、第六皇子の孫八雲がいたのである。匠はすぐに体勢を低くする。

「あなた」

「探したぞ。何をしていた?」

「秦孔明さまの名代でいらした郭匠殿にご挨拶をしていたのです」

「秦? 青葉殿のご実家か・・・。この度は残念であった」

 八雲は匠に対して頭を下げた。頭をお上げください、と言うが八雲は聞かない。身分が低い匠であっても今は孔明の代わりだ。礼は尽くさなくてはいけない。

「俺も弟がこのようなことになって黙っているわけにはいかない。必ずや真実を白日の元にさらし、正当に裁くつもりだ」

「青葉さまも浮かばれます」

 八雲の思いを聞いて匠は頭を下げた。そして核心に迫ることを聞いた。

「八雲さま。折り入って聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「?」

「桃也さまとの手紙のやり取りをしていると以前青葉さまが仰っておりました。桃也さまはどんな内容の手紙を送っていたのですか?」

 八雲は何故それを聞くのか? と問う。匠は情報収集をするために言葉を選んだつもりが、八雲に裏目に出てしまいそうになった。匠はとっさにこう付け加えた。

「孔明さまが知りたがっておりました」

「孔明殿が?」

 八雲は反応した。匠はあくまで孔明の興味であることを伝える。匠自身の興味ではないことを伝える。すると八雲は口を開いた。

「桃也は手紙の中で日々のことを綴っていた。青葉殿のことやその日に起こった出来事だとか。しかし大体が俺たちを案ずる内容ばかり。他人ばかり優先する本当に、馬鹿な弟だ・・・」

 八雲は次第に桃也を思い出して俯いた。

 八雲は兄弟の中でも人一倍クールという言葉が似合う男だ。寡黙な男で、彼の泣いた顔など見ることさえないと思っていた。そんな八雲でさえ、感情を吐露することがあるのだと匠は改めて思い知った。

「あなた・・・」

 小雪が声をかけると八雲は大丈夫だと言った。

 匠はこれ以上八雲に疑われないように八雲の元を後にするのだった。匠を後ろ姿を見送る八雲は隣に控える小雪に話しかけた。

「雪」

「どうしました?」

「雪はどう思う? あの匠という男が何の目的で俺に桃也のことを聞いてきたのか?」

「匠殿は言っていたではありませんか。孔明さまが知りたがっていると。孔明さまが知りたいことを匠殿は代わりに聞いただけにすぎません。深追いする必要はありません」

 小雪はそう言った。

 八雲はそうか、と呟いた。八雲は匠のことを多少疑っていた。八雲は小雪に意見を求めたのである。小雪も八雲と結婚する以前は父親の助手をしていたため、頭が良い。八雲の良き理解者であり、助言をくれる相棒のような存在であった。

「あなた。そろそろ行きませんと」

「そうだな」

 小雪に急かされて八雲はその場を後にした。



 宴は終わった。

 静まり返った宮廷で龍は物思いにふけっていた。その様子を茜は静かに見ていた。龍の頭の中は様々なことでいっぱいだ。桃也のこと、そして貴人のこと。このままでは立場は危うい。しかし、龍には術がない。

「茜さま」

「若葉さま・・・、それに薫さままで」

 茜に話しかけたのは若葉だった。そして一緒に薫の姿もある。何があったのかと聞くと茜は龍が物思いにふけっていることを伝える。すると、薫がうちの主人もそうよと笑った。

「本当にご兄弟似るのね。主人は考え事ばっかり」

 薫は分かっている。茜が龍との間に子供がいないことに焦りを覚え始めていることを。薫は大丈夫、と茜を励ました。

「私たちはどんなことになろうと茜さまの味方です」

 若葉もそう言った。茜はありがとうございます、とだけ言った。

 龍の部屋には棕、夕弦、尊の三名がやってきて龍と話していた。内容は突如として発表された孫貴人の存在。まさか生まれた子が皇子だとは予想だにしなかった。

「父上は次の国王に貴人を据えるかもしれない。それでは兄上のお立場が危うくなります」

「俺に何か起こらない限り、たとえ父上でも手出しはできない。桜花殿の後ろには江一族がいる。一番警戒しなくてはならないのはそこだ」

 棕が龍に忠告をすると自分のことは棚に上げ、それ以上に江一族に気をつけるように言った。貴人が国王になればその祖父にあたる礼の発言権は国王さえしのいでしまう。威厳を守る意味でもそれは阻止しなければならない。

「棕、夕弦、尊。お前たちの奥方たちにも礼を述べておいてくれ。茜がだいぶ世話になっているからな」

「かしこまりました」

「若葉も嬉しいでしょう」

「蛍にそう伝えます」

 龍は三人の妻たちに対しての礼を伝えるように言った。



 匠は孔明の元へと戻っていった。そしてそこでの出来事を全て話した。勿論、桜花の息子である貴人のこともだ。

「そうか。皇子さまであったか」

「はい。先代国王さまは貴人さまを後継に据えようとしているのかもしれません」

 孔明はうむ、と唸り、腕組みをした。現在龍には子供はいない。しかし、他の兄弟たちには子供がいる。しかし、皇位継承をするとはどうしても思えないのだ。

 蘭丸も皇位継承権はないはずである。しかし、先代国王の鶴の一声があれば、蘭丸を王族として宮廷へ連れて行かれる可能性さえある。

「招待客もそして桃也さまの兄上にあたります皇子さま方も、蘭丸さまの存在を知りません。本当に桃也さまはご兄弟に蘭丸さまの存在を教えなかったんですね」

 匠はそう言った。

 孔明はわかった、ご苦労と匠をねぎらう。そして一人薄暗い廊下を歩いていると蘭丸とすれ違った。孔明は早く休むように言うと蘭丸は分かりました、と言って部屋へと戻って行った。


 青葉。お前の息子は本当に、桃也さまによく似ている。真っ直ぐで、脆くて、でも厚い。蘭丸にとってお前が遠い思い出にならないように、しなくてはならないな。


 孔明はそう思いながら再び歩き出した。



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