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花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
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十七話 孫桃也の面影

十七話 孫桃也の面影

 蘭丸が孔明に引き取られてさらに時間が流れた。最初のぎこちなさはすっかり消えて、蘭丸も慣れてきた。孔明は桃也同様に蘭丸を縛り付けることはなく、わりかし自由に過ごさせた。そのおかげで蘭丸はのびのびと育ってきた。

 蘭丸の様子に孔明も満足そうだった。

「蘭丸も元気そうで本当によかった」

「孔明さま・・・」

「匠。お前は納得がいかなそうだな。そんな顔をしてる」

 孔明がそう言うと匠は蘭丸について孔明に言った。しかし匠に対して孔明は大丈夫だの一点張りだ。匠はため息をついた。孔明は孫が可愛くて言い出せないだけなのか? と。

 匠は思い切って蘭丸に言ってやろうと部屋を飛び出した。

 その蘭丸は部屋の中にいた。蘭丸はある現実に立ち向かおうとしている。目の前にあるのはカバン。そう、この中には大人たちが血眼になって探している桃也宛の手紙が全てそのままで入っている。

 カバンに手をかけるとあの日の光景がすぐに蘇る。息が詰まりそうになるほどに恐ろしい光景。克服できたわけではない。しかし、蘭丸はその手紙の内容が気になって仕方がない。

 そしてついに蘭丸はカバンの蓋を開けた。中を覗き込むと血液は完全に固まり、真っ赤な色は変化していた。

 やはり凄惨な現場を想像してしまう。まだ子供の蘭丸には酷いものだ。蘭丸のカバンの内側には血が付着している。手紙をかき集めた時の名残だ。

 蘭丸が一枚の手紙を開いた。


『孫 桃也殿

 元気にしてるか?

 東宮坊は閑散としてて、寂しいものだ。だが仕事は山積みで憂鬱になる。

 さて、父上の側室になっている江桜花殿が懐妊したという情報を聞いた。これは国王陛下の立場を危うくし、王妃の茜さまもご心労過多になってしまうかもしれない。江一族は宮廷内でもどんどん発言権を強めている。

 国王陛下は平等に意見を聞きつつ、言いなりにならないように節制しておられる。今後の動きに注意しろ。もし、何かあればすぐに手紙をよこしてくれ。

 皇籍離脱をしても俺たちは血のつながる兄弟。共に助け合いをしようと国王陛下もおっしゃられている。遠慮はするな。俺も、覚悟はできている。

 返事を待つ。

 東宮坊東宮学士 孫家第四皇子 孫 尊』


 蘭丸はだんだん難しい漢字も読めるようになってきていた。何を言いたいのかをわかるようになってきた。血の滲んだこれは第四皇子である尊が桃也に送ったものだ。桃也のことを心配している内容であることだけは理解できた。

 次に別の手紙を広げる。


『孫 桃也殿

 息災でしょうか? 兄弟も我が家族も変化なく過ごしています。

 さて宮廷では行事が行われ、華やかです。龍兄上と茜さまのご列席を賜り、実力のある舞手や妓女が舞を納めております。

 このような行事に参加すると様々な思い出がよぎります。懐かしく感じます。

 私のような者が手紙を送るなど珍しいとお思いでしょう。しかし、桃也が王族の身分を離れてちゃんと暮らしているか私とて心配なのです。

 何かあればすぐに手紙をよこしなさい。龍兄上や棕兄上に送りづらいと思うならば、誰でもいいから送りなさい。

 私でも良いし、直己ナオミでも構わぬ。直己は兄弟の中でも一番心が優しい。彼に相談するのもいいかもしれない。それはお前に任せます。

 雅楽寮最高高官 孫家第三皇子 孫 夕弦』


 手紙は第三皇子である夕弦からの手紙であった。最後の方に書かれた第三皇子という言葉から最初に読んだ尊の兄にあたる人物であることが分かる。

 本当に桃也が皇子であったことを自覚させるものばかりだ。

 手紙を読み終わると再びカバンの中にしまう。

 自分の父がどれほど兄たちに心配されていたか。皇子としての風格を持ちながら飾り気を一切なくしたなんとも不思議な人物だったのだと。

 手紙を読んでいる中で蘭丸はふと思った。

「この手紙を書いた人に会ってみたいな・・・」

 好奇心から生まれたものだった。もしかしたら自分の両親を殺した下手人に心当たりがあるのかもしれないと。蘭丸は子供なりに考えたのだった。



 そんなある日の昼下がりだった。孔明の屋敷をある人物が訪ねてきた。匠が扉を開けるとそこには子供が三人立っていて、匠を見上げていた。

 朔夜、雲雀、都羽だった。

「蘭丸はいますか?」

 朔夜がそう聞くと匠はそこで待っているように伝えると蘭丸の部屋へ向かった。蘭丸は匠から三人がやってきたことを聞くと飛び起きて、急いで玄関へと向かった。

「行きたいところがあるの。一緒に行かない?」

「どこ?」

「それは後のお楽しみ」

 雲雀が最初に切り出す。蘭丸が内容を問うとそれに都羽が秘密を覆い隠した。

 蘭丸が匠の顔色を伺う。すると匠は首を横に振ろうとした。すると、後ろから孔明が現れる。

「子供は元気でいいのう。蘭丸。折角仲良しの三人が来てくれたのだ。行ってきなさい」

「いいんですか?」

「わしに止める権利はない。ただ、気をつけて行ってくるのじゃよ」

 孔明の言葉に蘭丸の顔がパアッと明るくなった。一緒にて当たり前で苦痛に感じない四人でまた遊べると考えるだけで、蘭丸の胸の高まりは止まることを知らなかった。

 蘭丸はなけなしのお金を持って出かけて行った。

 孔明は蘭丸の後ろ姿を見送りながら手を振った。

「孔明さま! いいのですか?」

「良いのだ。それよりも宮中での行事が明日に迫っている。すでにわしの名代として出席することを伝えておる。お前に頼んだことを忘れてはならぬ」

 孔明はそう言った。

 匠はハッと頭を下げた。

「私には気になることがございます。なぜ蘭丸さまが桃也さまの象徴花が刻まれたあの腕輪を持っていたのでしょうか?」

「それは・・・、本人に聞けばよかろう。匠。お前は蘭丸の本心を聞き出すことができるかもしれぬからな。ただ現状はそうはいかないだろうが」

 孔明はそう言って部屋へと戻っていった。

 一方蘭丸たちはというと竹林を抜けて町の中を歩いていた。久しぶりに四人で歩くと心が躍った。三人は蘭丸を楽しませようとたわいもない話をたくさんした。次第に笑いが生まれてだんだんと四人の間にはいつもの空気が流れ始めた。

 歩いているとだんだん人気の少ない場所へと差し掛かってくる。行き先を知らされていない蘭丸は三人に聞いた。

「どこに行くの?」

「あと少しだからね。ねえねえ、都羽。この道ってこれで合ってる?」

「大丈夫。このまま真っ直ぐ行けば着けるはず」

 雲雀が都羽に地図らしき紙を見せて指出す。紙に目をやった都羽は真っ直ぐ続いている道を指差して言った。雲雀と都羽を先頭に四人はどんどん歩いていく。

 人っ子ひとりいない場所に差し掛かると急に雲雀と都羽は立ち止まった。急に立ち止まったことに蘭丸は驚いて聞いた。

「どうしたの?」

「蘭丸。蘭丸のお父さまからもらった腕輪持ってる?」

「え? うん・・・」

 都羽に言われて蘭丸は意味も分からずに装束の下に手を突っ込んで首飾りになっていた腕輪を取り出した。すると雲雀も同じように装束の下から首飾りになっていた指輪を取り出してあらわにする。そして、朔夜も髪飾りを取り出して自分の髪に止めた。都羽もみみ飾りを耳につけた。

 全員が桃也から譲り受けた宝物を身につけた。

「どういう・・・」

「さ、行きましょ」

 蘭丸の質問など問答無用に雲雀が歩き出した。

 四人がやってきたのは立派な寺院。金色の装飾がちりばめられながら、どこか素朴感の漂う寺院だった。四人はその寺院を横目に裏手へ回る。裏手には墓地がある。

 一般的な墓の大きさではない。立派で死者を讃える文言が刻まれている。一体どんなことが書かれているのか子供の四人には分からずじまいだった。

 四人は大理石でできた墓の前にやってきた。他の墓とは珍しく二つ横に並んで建てられていた。蘭丸がこれは? と聞くと朔夜に墓に刻まれた文言を指差され、そこを声に出す。

「『 孫 桃也。 秦 青葉。 香国第十皇子、皇子妃ここに眠る』・・・。まさか・・・」

「蘭丸のお父さんとお母さんのお墓だよ」

 三人が蘭丸を連れてきたかったのは、両親の墓だった。蘭丸は葬式の参列にすら参加できず、棺に入った二人の姿すら覚えていない。恐らく綺麗に眠っているはずの二人の姿を見られていないのだ。蘭丸にとって両親の最期の姿は血まみれの無残な姿のままだ。

「なんでここに?」

「お父様が教えてくれたの」

 蘭丸の質問に都羽がそう答えた。都羽の口から今回のことのあらましが伝えられた。

「お父様が蘭丸のお父様とお母様のお墓の場所を教えてくれたの。もうほとぼりも収まったから、墓参りに行きなさいって。そのことを雲雀や朔夜に相談したら行こうって言ってくれた。蘭丸には墓参りに行こうって言いにくいし・・・だったら着くまで言わないでおこうって」

 蘭丸たちがやってきた寺院は王族にゆかりのある寺院で、そこに眠っているのは一般人ではなく貴族や王族の血筋の者ばかり。王族の菩提寺なのだ。この寺院は町からはだいぶ離れており、世界と隔絶していることすら感じさせてしまうくらいだ。

「私たちも蘭丸のお父さんとお母さんに会いたいの。蘭丸と同じくらいに」

 雲雀がそう言うと涙が頬を伝った。蘭丸も抑えてつけていた感情が溢れ出す。目からは大粒の涙が溢れて、目を潤ませて声を上げた。

「僕だって・・・! お父さんとお母さんにっ・・・! 今すぐ会いたい・・・! なんで・・・、僕を一人に・・・しちゃうんだって! お父さん・・・! お母さん・・・!」

 蘭丸が墓石に額を擦り付けるくらいにうずくまって声を上げて泣き出した。しかし、桃也と青葉の声は聞こえてこない。その虚しさが四人の間を風とともに過ぎ去る。

 その後、雲雀が持ってきた酒瓶を置き、野花を積んで献花として供えた。そして四人で手を合わせ冥福を祈った。


 お父さん、お母さん。

 僕は今、お母さんのお父さんである孔明さまのところに住んでます。孔明さまは僕を自由にしてくれています。お母さんの元々使っていた部屋で今は暮らしています。最初は悲しくて、悲しくて・・・、毎日が嫌だったけど、朔夜や都羽、雲雀がいてくれたおかげで今は全然寂しくないです。でも僕は、どうしてお父さんとお母さんが死ななければならなかったのか、知りたい。できるならば捕まえたい。僕の願いは、お父さんとお母さんを殺したヤツを捕まえることです。まだお父さんが言っていたようには生きられてないけど、僕は、必死に生きてやります。


 蘭丸は墓前で心の中で両親にそう伝えた。

 墓参りを終え墓地から出ると四人が宝物を装束の下にしまいこんだり取り外してしまった。

 四人は町へ戻る。蘭丸は何度も振り返りながら寺院を後にした。

 四人はその後、雲雀の家へ向かった。雲雀の両親である詩鶴とツグミは歓迎してくれた。詩鶴とツグミは両親の死に打ちひしがれ絶望に苛まれていた蘭丸を最後に会っていない。再び元気になって内心ホッとしていた。

 詩鶴の作った料理を食べながら笑いあった。

 食事が終わる頃には烏が鳴き始めていた。

 四人はそれぞれの家に帰って行った。都羽が家に戻ると露風と疾風が出迎えた。

「都羽。どうだった?」

「久しぶりに会えて嬉しかったよ。蘭丸のお父様にもらったこれ、大事にしなきゃって」

 疾風に聞かれて都羽は静かに喋り出す。しかし、頭の中には桃也や青葉に可愛がってもらっていた美しい思い出が蘇る。それを思い出すだけで涙が溢れる。

「ゆっくり大人になりなさい。きっと桃也さまもそう思っているはずだ」

 露風がそう言って都羽に言った。そして桃也から譲り受けた耳飾りの似合う素敵な女性になりなさい、と諭す。

 都羽は耳飾りを見つめて露風の言葉を繰り返していた。



「ただいま戻りました」

 蘭丸が帰ってくると孔明が出迎えた。そしてどこへ向かったのかを聞いた。

「お父さんとお母さんのお墓に行ってきました」

 孔明はそうか・・・と呟いた。すると蘭丸は装束の下に隠していた腕輪を取り出す。すると孔明はどうして腕輪を持っているのかを聞いた。

「もらったんです。お父さんに」

「桃也さまに?」

「はい。僕の他にもいます。」

 蘭丸はついに孔明に対して重い口を開いた。行方不明になっていた宝物の存在がついに明るみに出はじめた。孔明は蘭丸に聞いた。

「宝物は全部で四種類です。腕輪、指輪、耳飾り、髪飾り。今日僕と一緒に出かけた幼馴染がお父さんからもらっています。腕輪は僕。指輪は蔡雲雀。耳飾りは李都羽。髪飾りは史朔夜がもっています」

 孔明はそうだったか、と呟いた。そしてよくこのことを話してくれたと蘭丸に言った。孔明は少し考えた後、蘭丸にこう言い聞かせた。

「このことは誰にも言わぬ。宝物を大事にするんじゃよ。必ずや蘭丸や他の三人の力になってくれると信じてな」

 蘭丸ははい! と返事をした。

 蘭丸が眠りについた深夜のことだ。孔明は匠を呼んだ。そして今日蘭丸が明かしてくれたことを匠に話した。匠の耳にも入れてもらいたい話だと孔明はそう判断したのだ。匠は孔明からその話を聞き驚愕した。

「あの行方不明の宝物をあの子供たちが守っていたというのですか?」

「そうじゃよ。本当にわしも蘭丸から話を聞くまでは予想だにしていなかった。蘭丸が持っているのはすでに知っていたが、あの子供たちが受け継いでいたとは・・・」

 孔明も予想外のことに驚いたと何度も言った。

「して、蘭丸さま以外に受け継いでいる子供たちというのは?」

「指輪を持っているのは、蔡雲雀。耳飾りを持っているのが、李都羽。髪飾りを持っているのが、史朔夜だと。三人とも一般家庭で、王族とはなんの関係もない」

 孔明がそう言うと桃也さまはどういう意図があって四人に宝物を受け継がせたのかが分からない。しかし孔明はなんとなくではあるが理由がわかる気がするというのである。

「もしかしたら、桃也さまはこうなることを予想していたのかもしれぬな」

「予想?」

「もし自分に何かあれば宝もそうだが、蘭丸たちにも危害が及ぶと考えた。しかも象徴花は技巧が施されていて一目見ただけでは象徴花の存在に気づかないことが多い。だったら、子供達に託したほうがいいだろうと考えるだろう」

 孔明はこう推理した。

 宝を守る、そして家族を守る為、そして四人の結束を説く為に受け継がせたのではないかと。

 匠はそれを踏まえて懸念点を挙げる。

「そうなると、蘭丸さまだけではなくその三人にも危害が・・・」

「わしもそう考えたが、一般人でしかも子供が持っているなどと発想を逆転させるような考えが検非違使にあるとは思えぬ」

 孔明はそう言った。

 匠は孔明の部屋を出ると、風呂上りの蘭丸とすれ違う。白い肌着を着て、首には腕輪がぶら下がっている。

「・・・?!」

 匠は目を見開いた。一瞬であったが、蘭丸が桃也に見えたのだ。そんなはずはない、と匠は目をこする。すると蘭丸が振り返る。匠の目に映ったのは、蘭丸だった。

「・・・蘭丸さま」

「匠さん?」

「なんでもございませんよ。ささ、早くお部屋でお休みください」

 匠はその場を取り繕うと蘭丸は少し疑問に思いながらも部屋へ戻っていった。匠は思った。やはり孫蘭丸は確かに皇籍離脱をした第十皇子の孫桃也の息子であるこを。桃也の面影はしっかり受け継いでいた。

 匠は明日、孔明の名代として宮廷の行事に参加することになっている。

 孔明からは大事な任務を任されている。


 桃也の息子・蘭丸のことが宮廷内で出回っているか調べろ。


 匠は使命を胸に暗闇のほうへ進んでいった。



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