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花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
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十五話 来訪者現る

十五話 来訪者現る

 桃也と青葉の死から数ヶ月が経過した。

 しかし四人の時間が再び動き出すことはなかった。今だに虚無感に囚われて前を見据えられずにいる。四人は友達であり、秘密を共有する仲間に変化していった。

 四人は日中共に過ごすことが多かった。笑顔やたわいもない話であふれていた四人の間に流れるのは冷たい空気。

 雲雀の家の奥で過ごしていた。

 話しかける話題もなく、ただ静かに座敷童のように声を殺して過ごしていた。

 そんなある日のことだった。いつものように四人は雲雀の家の奥で座敷童のように過ごしていた。部屋の扉が開いて、現れたの詩鶴だった。

「どうしたの、お父さん」

「蘭丸。君に会いたいという人が来てるんだ。会うかい?」

「どういう人ですか?」

「爺さんだ。俺も一緒に行くから心配はいらない」

 詩鶴に言われて、蘭丸は重い体を動かして詩鶴と共に向かう。三人もツグミと一緒に向かった。

 食堂の前には白髪のお爺さんとそのそばに三十代くらいの男が立っていた。おじいさんは青い装束に冠を被っている。三十代くらいの男は茶色の質素な装束に身を包んでいた。

「会いたかったぞ、蘭丸」

「どうして僕の名前を知っているんですか?」

 蘭丸の警戒心はピリピリと伝わる。本当に目の前にいる人物が善人か悪人かを子供ながらに必死に見定めようとしている。蘭丸の名前を知っていたお爺さんは素性を明かした。

「わしはシン孔明コウメイ。お前の母である青葉の父だ。こいつはわしの付き人をしているカクタクミ

 お爺さんは孔明と名乗った。そして紹介された男は匠と紹介され、会釈をした。

「蘭丸になんの御用でしょうか?」

 詩鶴が聞くと孔明は言った。

「孫を引き取りに来たのです。蘭丸は王族の血を受け継ぐ子ではございますが、我が娘である秦青葉の実の子供でございます。こうなってしまった以上、身寄りのない孫を引き取らなければと探しておりました。そうしましたらこちらの家にお世話になっているとお聞きしたので」

 孔明は身寄りのない蘭丸を引き取ろうと言うのだ。唐突な申し出に蘭丸は困惑してしまう。ツグミの後ろに控えている雲雀、都羽、朔夜も唖然として見ている。秦家は下級貴族の家だが、極端に貧しいわけではない。生きていくには十分な蓄えがある。雲雀の家に居候するくらいなら孔明と共に秦家に移った方が賢明な判断だ。

「蘭丸。どうする?」

 詩鶴が聞くと蘭丸は孔明を見た。本当にこの人を信じていいのかと自問自答をする。蘭丸は孔明の顔を見た。

「・・・わかりました。よろしくお願いします」

 蘭丸は孔明の元へ身を寄せることを承諾した。すると孔明は嬉しそうにそうか、と言って蘭丸の手を取ろうとする。すると蘭丸は「待ってください」と止めた。孔明が聞くと、蘭丸が口を開いた。

「僕と約束して欲しいんです」

「どういう約束じゃ?」

「僕には大事な幼馴染がいます。僕は三人と別れたくありません。だから、今後も一緒に遊んだり外へ行くことを許すと約束してください。それが約束できないなら、僕は行きません」

 蘭丸が持ち出した条件は、自由だった。秦家がどのような家がわからない。もしかしたら窮屈な生活にもなりかねない。そこで桃也の宝物を受け継いだ三人との絆を切らないようにするための作戦を決行に移した。

 孔明は大きく頷いた。

「約束しよう」

「約束を破ったら許しません」

 蘭丸は首元から桃也の腕輪を取り出して見せる。孔明と匠は目を見開いた。行方不明になっている宝物が蘭丸の手にあるからだ。腕輪には紛れもない桃の花が刻まれている。桃也の証であることに間違いはない。

「蘭丸・・・」

 まだ七歳の少年から感じる皇子の風格。蘭丸には一切の自覚はないが、やはり桃也から受け継いだものなのかもしれない。

「蘭丸。行っちゃうの?」

「一生会えないわけじゃないから大丈夫だよ」

 雲雀が言うと蘭丸が答えた。すると都羽が孔明を見て言う。

「あのお爺ちゃん信じていいの?」

「何を言うか!」

 都羽の声が聞こえたのか、匠が怒る。ひるんだ都羽にさらに追い討ちをかけようとしている匠をやめないか! と孔明が諌めた。子供に手を挙げてはいかん、と告げた。匠はすぐさま後ろに控えた。

 孔明は三人の前へ向かい、目線を合わせた。

「蘭丸はうちで預かるだけだ。いつでもうちに遊びに来るといい」

 三人は頷いた。

 孔明は行こうか、と蘭丸の手を取った。蘭丸は三人に手を振り、歩き出した。永遠の別れでもないのに何度も何度も振り返る。三人は手を振った。

「本当に約束を守ってくれるかな?」

「今は信じるしかないよ」

 都羽が言うと朔夜が応えた。どんどん離れていく幼馴染を見えなくなるまで見つめ続けた。



 蘭丸は孔明に連れられてどんどん歩いた。蘭丸の家とは反対方向で竹林が広がる場所までやってきた。太陽の光が竹の葉から小さく差してどこか幻想的だ。竹林の中に開けた場所がそこに小さな屋敷が建っている。

 古そうな屋敷なのかと思ったら最近建てられたばかりの新しい物であることがわかった。

「ここが我が屋敷だ」

「孔明さま。蘭丸さま。どうぞお入りください」

 匠が促すと孔明に連れられて蘭丸は屋敷の中へ入る。少し暗めの屋敷の中を孔明と一緒に歩く。屋敷の中で奥から二番目の部屋の前に到着する。部屋の襖を開けた。そこには畳が敷き詰められ花が花瓶に生けられている。

「ここは青葉が結婚するまで使っていた部屋じゃ」

「お母さんの?」

「ここは今日から蘭丸の部屋じゃ。自由に使うといい。わからないことや不安があれば、匠に尋ねるがいい」

 孔明がそう言った。蘭丸が匠に視線を移す。すると匠は何も言わずに会釈する。とりあえず部屋で休んでいなさいと孔明は言うと行ってしまう。部屋には蘭丸一人が残された。

「お母さんが使ってたんだ・・・」

 蘭丸は改めて部屋を見渡す。部屋に飾られている風景画も花の絵が描かれて、いかにも女性らしい部屋だったことが分かる、

 特にすることもないため、蘭丸は部屋に備え付けられた戸棚などを開いてみることにした。青葉が使っていたのは結婚するまでのこと。もう私物は片付けられたか、青葉が持って行ったかの二択だ。

 蘭丸が戸棚を開けた。

 しかし、そこには何もない。

 次の戸棚を開いた。

 すると、そこには何かがあった---。

 戸棚の中にあったのは一冊の書物だった。蘭丸がそれを取り出すと長い年月を重ねていたために埃をかぶってしまっていた。蘭丸は埃でせき込みながらも書物の中身を開いた。


『ついにこの日が来た。私はついに王族に輿入れする。王族に嫁ぐ女性なんて身分の高い人が選ばれるのにどうして私なのかわからない。しかし私が嫁げば、父上も出世の道が切り開ける。それならば、私がその礎になる。

 大丈夫。孫桃也さまは思いやりの深いお優しい方だと父上から聞いている。きっと私のことは邪険にしないと思う。だって嫌ならこの婚姻を断っているはず。

 私の役目を果たしてみせる。私は秦青葉なのだから』


 青葉の日記だった。

 ところどころ読めない箇所があるが、かろうじて読めた部分がこの部分。文面から見ると桃也との結婚前夜のことだろうと察しがついた。

 蘭丸は日記に書かれている全てを理解できているわけではない。難しい字や言葉があって、蘭丸の理解を阻む。しかし、結婚前の不安な気持ちが嫌でも伝わってきた。

「お母さん・・・。僕、これからどうすればいいの・・・? 僕を一人にしないで・・・」

 蘭丸はそう呟くと目に涙を貯めた。堪えることができず、一気に流れた。

 蘭丸が涙を流しているまさにその時、孔明は匠と二人で部屋にいた。

「孔明さま。蘭丸さまに話さなくていいのですか?」

 匠が孔明にそう言った。孔明はうーんと唸った。孔明は匠に対して言った。

「まだ時期尚早。いずれ話すことになるだろう。しかし、今はその時ではない」

 匠はハッと頭を下げた。

 孔明の顔には悲しみの色が見えた。かわいい愛娘の最期に無念すら覚える。匠は孔明にこれ以上何も言えなかった。

 夜になって、夕食の時間になった。蘭丸は孔明と向かい合わせになって膳を前に正座をしていた。匠も孔明の隣に座っている。来たばかりで緊張している蘭丸に匠が声をかけた。

「蘭丸さま。夕食でございます。お食べください」

 蘭丸は食欲がわかなかった。箸すら手に持とうとしない。

「蘭丸さま」

「・・・お腹空かないです」

 蘭丸がそう言った。突然両親を失い、大好きな幼馴染たちからも離れ、見知らぬ場所に連れてこられた。子供にとってみれば大きな環境の変化で食事が喉を通らなくなるのは当然のことだった。

 すると今度は孔明が言う。

「匠の作る飯はうまいぞ。一口でもいいから食べてごらん」

 孔明は魚の煮物に箸を伸ばし、それを口の中に入れた。孔明が美味しそうに食べる姿を見て蘭丸は興味がわいたのか無意識に孔明が食べた魚の煮物に箸を伸ばした。とろりと魚からタレが垂れる。

 蘭丸はそれを口に入れた。

「・・・おいしい」

「そうじゃろ。たくさん食べなさい。腹が減っては何もできんからの」

 孔明が促すと蘭丸は箸を動かし続けた。孔明も蘭丸の様子を見て少し安堵している様子だった。蘭丸の心が全快したというわけではないが、兆しが見え始めた。



 時刻は深夜。

 風呂に入り体が温まった蘭丸は、怒涛の一日の疲れのせいかすぐに眠ってしまった。蘭丸が夢の中にいる間、孔明は一人部屋で茶をすすっていた。

「孔明さま」

 匠が孔明を呼んだ。

「まさか、このようなことになるとは俺は予想していませんでした」

「それは・・・わしも同じじゃよ」

 孔明はそう言った。

 実は桃也と青葉が殺害されるその日に、二人を訪ねる約束をしていた。約束の時間になって屋敷で挨拶をするも返事がない。無礼だとは思いながらも部屋の中に進むと、変わり果てた二人の姿を発見したのだ。

 その時には血の付いた桃也の手紙は跡形もなくなくなっていた。つまり、蘭丸たちが回収した後でやってきたことになる。まだ孔明も匠も蘭丸がそれを持っていることを知らない。蘭丸は誰にも見られないようにとカバンの中にしまい、それを守るように常に片時も離さない。

「なぜ青葉がこのようなことにならねばならなかったのか、わしにはわからぬ。しかし、必ずや真相を暴き、裁かなくてはならぬ」

「おっしゃる通りでございます」

 匠が同調した。

「蘭丸には王族である孫家の血筋を引いている。もし下手人が殺した二人に子供がいたと知れば命を狙われてしまう。匠。お前に頼みたいことがある」

「なんなりと」

「今度宮中での行事がある。お前にはわしの名代として出席してもらいたいのじゃ。そこで、宮中に蘭丸の存在が知れ渡っているのか否かを調べるのだ」

 孔明は匠に密命を下した。

 蘭丸を守るため、そして今後蘭丸が一人で生きていくための情報収集のためだ。孔明からの頼みに匠は頭を下げて言った。

「承知いたしました」

 匠は部屋から出て行った。

 風が吹いて竹が揺れる。葉が擦れる音がいつまでも聞こえていた。


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