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花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
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十三話 魔の手

十三話 魔の手

 四人が桃也から宝物を受け継いで数ヶ月が経過した。

 香国は相変わらず平和な日々を過ごしていた。四人も特に変化なく、日常を平和に過ごしていた。寺子屋で勉強して、四人で遊んでを繰り返していた。

 そんなある日のことだった。

 いつものように蘭丸は屋敷を出た。

「行ってきます!」

「気をつけるのよ!」

 青葉が蘭丸を見送る。蘭丸が見えなくなって青葉は屋敷の中へ入った。すると建物の陰から黒ずくめの男たちが顔を覗かせる。見つめる先は桃也の屋敷。刀のように鋭い、狂気を感じる眼光だ。

 そんなことなどつい知らず、蘭丸は秘密の丘の上へ向かっていた。今日は寺子屋が休み。雲雀、都羽、朔夜と待ち合わせをしている。時間に遅れないようにやや小走りで向かう。

「お待たせ!」

「遅いよ! 蘭丸!」

 雲雀が待ちくたびれて頬を膨らませた。そんなに怒らなくてもいいでしょ? と都羽がなだめた。四人は丘の上に登り、岩に座った。すると蘭丸が突如としてこう切り出す。

「大きくなったら何になりたい?」

 唐突だね、と三人は驚く。私は決まってるよ、と都羽は言った。雲雀は都羽に詳細を聞いた。

「私は役人になりたいの」

「役人?!」

 おおよそ七歳のしかも少女の口からはなかなか聞かない言葉だ。三人は驚いた。都羽は詳しく話し始めた。

「宮殿にはたくさんの役人が働いていて、私もそこで働きたいの。宮殿の中には本や書物を管理する場所があるんだって。私はそこの役人になりたいの」

「本を管理する場所があるって誰に教えてもらったの?」

「お父様よ」

 都羽がそう言うとへえ、と頷いた。詳しいことは都羽でもわからないが、勉強ばかりの日々を送っていた都羽にとって友達は部屋の中にたくさんあった本だけだった。

 友達を得て毎日楽しんでいる今でも、本に囲まれた生活を苦に感じない。父の露風から宮廷に書物や手紙を管理する部署があることを知った都羽はいずれそこに行くために頑張って勉強をしていたのだという。

「十七歳になったらその試験を受けられるの。それまで頑張らないとってお父様が」

 都羽はそう言って息を吐いた。朔夜はどうなの? と都羽が聞くと朔夜はそうだなと呟いて言った。

「僕はお医者さんになりたい」

「それって、お母さんのため?」

 蘭丸が聞くと朔夜はまあ、間違ってはないけど・・・と呟いた。蘭丸に対して朔夜は言った。

「母さんのためだけじゃないよ。僕の暮らしている場所は病気になっても薬代がなくて、なかなかお医者さんに行けない人が多いんだ。治る病気なのに手遅れで死んじゃう人もいるんだ。僕の死んだ父さんもそうだったってこの前、母さんが教えてくれた。お医者さんになれば、たくさんの人を助けられる。だから僕はお医者さんになりたい」

 朔夜の主張に三人は黙ってしまった。

 朔夜の決意の固さに何も言えなくなってしまったのだ。役人になるという夢を持っていた都羽でさえ、言葉を切り出せない。

「なれるといいね。僕、応援するよ。それに病気になったら、朔夜に治してもらえるし!」

 蘭丸は笑った。

 まだなれるかどうかも分からないのに冗談言わないで! と朔夜は笑った。しかし、蘭丸も半分冗談で言っている節もあるが案外本気なのかもしれない。朔夜ほど心の優しい人で勉強も頑張っている人間が夢を叶えられないわけがないのだ。

 今は叶うかどうか分からないが、叶うと信じて蘭丸はそう言った。すると、その真剣さを遮断するように雲雀が言った。

「私はね! お母さんみたいなお嫁さんになるの!」

「お母さん? あの綺麗な?」

「そう! お母さんみたいなお嫁さんになってかっこいい人と結婚するの!」

 雲雀はいかにも女の子という感じの夢だ。結婚することが夢も素晴らしい。結婚は幸せの絶頂でもあり、たくさん経験できない。

「雲雀はどんな人と結婚したいの?」

「かっこいい人!」

「簡単ね・・・」

 都羽が苦笑いをする。すると今度は都羽に対して、雲雀が質問を投げかけた。

「都羽はどんな人と結婚したいの?」

「知らない。結婚なんて考えたことないし。少なくても・・・蘭丸と朔夜はないかも」

 都羽がそう言うと蘭丸と朔夜から納得できない! とブーイングが起こる。幼馴染と結婚する未来が想像できないと都羽は言った。蘭丸と朔夜は納得できない様子だが、朔夜は話を切り替える。

「蘭丸は?」

「え?」

「蘭丸は大きくなったら何になりたいの?」

 蘭丸に質問を投げかけたのは朔夜だ。将来の夢について唐突に切り出したのは他でもない蘭丸だ。蘭丸は考えたが何も出てこなかった。

「分からないけど、僕はずっと平和に過ごせればいいかな」

「夢のないことを・・・」

 都羽が再びため息をついた。

 蘭丸にはまだ未来のことなど分からない。自分は孫家の血筋を引いているから、将来どんな目に遭うか分からない。もしかしたら波乱の人生を歩むかもしれない。その覚悟はまだ幼い少年の心には持ち合わせていない。

「この宝物がある限り、僕たちは何があってずっと一緒だ!」

 蘭丸は首に下げられた腕輪を見せる。そして、雲雀は同じように指輪を取り出し、朔夜と都羽は装束の懐から取り出した。形と色はバラバラだ。しかし桃の花がしっかりと刻まれて、この宝物が一人の人物のものであることを指し示している。

 四人は笑いあった。



 一方、蘭丸不在の屋敷。

 桃也はお茶を飲んで一息ついていた。

「あなた。どうしたんですか?」

「今日は穏やかだなって思ってな。俺がお茶を飲んで悪いか?」

「そんなことじゃありません。珍しいなって思っただけです」

 青葉が桃也の隣に座り、そう言った。青葉は桃也が桃の花が刻まれた宝物を蘭丸を含めた四人に受け継がせたことを聞いた。なぜそういうことをしたのか? と聞くと桃也はそうだなと考えた。

「考えなんて俺にはない。でも、なんとなくかな」

「なんとなく?」

「蘭丸、雲雀、都羽、朔夜の四人に受け継いで欲しかったから。これじゃ答えになってないか?」

 桃也の曖昧な返答にもうっ、と青葉は呆れてため息を吐いた。桃也は青葉の肩に手を回す。夫婦二人の時間が流れる。忘れていた時間を二人は静かに楽しんだ。

「今日来客の予定があるそうだな」

「ええ。私の父が参ります」

 青葉は言った。青葉の父が屋敷にやってくるまで時間がある。それまでは、桃也と青葉は二人で会話を楽しんだ。



 夕方になった。

 四人は町を歩いていた。すると雲雀が蘭丸に言った。

「蘭丸! 蘭丸のお父さんに会いたいの」

「え? どうして?」

「指輪、お父さんに見せたらお礼言ってこい! って言われたから」

 雲雀の言葉に都羽と朔夜も同じようなことを言った。やはりそれぞれの親からもう一度お礼を言ってこいと言われたのだ。蘭丸はわかった、と三人を連れて屋敷へ戻った。

 屋敷に到着して玄関で声を上げる。

「ただいまー!」

 しかし返事がない。いつもなら青葉の声が聞こえてくるはずだが、青葉の声は聞こえない。青葉が出かける予定など蘭丸は聞いてない。

「どうしたんだろ?」

 蘭丸は首をかしげた。朔夜はなんとなくいつもと違うように思えた。まるで、屋敷の中には誰もいないかのように。それを考えると恐怖だった。まさかそんなことがあるわけがない、と自らに言い聞かせている。

 蘭丸は玄関を開けた。すると屋敷内は暗くて、先は見えない。四人は屋敷の中へ入っていった。

「お母さーん! ただいまー!」

「お邪魔しまーす!」

 大きな声を出すも返事は一切ない。四人は足を止めることなく歩き続けた。すると部屋の襖が開いている。あそこかな? と蘭丸はそこに目星をつけて襖を開けた。

 すると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。

「・・・」

 蘭丸は言葉を失い、目を見開いていた。部屋には父親の桃也と母親の青葉がいた。

 口聞かぬ遺体となって---。

「お父さん・・・、お母さん・・・」

 蘭丸が呟いた。そしてその残酷な光景を雲雀、都羽、朔夜も見てしまった。それにはいつも明るい雲雀も言葉を失い、恐怖から体を震わせていた。都羽も恐怖のあまり、目をつぶった。朔夜は目を離せず、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

 部屋の中は荒らされ、手紙などの紙が散乱している。畳には桃也のかはたまた青葉なのか分からない血が大量に流れていて、真っ赤だった。大人にも衝撃的な光景だ。しかも目の前で息絶えているのが、自分の両親となるとなおさらだ。

 蘭丸はすぐに駆け寄って、体を揺すった。

「お父さん! お母さん! お父さん! お母さん・・・!」

「蘭丸のお父さん!」

「蘭丸のお母さん!」

「目を開けてください!」

 四人は遺体にすがって声をかけた。声が枯れるのではないかというくらいに精一杯の声を出して。しかし桃也と青葉は一言も言葉を発してくれなかった。目には涙がたまっていて一つ、また一つと垂れた。

 装束は血で汚れ、手も血で真っ赤に染まった。

「ああああ!」

 蘭丸は声をあげて泣いた。それにつられて雲雀も涙を流す。都羽も青葉の遺体に顔を埋めて泣き始めた。朔夜は声を殺しながら泣き始めた。すると、ガタンと屋敷の奥から音がした。それに気づいたのは朔夜だった。

「もしかしたら・・・誰かいるかも。すぐにここから離れないと!」

 朔夜の声に気づいた都羽と雲雀はすぐに顔を上げるが、蘭丸はまだ現実を受け入れられずに泣いている。朔夜は蘭丸に言う。

「蘭丸。もしかしたらまだ犯人がいるかもしれない。今すぐここから逃げなきゃ」

「嫌だ! お父さんとお母さんを置いて逃げるなんて! どうして・・・」

「僕たちはまだ子供だよ?! 僕たちがどうこうできないよ! 僕たちにできることは、逃げることだ! きっと、蘭丸のお父さんも同じことを言うはずだよ・・・」

 朔夜の説得に蘭丸はようやく応じた。泣きじゃくる雲雀と都羽も立ち上がり、床に散らばる血に染まった桃也の手紙を丁寧に拾う。それを寺子屋に向かう時のカバンにしまう。そして中庭に続く襖を開いて中庭へ出る。

 蘭丸は名残惜しそうに後ろを振り返る。あの優しい二人はもういない。血に染まった部屋を蘭丸は忘れまいと頭の中に光景を刷り込んだ。そして生まれるのは、両親をこのような目に遭わせた人物への憎悪。

 七歳の少年の中で静かにそして確実にメラメラと燃え上がっていた。

「蘭丸!」

 朔夜に言われて蘭丸は屋敷を飛び出していった。

 蘭丸たちが逃げた後、桃也と青葉のいる部屋に黒ずくめの男たちがぞろぞろと入ってきた。

「桃の印の入ったブツがねえ」

「こいつだ。こいつがどこかに隠したんだ!」

 一人の男が桃也の遺体に向かって唾を吐く。男たちはこの部屋に蘭丸たちがいたことに気づいていないようだ。しかも、この家に子供がいることも把握していないようだ。

 男たちが探しているのは桃の花が刻まれた宝物。しかし、その宝物は屋敷にあるわけではない。蘭丸、雲雀、都羽、朔夜が持っていて、そしてそれはどんどん遠くへ移動している。すると玄関の方で物音がした。

「まずい。ずらかるぞ」

 男たちは急いで屋敷を出た。

 一方の蘭丸たちは四人で必死に逃げていた。できるだけ遠くを目指して。

 血に濡れた手を隠して必死に逃げた。蘭丸の家から一番遠い、都羽の家へと走る。都羽が先頭になって走るが四人は会話をしようとしない。目の前で両親の遺体を目の当たりにした蘭丸の心の中は大変なことになっているからだ。

「もうすぐだよ!」

 都羽が声をかけた。目の前に都羽の家が見えた。急いで扉を開けて四人は中へ転がり込んだ。

「なんだ、騒々しい」

 奥から露風がやってきた。すると玄関に都羽だけでなく、蘭丸たちまでいることに驚いた。そして激しく息を切らしているところを露風は不思議そうに見ていたが、都羽の手と装束に付着した血を見て顔色を変えた。

「都羽! どうしたのだ?!」

 露風は都羽以外の三人にも目をやると同じように手は血に染まり、装束に血が付着していた。都羽は顔を伏せて涙声で露風に訴える。

「・・・蘭丸の、お父さんと・・・お母さんが・・・・、血まみれで・・・息がなかった」

「何?!」

 露風はあまりの衝撃に言葉を失った。都羽が堪えていた涙を抑えられず、うわああん! と露風に抱きついた。そしてそれと同時に三人も涙を流し始めるが、蘭丸は涙を流しながら一言も発さずに地面を見つめるだけだ。

「桃也さまと奥方さまが・・・。何てことだ。四人とも、急いで上がりなさい!」

 露風はすぐに四人を屋敷に上がらせ、露風と一緒に部屋に入り固まった。追跡されているかもしれないと怯える四人を露風はなだめる。

「よくここまで逃げてきた。あとは、お父様に任せなさい」

 震える四人を露風は優しく抱き寄せる。すると、部屋に都羽の兄・疾風がやってくる。

「父上・・・?」

「疾風! お前もここにいなさい!」

 露風に言われて疾風も部屋に入り、待機した。露風は都羽に一体どうしてこうなった? と詳細を求めた。大人びた七歳の都羽ならば詳細を落ち着いて話せるはずだった。しかし、都羽は恐怖に支配されて詳細を話せる状況ではなくなっていた。

「僕が・・・話します」

 進み出たのは、朔夜だった。雲雀も話せる状況ではないし、蘭丸は精神的ショックから解放されていない。話すのは酷だ。落ち着きを見せはじめた朔夜が詳細を話すことになる。


 四人で蘭丸の家に行ったら、声をかけても返事がなかったんです。不思議だなぁって思って四人で家の中に入ったんです。そしたら襖が開いていてそこに蘭丸のお父さんもお母さんもいるんだなって自然とわかって襖を開けたら・・・、蘭丸のお父さんとお母さんが血まみれで倒れてて・・・。

 何度も声をかけたんですけど、返事が・・・なくて・・・。

 そしたら屋敷の奥から物音がして、僕たちは部屋に散らばった蘭丸のお父さんの手紙をかき集めてここまで逃げてきました。


 朔夜の話を聞き終わると、露風はそうだったかと呟いた。

「なんということだ・・・。桃也さまがどうして・・・」

 露風も同じくらいに衝撃を受けて言葉が出てこない。蘭丸は一言も発さず、手紙が詰め込まれたカバンをしっかりと胸に抱いて離さない。

 その日は全員都羽の家で一日を終えた。しかし、四人は衝撃的な光景が脳裏から離れずになかなか寝付けない。しかも両親を殺された蘭丸は布団に潜ることもできず、屋敷の縁側に三角座りをして顔を埋めていた。

「お父さん・・・お母さん・・・」

 蘭丸はそればかり呟いて、静かにすすり泣いていた。


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