十二話 可愛い子供たちよ
十二話 可愛い子供たちよ
夕飯時になった。
空は茜色に染まる。四人は夕焼けに染まる道を歩いた。
蘭丸の屋敷の前に差し掛かり、四人は別れようとした次の瞬間、桃也が四人を発見して招き入れた。
「お父さん?」
蘭丸は首をかしげた。蘭丸だけならまだしも朔夜や雲雀、都羽までもが屋敷の中へ招かれた。やってきたのは桃也の部屋。桃也の正面に横に座った四人は一体何事かとそわそわしている。
「急に引き止めて悪かったね。今日は四人に渡したい物があるんだ」
桃也はそう言うと、部屋の奥から真鍮で作られた入れ物を持ってくる。ピカピカに磨かれた真鍮の入れ物に四人は興味津々だ。
蘭丸ですらその真鍮の入れ物の存在を知らなかったくらいだ。
桃也が入れ物を開けるとそこには三つの装飾品が入っていた。ここまで豪華な装飾品を四人は見たことがない。子供心がワクワクして目を輝かせた。
入れ物に入っていた装飾品は三つ。
指輪と耳飾りと髪飾りだ。桃也は装飾品について説明をする。
「これは俺がまだ皇子だった頃にもらったものなんだ。ここをよく見てみなさい」
桃也がおもむろに指輪を取り出し、四人に見せる。指輪をよーく見ると指輪は桃の花と鳥の彫刻によって輪っかになっている。男性が持つにはとても可愛らしい品だ。これに気づいたのは雲雀と都羽だった。
「鳥がいる! 可愛い!」
「桃の花みたい。細かい!」
「やっぱり女の子だな。ここには鳥と桃の花でかたどられた指輪なんだ」
「なんで桃の花なんですか?」
都羽が桃也に聞いた。
「桃の花は俺の象徴花なんだよ。王族にはそれぞれ象徴花というものを持っていて、自分の証として与えられるものなんだ。俺の名前は孫桃也で、桃の字が入ってるからぴったりだな」
桃也は笑った。装飾品をしっかりと見てみると見て桃の花とわかるようなものもから様々な技巧を凝らして簡単には桃の花が刻まれていることに気づかないものもある。四人は装飾品に夢中だ。
すると朔夜が疑問に思ったのか、桃也に質問を投げかけた。
「でもどうしてそんな大事なものを見せてくれたんですか?」
桃也は一呼吸置いて言った。
「いつまでも暗い場所にしまっておくわけにはいかないからな。俺はいつか自分の子供に引き継ごうって考えていたからな」
桃也はそう言うと四人に向き直って、言い放った。
「蘭丸、雲雀、都羽、朔夜。君たち四人に、受け継いでほしいんだ」
桃也の言っていることの重大さに驚いているのは、頭のいい都羽だけだ。都羽はなんで?! と驚いている。息子の蘭丸に譲るならまだしも、血のつながりが一切ない赤の他人の雲雀、都羽、朔夜に受け継がせる理由が分からない。
その理由を都羽が桃也に尋ねた。すると桃也は四人の顔を見ながら話し始めた。
「これから君たちがどういう人生を歩んでいくのか俺には想像がつかない。でも、四人がこうして友達になってずっと過ごしているのは奇跡に近いことなんだ。その絆は大きくなっても絶対に必要だ。その証として受け継いでもらいたいんだ」
「僕のような貧乏人がもらっていいんですか?」
朔夜が聞いた。
朔夜は町から少し離れた貧しい場所で暮らしている。その日暮らしがやっとのところがあるくらいに貧しく同時に厳しい場所だ。そんなところに住んでいる人間がこのような豪華な品をもらっていいのかと朔夜は謙遜した。
謙遜というよりは怖かった。謙遜を知らない子供の中に生まれるのは、恐怖。朔夜が聞くと桃也は頭を撫でた。
「貧しいなんて関係ないだろう? 俺は、孫蘭丸、蔡雲雀、李都羽、史朔夜に受け取ってもらいたいんだよ」
桃也は改めて・・・、とつぶやくと入れ物の中に手を入れた。最初に取り出したのは、銀でできた丸いもの。それを分けると三日月と満月の形に分かれる。
「これは銀でできた髪飾り。これを朔夜に渡そう」
髪飾りといえば髪の毛の長い女性が身につけることが想像できるが、男性は成人した後に一つに結ぶこともあり得るのだ。男性が髪飾りというのもまんざらおかしい話ではない。
「朔夜。君には月のように静かにそして優しい心を持ってもらいたい。三日月と満月を合わせると丸くなって桃の花が現れる。桃の花を大々的に見せるのはまずいから二つに分けて使いなさい」
桃也は朔夜に髪飾りを渡した。朔夜は髪飾りに刻まれた桃の花を見て息を飲んだ。今まで持ったことのない豪華な品に驚きを隠せなかった。
次に取り出したのは緑色の石で作られた髪飾りだ。俗に言うドロップ式の耳飾りで垂れ下がった部分は丸みを帯びた三角錐だ。
「次は風水晶の耳飾り。これを都羽。君に渡そう」
桃也は耳飾りの詳しい説明をした。
「風水晶は風を象徴する石って言われている綺麗な石なんだ。この飾りの部分は隙間ができていてチリンって音が鳴るんだよ」
桃也はそう言って耳飾りを揺らす。すると、チリンと涼しい音が聞こえてきた。耳障りにならないちょうどいい音。都羽は桃也の手から耳飾りを受け取る。都羽も興味津々で手の中にある耳飾りを見つめた。
「都羽。君には己の正義に従って生きて欲しい。この世界は絶妙な均衡と偶然の巡り合わせで成り立っている。その均衡を保つのは、正義だ。都羽の中にある正義に従っていきなさい」
都羽ははい、と声を出した。
次に取り出したのは、鳥と桃の花があしらわれた指輪だ。
「鳥と桃の花の指輪。これは、雲雀に渡そう」
「やった!」
桃也は雲雀に指輪を渡した。
「雲雀。自由に生きなさい。しがらみばかりに囚われていると先に進めない。自由の羽を持って前へ進んでいきなさい。雲雀だけではないがその権利は誰でも存在しているからね」
雲雀は真面目に桃也の話を聞いていた。話を聞き終わると、雲雀は指輪を人差し指に入れたが、指輪自体が大きくて指と指輪の間に隙間ができてしまう。
「雲雀が大きくなったらつけなさい。それまでは紐に通して首飾りにしなさい」
桃也がそう言うとわかりました! と言った。
そして最後だ。最後は桃也の息子である蘭丸。しかし真鍮の入れ物には、桃也愛用の品は一つもない。すると桃也は蘭丸にはこれだ、と自分の腕からスルスルとあるものを取り出した。
桃也の手にあったのは、銀でできた腕輪だった。桃の花が刻まれ、赤い宝石が埋め込まれている。
「俺がずっとつけていたこの腕輪を譲ろう」
「お父さん・・・?」
「蘭丸。お前には今後大きな試練が続くだろう。お父さんはすでに皇籍離脱をして皇子じゃなくなった。だが、お前には『香国第十皇子の息子』というものが一生ついてまわる。でもお前はお前らしく生きるんだ。苦しくて辛くてどうしようもない時は、この三人に頼りなさい。困った時は四人で協力するんだ」
蘭丸はふと三人を見た。目があった。すると三人は静かに微笑んだ。誰にもわからない魔法の絆で結ばれたこの四人に蘭丸も知らない自信が湧いてくる。
四人でいれば、どんな困難も乗り越えられる。そう自分自身に言い聞かせた。
腕輪を蘭丸が通すとやはりぶかぶかでするんと簡単に肘まで行ってしまう。それを見て桃也は笑った。
「雲雀と同じように首飾りにしてやろう」
桃也は立ち上がり、茶色い紐を持ってきた。紐で腕輪、指輪をそれぞれ結んで首飾りにして雲雀、蘭丸の頭に通してやった。蘭丸は立派な腕輪をずっと見ていた。
「大事にするんだよ」
桃也がそう言うと四人ははい! と頷いた。
蘭丸以外の三人はそれぞれの家へ帰って行った。それぞれ譲られた宝物を胸に抱きながら。そして蘭丸も腕輪を飽きることもなくずっと見つめていた。
部屋の明かりに反射して腕輪に埋め込まれた赤い宝石がキラリと光った。かと思えば、腕輪に刻まれた梅の花が光によって見える。
蘭丸はうふふと笑って、一日が終わった。
その日は静かな夜だった。
何かを予感させる、冷たい夜でもあった。




