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花鳥風月物語  作者: 藤波真夏
第一章
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十話 皇子の血を引く者

十話 皇子の血を引く者

「この計算はこうするの」

「え? どこ?」

「ここよ」

 屋敷の中から子供の声が聞こえてくる。

 その屋敷は蘭丸が暮らしている屋敷。その屋敷の中にある一室で唸っているのは蘭丸と雲雀の二人だ。筆を持って頭を抱えている。今日は寺子屋から出された宿題を片付けるために屋敷に集まったが、蘭丸と雲雀に勉強を教えるために都羽もいる。

 先ほどの声は都羽が蘭丸に勉強を教えている声だった。

 朔夜も一緒に勉強しているが、邪魔をしてはいけない雰囲気を醸し出していた。

「蘭丸。雲雀。都羽。朔夜。そろそろ休憩にしたらどう?」

 部屋の襖が開いてそこから青葉が顔を出す。青葉が持ってきてくれたのは茶菓子。机の上に置くと雲雀と蘭丸が我先にと茶菓子に手を伸ばした。勢いよく伸ばした手に驚いて都羽は言葉を失った。

「そんなに急がなくても茶菓子は逃げないよ」

 都羽がそう言うと朔夜が言った。

「二人は頭をこれでもかってくらい使ったんだよ。こんな感じになるって。僕たちも食べよう」

 朔夜に言われて「うん」と小さく頷いて都羽も茶菓子に手を伸ばした。食べた茶菓子はほんのり甘かった。頭をフル回転させていた蘭丸と雲雀にとってみればまだまだ糖分を欲しているところだが、今まで以上に美味しく感じた。

 宿題の後、四人はある場所へ出かけた。

 それは蘭丸が三人を先導して連れていく。蘭丸がどこへ向かうのか三人は知ることもなく、ただ蘭丸の後ろをついて行った。

「私たちをどこに連れていくの?」

「見せたいものがあるんだ」

 蘭丸についてくると開けた場所に来た。そうここは、父の桃也が教えてくれた蘭丸の秘密の場所だ。子供の足でなんとか丘を登り、開けた場所に着くと三人の目に町の景色が入った。

「うわあ! 綺麗!」

「すごい!」

「家がたくさん」

 三人は思い思いに口を開く。なかなか自分たちの暮らしている町を視点を変えてみることなどなかなかない。わずか七歳の子供には新鮮に見えてくる。

「蘭丸。ここは?」

「僕のお気に入りの場所なんだ。ここは町を一望できる場所だよってお父さんが教えてくれた」

 四人は石に腰掛けて町を見つめていた。蘭丸は思い出す。桃也からの言葉を。


 お父さんは今の王様、孫龍さまの弟なんだよ。

 『孫』という苗字が王様と同じ苗字なのはみんな知っているんだ。それを知られてしまったらお前は悲しい思いをするかもしれない。お父さんはそれが嫌なんだ。

 心から信頼出来る人と出会えたら、苗字を明かしなさい。


 桃也から明かされた大きな秘密。

 朔夜や雲雀はすでに知っている。しかし、都羽はまだこのことを知らない。自己紹介の時ははぐらかしをしている。頭のいい都羽であれば、王様の苗字である『孫』を出した瞬間にわかってしまう。王様の苗字が『孫』であることくらい、都羽ならば知っていてもおかしくはないのだ。

 それが怖い。

 しかし、都羽と長い時間関わってきたわけではないが話してもいいのではないか、と潜在意識がそうさせる。

「ねえ都羽」

 自然と都羽の名前を呼んでいた。都羽が振り返ると真剣な視線を向けている。都羽はどうしたの? と聞いた。蘭丸は口を開いた。

「僕、都羽に言わなきゃいけないことがあるんだ」

「言わなきゃいけないこと?」

 その状況をつかめず、雲雀は首をかしげる。すると蘭丸の気持ちを察した朔夜が雲雀が突発的な行動をとらないように押さえつけた。

「朔夜?」

「しっ!」

 朔夜は雲雀が邪魔をしないように口止めをする。朔夜のおかげもあり、蘭丸はようやく重い口を開いた。

「僕の本当の名前をまだ教えてないんだ」

「本当の名前? 蘭丸じゃないの?」

 蘭丸と都羽の間を冷たい風が吹き抜けた。風が草花を揺らして、二人の髪の毛も揺れている。

 蘭丸は口を開いた。

「僕の本名は『孫蘭丸』っていうんだ」

「孫? 孫ってまさか・・・」

 蘭丸の予想は的中していた。都羽の反応を見て、彼女が王族の苗字が「孫」であることを知っている。蘭丸も都羽がこの後に続けてくるだろう言葉がなんとなくではあるが想像がついた。

「僕のお父さんは・・・今の王様の弟なんだ・・・」

「驚いた・・・。でもどうして隠したの?」

 蘭丸は桃也が苗字を安易に人に教えるなと言われていたこと、そして信頼できる相手だけに苗字を明かすようにとも言われたこと。それを聞いていた雲雀や朔夜も真面目な表情に変わってしまう。

 七歳の小さな体に背負わされた大きなものを三人もなんとなく理解し始めていた。それがなんなのかはわからない。

「でも蘭丸のお父様はもう皇子さまじゃないんでしょ?」

「え?」

「だからそんな風に感じる必要なんかないと思う。私は別に、蘭丸が何者であろうと構わないから」

 都羽はそうはっきりと言った。蘭丸とはまた違う大人びた七歳。もっともな返答に蘭丸は逆に戸惑ってしまう。やはり蘭丸の身分を明かして驚かない三人は蘭丸と特別な縁で結ばれているものかもしれない。

 桃也が言っていたことが現実味を帯び始めていた。都羽の言葉に賛成するように朔夜が言った。

「都羽の言う通りだよ」

「そうそう!」

 雲雀もそう言った。

 偶然とはいえ目の前にいる三人は蘭丸にとってどんなに財産や命を差し出しても手に入れることができない存在なのかもしれない。蘭丸は薄々感じ始めた。自分に何かあったとしてもよっぽどのことがなければ味方になってくれるそんな存在。蘭丸の目には涙がうっすらと浮かんでいた。

「蘭丸?」

 雲雀が聞くと蘭丸は涙をぬぐった。弱さを隠すためなのか、前を向こうとしているのかそれはわからない。しかし蘭丸の顔は笑顔だった。

「なんでもない! それよりも!」

 蘭丸は腕を伸ばして言った。

「この景色はこの四人だけの秘密だから!」

 蘭丸の言葉にうん! と三人は頷いた。四人は蘭丸がお気に入りの丘の上でたわいもない話を続けるのであった。



 一方、蘭丸の家では。

 桃也が険しい顔をしていた。桃也の前には宮廷で大臣をしている礼が訪ねてきたのだ。突然の来訪に桃也は警戒心を強めながら、かつそれを表に出さないように押さえつけながら向かい入れた。

「突然訪ねてきて、俺に何の用だ?」

「なんのご連絡もなくお尋ねしてしまったこと、お詫び申し上げます。我が娘が先王さまに入内いたしましたことをご報告を」

「父上にも呆れたものだ。しかし、それを伝える為にわざわざここにきたわけではないだろう?」

 桃也が鋭い指摘をする。

 すると礼は笑った。

「さすがでございますな桃也さま。やはり皇子の品格は今でもご健在であらせられる!」

「礼」

 桃也の声が低くなる。礼の狡猾な態度にのめり込まれないように桃也は必死に押さえつける。冷静に判断をする思考。そして溢れ出る高貴な品格。桃也が元皇子であることを証明するものであり、未だに健在であることがわかる。

「本題でございますが、国王陛下にはお子がおりません」

 礼は包み隠さず話した。

 龍と王妃である茜の間には子供がいない。それは桃也でも知っている。礼は再び言葉を続けた。

「我が娘、桜花が身ごもりまして」

 桃也は何も言わなかったが、内心驚いていた。そして礼は桃也に言った。

「先王さまは『もし現国王陛下に世継ぎができない場合、桜花との子供を東宮に据えたい』とおっしゃっております」

 桃也はそれを聞いて怒りを隠しきれるような状況ではなくなってきた。そしてこのままいけば礼の権力は跳ね上がり、孫一族でさえ凌いでしまいかねない。桃也はそれを案じている。

「礼。父上のいうことはあくまで意見に過ぎない。このことを陛下には?」

「まだ伝えておりませぬ」

「すべての決定権は陛下にある。陛下が承諾しない限り、たとえ先王である父であっても手出しはできないだろう。礼、下がれ」

 桃也はきっぱりと言い放った。礼はしかしと渋る。すると、桃也は立ち上がった。そして礼に近づいて、袖をまくって手首にかけられた腕輪を見せる。

 そこには桃の花が彫られている。それを見た礼は言葉を発せずにいる。なぜならば、桃の花は王族以外が身につけるものが許されていない象徴花である。つまり、自分が王族であることの証明になる。

 桃の花こそ、第十皇子である桃也の象徴花なのだ。

「お前の娘が生んだ子供が次の東宮になることなどあり得ぬ。龍兄上を苦しめるなと父上にそう申し伝えておけ」

 礼は頭をすぐに下げた。礼は宮廷では有力な大臣で地位も高い。しかし、龍を含めた十人の皇子たちには逆らうことができない。自分の象徴花を出すことは本気であり、怒らせると何をされるかわからない。

「はっ!」

 桃也の気迫に圧倒されて礼は屋敷から帰って行った。

 一人取り残された桃也はその場に座り込んだ。そこへ青葉がやってきた。

「あなた」

「大丈夫だ。礼は俺の言葉を引き出したかったんだ。俺が何も言わず反対していればこうなる」

 すると桃也は自嘲した。

「礼を敵に回した。俺はもう長くないだろう」

「何をおっしゃるんですか?!」

「今回の件で他の兄上たちがどう思っているのか俺にはわからない。でも、兄上たちは聡明で龍兄上を尊敬している。裏切るような真似は決してしない。兄上たちは身分も皇子のままだから手出しはできない。だが俺は皇子の身分を捨てた一貴族に過ぎない。江一族の力をもってすれば簡単に殺せる」

 青葉はだんだんと言葉の意味を悟り始める。明確に反対を突きつけた桃也は礼にとっては邪魔な存在。いつ消されてもおかしくはない。

 しかし心残りは息子の蘭丸のこと。

 血で血を洗うような残酷な世界に蘭丸を巻き込みたくはない。そして蘭丸を取り巻く、朔夜や雲雀、都羽も同じだ。なんの罪も犯していない四人を巻き込むわけにはいかない。

「青葉」

「はい」

「桜花殿が身ごもった。父上は龍兄上に世継ぎができなかった場合、その子を据えようとしている。そうなれば礼の権力は国王さえ凌いでしまう。俺は明確に反対した。今後、命を狙われる可能性は十分に考えられる」

「あなた・・・」

 青葉が呟いた。すると青葉の肩に手を回して寄り添う。厳しい口調から優しい口調に変わる。

「大丈夫だ。青葉も、蘭丸も俺が守るから」

 青葉は不安を抱えながらも静かに頷くのだった。



 四人は丘を下りて各々家へ戻った。

 都羽も家に着くと、居間には父である露風が腕を組んで都羽を見ていた。都羽の背中が一瞬で凍りついた。威厳もあるがどこか頑固な父親だ。

「・・・遅かったな」

「すいません」

「どこに行っていた?」

 露風は事実だけを知りたいようだ。都羽は秘密の場所のことは言わず、友達と一緒にいたことを伝える。すると露風は都羽のいる方へ進みだした。

「学問を教える時間だというのにうつつを抜かして・・・」

「・・・初めて友達ができたんです! 三人と一緒にいると楽しいんです! お父様には関係ない!」

 都羽はそう言うと走って自分の部屋へ向かってしまった。一人残された露風は驚いた表情で都羽の後ろ姿を見ていた。

「あの子に友達が・・・」

 露風はそう呟いていた。

 都羽は自分の部屋で一人、勉強をしていた。初めて父親に逆らった都羽は今後父親に何を言われるか分からない恐怖にさいなまれていた。

 今まで勉強だけを生きがいにしてきたような人生を歩んでいた都羽が生まれて初めて友達という存在を手に入れた。それによって彼女の人生の中に色彩が生まれたようだ。

 勉強を犠牲にしてでも守りたいものが都羽にできたのだ。

 そして蘭丸は自室で夢の中にいた。蘭丸がスヤスヤと寝ているところへ桃也が静かに入ってくる。蘭丸を起こさないようにそっと入る。蘭丸の頭を撫でて静かに笑った。

「蘭丸・・・。お前には辛い思いをさせてしまうかもしれない。こんな愚かな親父を許してくれよ・・・。お前の中にある王家の血が悪さをしないことを願ってる」

 桃也はそう呟くと蘭丸の部屋から静かに出て行った。すると月の光に反射して腕輪が輝いた。桃の彫り物が照らし出される。桃也は静かに月夜を見上げながら、一人考えにふけるのであった。



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