序章 有好選択
藤波真夏です。新しい長編小説を投稿します。更新は不定期かつ、ご存知の方もいるかもしれませんが『夢の舞台はポラリスで』(通称・ポラリス)と並行して行うため、頻度は亀並みにスローペースです。あらかじめご了承ください。
最後まで読んでいただければ幸いです。
*今回は最初なので、前書き&後書きを掲載させていただいてますが、次回以降は作品の世界観に浸ってほしいため、ポラリスと同様に前書き&後書きを割愛させていただきます。ご理解いただきますようお願いします。
藤波真夏
序章 有効選択
「私は皇位継承権を放棄します」
頭の中を真っ白になるような衝撃告白が聞こえてきた。その場にいた多くの男たちが凍りついた。困惑の声すら小さな声で耳に届いた。
「なぜそう言うのだ? わけを述べよ」
「私は末弟でございます。兄上たちを含めれば数えるのもバカバカしくなるほどに多い。王位は一番上の兄上にお譲りするのが得策かと思います。一番末弟である私は皇位継承権は無に等しい。余計な権利にすがり続けていれば、のちに争いの火種となりましょう。火種を少しでもなくすため、私は皇位継承権を放棄するという考えに至りました」
衝撃告白をしたのは現国王の子供たちの中でも一番の末弟だった。父である国王はお前はそれでいいのか? と改めて覚悟を試す。すると末弟は真剣な眼差しを国王に向けた。
「覚悟の上です」
「皇位継承権を破棄すれば、掟によりお前は宮廷を出なければならぬ。それでも良いのか?」
「妻の青葉にも了承を得ております」
それを聞いて国王は考える。その場にいた家臣たちも国王の判断に注目していて目が離せない。そしてついに国王の考えがまとまる。
「いいだろう。お前の望み、叶えよう」
「ありがたき幸せでございます、父上」
末弟は頭を地面につけるかのように敬意を払って頭を下げた。家臣たちも浅くではあるが頭を下げて敬意を表す。国王はその場にいる家臣たちに言い放った。
「我が息子、孫桃也の皇籍離脱をここに認める。王族に伝わる掟に従い、孫桃也並びにその妻、青葉妃は宮廷を去ることをここに言い渡す。準備が出来次第、即刻宮廷から去るのだ」
「仰せのままに」
末弟・桃也は父である国王に対して頭を深く下げた。そして静かに父のいる謁見の間を出て行った。桃也が出て行った後、家臣たちは国王に先ほどの決断の理由を何人も聞いてくる。
「末弟とはいえ桃也さまは王族・孫家の血を直系で受け継いでおられるお方でございます。もし何かあったら大変でございます!」
「自ら皇位継承権放棄したのは前代未聞でございます! 桃也さまをどうするおつもりなのですか?」
質問攻めをする家臣たちに対して国王は黙るのだ! と一喝する。すると家臣たちはその迫力に怯んで言葉を飲み込んだ。国王は口を開いた。
「これは皇子である桃也が決めたことだ。わしも国王の前に一人の父だ。今も心の整理がついていない。しかし、桃也の覚悟を見たときにわしはそれに従う方がいいのではないかと思ったまでだ。我が孫家の血筋を受け継いでいる以上、縁が消えるわけではあるまい」
桃也の決めた判断に国王は従うまでと述べた。覚悟も見た上でこのような決断を下したのだと説明する。なかなか納得のいかない家臣たちもここはぐっと飲み込むしかなかった。
謁見の間を後にした桃也が向かったのは自分とは真反対の存在、つまり長兄の元へ向かった。長兄の部屋には兄弟たちが集まりだしていた。桃也が部屋に入った瞬間、兄弟たちは静かに迎えた。
「話は兄上から全て聞いた。どうしてそのようなことをしたのだ?」
「私は兄上たちを尊敬しております。母親が異なるのにここまで優しくしていただいて感謝しかございません。だから、皇位継承権を巡って兄上たちと競いたくはありません。だからこのような選択をしました」
実は現国王には正妃のほか多くの側室を抱えていた。そのため国王の子供たちがたくさんいる。かくいう桃也もその一人に過ぎない。母親が違うにもかかわらず兄弟仲は良く、平和な宮廷生活が過ごされていた。
そのため末弟である桃也が皇籍離脱することに対してまだ心がついていかなかった。しかし、決めたことを咎める勇気がない。次第に口数も少なくなっていく。するとその沈黙を破ったのは長兄であり皇太子である孫龍であった。
「桃也。お前はその選択をして後悔しないんだな?」
「はい。覚悟の上です」
「そうか。俺たちにお前を止める権利はない」
「兄上・・・」
「しかし桃也。これだけは心に留めておけ。たとえ皇籍離脱をして宮廷を去っても、お前は王族・孫家の血筋を引き継ぐ立派な家柄だ。孫家の誇りを失ってはならない」
龍の言葉にわかりました、と桃也は言った。
長兄の龍も皇太子として様々な教育を受けているが、やはり血のつながりのある末弟がいなくなるということに相当感情を揺さぶられていた。龍はいつ宮廷から出ていくのかと伝えると三日後には出ていくことを桃也は伝えた。
挨拶を終えた桃也は頭を下げて龍の部屋から出て行った。
「これからの人生、幸多からんことを」
桃也が自室へ戻ってきた。そこには桃也の妻である青葉がいた。青葉も妻として夫に付いて行くべく準備を進めていた。
「青葉」
「あなた。皇太子さまやお義兄さまたちへの挨拶は済んだのですか?」
「ああ。兄上たちも驚いていらっしゃった。龍兄上はやはり送り出す時も凛としていた」
「さすが、皇太子さまです」
青葉は風呂敷に自分の荷物を包んでいた。青葉の手荷物は非常に少ない。風呂敷一つで事足りるほどの少なさだった。
青葉は下級貴族の生まれ。貴族ではあるがあまり裕福な生活は保証されておらず、貧しい生活を送っていた。幼い頃から炊事、洗濯、家事は一通りやってきているため、桃也と結婚し、宮廷に入ってもなおできることは全て自分で行っていた。なぜ下級貴族の娘が皇子の妻に選ばれたのか、今でも謎だ。
政略結婚であっても二人は夫婦仲がよかった。
「青葉。これからも付いてきてくれるか?」
「私は孫桃也の妻ですから。私はどんなことになろうとあなたの味方です」
桃也は改めて青葉に感謝し、荷物をまとめ始めた。
そしてついにこの日が来た。
桃也は皇籍離脱の儀式を行った。そこには父である国王、義母である正妃、龍をはじめとした兄たちが列席。そして家臣たちも正装で多く列席した。桃也は王族の印である金でできた輪冠を外した。
輪冠は皇子が成人すると贈られる王族であり皇子としての証のようなものだった。それを外して返還するということはすなわち自分が王族としての身分を捨てることに匹敵する。輪冠は桃也の手から国王へと渡った。国王は冠を高くかざした。
桃也が皇子としての身分を放棄したことを列席者に見せている。そして最後に国王からの言葉が述べられた。
「我が皇子、孫桃也。貴殿の願いを受け入れ、皇籍離脱を許す。皇子としての身分ではないが、一貴族としての身分を与える。これより数日以内に宮廷を去らねばならない」
この国王の言葉が皇籍離脱を受け入れた証だ。桃也は頭を下げて口を開いた。
「謹んでお受けいたします」
すると次は長兄である龍が桃也の前に立った。これは国王の計らいであった。次期国王となる皇太子に貴重な経験をさせてみようというものだ。そして兄弟代表という意味もある。
「王族から抜けたとしても、その体には私と同じ、孫家の血が流れている。孫家であったという誇りを忘れず、生きていくことを切に願おう」
「皇太子さま。ありがとうございます」
「お前は私の弟だ。いつまでもな」
「兄上・・・」
桃也は涙をぐっとこらえながら深く礼をした。こうして皇籍離脱の儀式は粛々と執り行われ無事に終わった。
終わるとすぐに桃也と青葉は荷物をまとめて宮廷の正門の前に立っていた。見送るのは兄たち。桃也は頭を下げた。
「何かあれば遠慮なく文をよこせ。兄として手助けできることはしたい。青葉殿、弟をよろしく頼む」
「はい、皇太子さま」
青葉も深く礼をした。そして兄たちに見送られながら桃也と青葉は城の外へと歩き出した。桃也は何度も振り返り頭を下げた。それに対して龍は応え続ける。早く前を見て歩けと言わんばかりに目線を送る。それに気づいた桃也はもう二度と振り返ることはしなかった。
宮廷から少し離れた場所で桃也は急に立ち止まった。青葉は何事かと聞くと桃也は青葉の目をしっかりと見て言った。
「これからも頼むぞ、青葉」
「ええ。あなた」
桃也と青葉はがっちりと手をつないで歩き出した。
ここは香国。美しい山と海を有する美しい国。
この出来事は単なる序章に過ぎない。様々な出来事の前触れでしかなかった。
花の如く美しく咲き乱れ、鳥の如く天を自由に舞い、風の如く正義を吹き抜き、月の如く沈静と優しき光をそそぐ。
これこそが、花鳥風月---。
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藤波真夏