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今ー奴隷

スノードロップの花言葉は……


 あぁ、貴方は変わってしまった。



   ***   ***



   ***   ***



 カタカタ。カタカタ。カートを引きながら廊下を歩く私に、ヒュルリと、一陣の乾いた風が吹きました。その風に私の念入りに手入れをした、けれど素地のあまりよくない黒い髪が揺られて、私は空を見上げました。


 吹き抜けの廊下から見える空は、澄み渡るような青色。蒼穹(そうきゅう)には真っ白な雲が堂々と居座り、でもそれに負けじと太陽が強く、強く輝いています。そこに割り込むのは先ほどの風で飛んでしまった木々の葉っぱ。


 きゅっと、心臓を握りしめたような思いが胸に広がる。青に白に緑に。本当、柔らかで色彩豊かで、涙が出るほど美しい空。こんなに綺麗な空を私は今まで見たことがありません。生まれてこの方、私が見たことあるのはずっと灰色の空でした。

 かつて世界には魔王が存在し、世界は灰色の雲に覆われていました。ですがその魔王は異世界から召喚された私の「ご主人様」が滅ぼしてくださいました。

 だからこそ、この空がある。


 温かな太陽の温もりを肌で感じながら、私は「ご主人様」の待つ大部屋の扉に手をかけ、ゆっくりと開きました。


   *


「勇者様。今日も素敵なお料理ですわね」


「うん。そうだね」


 広がっているのはこの世の春を集めたかのような光景でした。その光景を前に、私はそっと目を細める。王城の謁見(えっけん)室かと見まがうほど広い部屋の天井に見えるのは、豪華絢爛な黄金のシャンデリア。敷いてあるのは真赤で触り心地のいいカーペット。漂うのは花の匂いを模した濃密な香りです。

 部屋にある調度は全て一流の職人が手掛けたもので、それが整然と並べられています。しかし私の頭には雑多、という言葉が浮かびました。目が痛くなるような、極色彩の景色です。


 そしてその中心にあるソファに座っているのは私の「ご主人様」と、その取り巻きたちです。


 「ご主人様」の右隣に座っているのは「ご主人様」を召喚したこの国の王女。腰まである艶やかな金髪に、つり気味の黄金の瞳の彼女は、露出の多い服とその髪と瞳の色に合わせるように全身に、黄金でできた装飾品を身につけています。

 黄金の髪と黄金の瞳と黄金の装飾品。目が痛くなるくらいに派手で華美であるのに、嫌味な感じにならないのは、彼女が絶世の美女だからでしょうか。


 「ご主人様」は王女の言葉に、薄い笑みを浮かべて答えています。その一言だけで王女の顔が淫猥(いんわい)に蕩けました。「ご主人様」の手はかつて剣を握っていたとは思えないほど、白くしなやかです。その手で「ご主人様」が王女の頭を撫でる、王女はうっとりとした表情で「ご主人様」にもたれかかりました。


 その目に浮かぶのは狂的なまでの恋慕。彼女には「ご主人様」しか見えていません。



「見てください。このステーキは私が作ったんですよ」


「そうなんだ。……うんよくできてる」


 左隣に座り、王女に負けじと語るのはこれまた美しい少女です。基本六属性全てを操る魔法の天才。童顔で、肩にかかる程度の灰色の髪に、意思の強さを見せる赤い瞳。魔眼の力を抑えるための眼鏡をかけた彼女もまた、未成熟さから来る美を備えた可憐な顔立ちをしています。

 料理が趣味だという魔法使いは「ご主人様」の食卓にいつも自分の作った料理を一つ出しています。その料理を「ご主人様」に褒められることが、魔法使いにとって何よりの喜びなのだそうです。


 彼女もまた、「ご主人様」に自分を見てもらおうと必死です。



 もちろん、「ご主人様」に侍っているのは王女と魔法使いだけではありません。ご主人様の周りには他にも誇り高き女騎士、大神殿の巫女、百戦錬磨の女傭兵に奇跡を願った村娘。皆それぞれ違った美しさや可愛らしさを持っている、魔王討伐のパーティメンバーたちです。

 彼女たちは魔王が討伐されて旅が終わってもなお、「ご主人様」と共にいることを望みました。ご主人様は美しい女たちに囲まれて微笑みを浮かべています。


 この光景はまるで一枚の良くできた絵画のよう。極上の料理に最高の美酒。それを取り巻く美しい女たち。中央には世界を救った容姿端麗な黒髪の勇者。きっと誰もが憧れる光景でしょう。



「デザートでございます」


 私はそんな「ご主人様」のために給仕を行います。カートから取り出した美しいデザートを音が立たないように置いて、静かに「ご主人様」たちの視界から外れる。

 女たちの気を損ねないよう、「ご主人様」が不快に感じぬよう、必死に練習して、洗練されたように見える動きをします。


 そうするのは私には体中に傷があるからで、顔にも醜く大きな傷が残っているからです。私は美しくない。「ご主人様」に侍る女たちはおろか、広間の隅に並ぶメイドにすら大きく劣っています。


「いつもありがとうメリィ」


「当然のことをしたまでのことです」


 そんな私にも、「ご主人様」は声をかけてくれます。そんな「ご主人様」に私は深く頭を下げました。「ご主人様」は「ありがとう」と言いますがそれは当然のこと。何せ私は()()()()の奴隷なのですから。私もまた貴方を愛しているのですから。



 「ご主人様」は美味しそうにデザートを食べています。幸せそうに。……けれどその幸せそうな顔もどこか薄っぺらなものに感じてしまいます。ずっとご主人様の隣にいた私には、「ご主人様」は自分が幸せだ、幸せだと思いこんでいるだけに見えてしまいます。「ご主人様」はそのことにすら気づいていないのでしょうけど。


 だって昔のご主人様はあんな作り物みたいな笑い方をしなかった。女を隣においてくつろぐことなんてできなかった。ゆっくり食事をとる暇なんてなかった。


 ご主人様は召喚された四人の勇者の中で誰よりも劣っていました。気も弱く、非力で魔力も少ない。あったのは勇者に等しく与えられた魔法六属性全ての適性と勇者の証である光属性の魔法だけ。


 王族皆から見放され、見捨てられたご主人様は強さを求めました。見放し、見下した者たちを見返そうとひたむきに努力していました。

 休むこともなく、甘えることもなく、今みたいに煌びやかな光の下ではなく、地の底を這うような、闇の中で光を探して努力をしていたご主人様は醜くも美しかった。そんな貴方に私は心惹かれたんです。



 でも今の貴方は違う。あぁ、貴方は変わってしまった。


「メリィ」


「はい」


「いつもありがとう」


「……はい」


 身を引く私に声がかかる。「ご主人様」の空虚な二回目のお礼の言葉が、私の空虚な胸を通り抜けていきました。

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