それは二度目の始まりだった。
少女霊が改心した直後、あの空間は解けて、僕達は一階の階段裏物置にそのままの姿勢で放り出された。
僕はまだ名前も知らなかった天羽さんを抱えて外に出た。天羽さんは気絶中。外は真っ暗だったが、外から中に向けて眩い光が当てられていたため、そこまで暗くはなかった。
「まぶしっ………」
「生存者だ!」
「っ何!?」
ライトを持っていた人が走って寄ってくる。大柄な警察官だった。
「君、よく生きてここを……」
彼らが警察であれば話が早い。大柄な警察官が話し始めたのを遮ってでも、僕は言った。
「この子を早く病院に連れて行ってくださいお願いします!!」
▽△▽
「特殊現象対策課の大薙櫂だ」
天羽さんを病院に搬送した後、僕は警察官に連行された。
警察署の大きな一室、なんか普通に人が働いていそうな部屋に通されて椅子を出され、大薙さんと向かい合って座っている。
取調室とかではない事に何となく安心しながら、僕は聞いた。
「特殊現象対策課?」
「君の出会ったような現実と乖離した現象について専門の部署だよ」
「………へぇ、そんなのが」
「近頃は関東地方全域で頻発しているからね、この手の現象は。だからこの課に所属する人達は世間一般で言うオカルトにかなり強い」
「……へぇ」
「確か君の名前は賀田玄君、と言ったかな? データが残っていたので、この手の事件は2度目かい?」
「……? いえ、初めてですけど、もしかしたら記憶にないだけかもしれません」
「そうかい? この手の事件はインパクトあるからそうそう忘れることなんて」
「所々記憶がないんですよ、中1より前の」
「それは、大変だったんだね……」
「そうですよ、目が覚めたら目覚める前の記憶がなくて、知らない人に怒鳴られるわ、親を名乗る人が泣き出すわで────」
大薙さんが、僕のデータと言って出してきていた紙束を下げる。それ、結局僕は読んでないんですけど。
「……なんだい? 読みたいのかい?」
「いえ、結構です。読まなくても」
「そうかい。それで話がそれてしまったけれど、事件の全容を教えてくれないかい?」
「良いですよ」
僕はひとまず覚えていることを片っ端から語る。コミュ能力は高くないし、語彙も貧困だが、出来るだけ詳しく、手振りも加えて。
「かくかくしかじか」
「ほう、そんな事があったのかい。しかもちゃんと解決したのかい!?」
「………なんで出来たんでしょうね」
「原因が分からずとも解決したとは、将来有望だ! うちの課に欲しい人材だ! 他の子は皆自分勝手だし問題解決能力のない子達で大変なんだよ!!」
大薙さんは僕の肩を掴んで、豪語した。
「あのー、それでどうでしたでしょうか?」
「出来る限りのことは出来たんじゃないかい、例え相手が見えたとしても対処できる人はそういないからね」
「そうですか? 寧ろ見えてる方が拙いと思いますよあの存在」
「見える子はみんな言うよ……見えなければ気付かず捕らわれて死ぬかもしれないのにね」
「………」
「それと箒当たったから良いけど、どの霊にも通じるとは考えないことだね。あれは常識の外にいる自覚を持って、これから遭遇する機会があれば尚更」
「はい……。けど、何なんですかあの紐の集合体は………何となく予想はつきますけど」
「幽霊、だと思われているね。一応研究みたいなことはされていて、人によって見え方が違うらしいけど、概ね色は白か黒らしいよ」
「白か黒………」
「君は紐に見えたんだね」
「まぁ。線、とも言えると思いますけど。あの学校で見たものの大半が黒い、人の輪郭が歩き回っている感じでした。透明人間ってあんな感じだったりするんですかね」
「ははっ、輪郭が見えている程度で透明を名乗っちゃいけないよ、本物は全く見えないからね」
「そうなんですか?」
「………さあね、とにかく紐が寄り集まって人型を形成していた化け物、と言うけれど一本だったり無数にあったりするその差は恐らく怨念の差だと思うね、専門が違うから何とも言えないけど」
「そういえばこの部屋誰も居ませんね」
「最近事件が頻発してて、分担しててもこんな感じで、常時人手不足なのさ」
「大変なんですね」
「そうだねぇ、だから何も起こらない事が一番良い………」
「これからどうするんですか、と言うか僕、あの女の子がどうなったか気になるんですけど」
「なんだい、あの子もしかして君の恋人かい?」
「違いますよ、名前も知らないのに」
「安定したら、見舞いに行くと良いさ。ただ、詳細な資料作りに協力して欲しい。人手不足だというのと、今後に役に立つため詳細に、さらに細かく話を聞かせて欲しい」
そうやって大の大人が頭を下げては中学生程度が何を言えるだろうか。まず、断るつもりはないが。
僕はもっと知りたい。あの非現実的な物を。知らなくてはいけない。
ただ、そんな気がした。
それから3日ほど、自宅と警察署を往復する生活を送り、最終日には天羽さんが目覚めたという話を聞いてお見舞いに行ったのだ。
彼女は、死のショックからだろうか。あの日の記憶がほとんど飛んでいた。だというのにあの元気さは本当に過去の自分に見習って欲しい所である。
「………ただいま」
「おかえりー、風呂できてるから入っちゃいなさい」
母の声だ。
「はーい」
これでも家族全員が事件当時は騒然となったらしい。僕の前では平然としていたが、父が『母さん滅茶苦茶心配してたぞ、警察に保護とか何があった?』と言っていたり、心配されてたんだなぁ、とは思えたが。
実際、三年前に山で記憶を失うほどの大怪我をしたときも、こんな心配をかけたんだろうか。
そのせいで一つ学年が違うのだが、そもそも覚えていないのだからあまりそう言った面では気にしては居ない。
僕は一度自室に向かいながら、つぶやいた。
「霊が見える、か」
こう言うのを霊感というのだろうか。こういう感覚を理解してしまうと、日常風景が様変わりした。
何せ、道行く人とは別に人型の白い紐が町を闊歩しているのだから。あれほど多いと、今までのことを考えてぞっとする。
白いのは害がないけど、黒いのもたまに居る。
何とも恐ろしい日常か。非常に恐ろしい。
「確かに大変だ」
霊の少女が言っていた事が分かった気がする。この感覚は、確かに恐ろしい。大変だ。
「まあいいや、風呂に入ろ」
────だが、僕は気付いてなかった。あの少女の言っていた『大変なこと』の意味を。
僕を襲う怪奇現象はまだまだこの程度ではないということに。