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大量怪奇少年  作者: リョウゴ
第一怪奇 中学の終わり
4/20

『しんじゃった』

「えいっ───」


 驚く彼の頭に、渾身の頭突きを。


『何してるの? おねえさんは私にからだをくれるんじゃ、なかったの?』


 ざくり、どすり、背中を数々の凶器が突き立った。刺さりにくそうなペンチのようなものすらも深々と刺さった。


 痛いとは思えなかった。その域は一瞬で通り越した。死ぬ。見ても見なくても、これは間違いなく死ぬ。


 でも、彼は守れた。そりゃあ、挑発的な言動をした彼に思うところはあるけれどどの道、こうなっていたという直感はあった。私が先か、彼が先かと言うところで、私が先になったというわけだ。


 彼は見捨てなかった。だから私も………。


 思考を焼き尽くすかのような背中の熱。痛みを感じる事の出来ない頭の、私の背中に対する唯一理解。


「あ、ぁ、ぁ、ひと、つ、良い、かな」


『なに?』


「おとうさん、すき?」


『………分かんない』


「すき、じゃ、ない、んだね」


『……………わかんない』


「おとう、さんと、い て 、 たの しかっ、た?」


『楽しかっ、た!!』


「…………ほんとうにむねを はって いえる?」


『………っ。』




『楽しく、ない。楽しくなかった』


「そっ か、 じゃあ それ は まやかし 、 だよ」


『まやかし? うそ? なにが? お姉ちゃん』


「……………………」


『あ、死んじゃった。つづき、聞きたかったな』




 まだ死んでない。


 君は、まだ死んでない。


 だから早く、早くここを出て。


 徐々に薄れていく───


 ──そうだ、そう言えば──助けてくれた───


─乱暴で配慮に欠けて─でも見捨てないで──


 ───そんな君にお礼───を──

 


    ▼────◆────▼


『何────?』


 御守りが光る。ぼんやりと、しかしそれは力強く歪んだ部屋を照らした。


 僕は漸く落ち着いた。頭突きが思いの外よく効いた。まさか盾になるなんて思いもしなかった。投げ捨てる一瞬前に、ぶちかまされた。それでこれか。また、目の前で死なせるのか。


 ───また、これか。


 記憶になくても、体がそう言った。憶えが無くとも覚えていた。


 立ち上がって、うつ伏せに丁重に女の子を寝かせた。


「へー、お前。これ、たのしいか?」


 少女の影に黒い紐が見えた。それは戸惑ったかのように揺れていて。


『これ?』


 少女本体は無表情に女の子を指差した。


「そう」


『全く。でも体、このくらいなら』


「────っ!! 何がこのくらいだ!!!!! ふざけんなよ!! お前! お前は、止めなかった!! お前を諭そうとしたこの子に向かって!! その凶器を止めなかった!! さっき!! 楽しくないって言ったよなぁ!! 楽しくないなら止めろよ! お前は、死んでまで何に縛られてんだ!?」


『私はおとうさんに会いたいだけ、あいし……あい? あいって何』


「お前は、お前はぁっ!!」


 右拳を握り締めて振り上げる。


「死んでからもおとうさんとかいう!! くだらないものに、縛られる意味なんてねぇだろ!!!!」


『あ、あい、あいあいあいぁぁぁぁ』


 ぶわり、影が広がる。否、それは黒色の無数の紐。これは怨念(おもい)の色。この学校における無数の負の念の集まり。


 始まりはきっとこの少女の強い念で、ねじ曲げたのはこの中学校に積もった負の思い。


 何故か今の僕にはそれが手に取るように分かる。分かってしまう。今更、だ。


 わかっていれば。わかっていれば!!


「僕は。僕達はこの子の本音をなる早で聞きたいだけなんだよ、邪魔すんなよ」


 右手を振り払うと少女から襲い来る無数の闇と見紛うばかりの黒い紐が、解けて消えた。


 御守りの光が降りてくる。


 ───彼女が、記憶の遥か彼方に打ち捨てられたあの子が。


『あ────え────ぁ────』


「『辛かったよね、楽しくなかったよね、思い通りじゃない願望を植えられて、暴れまわって』」


『うん────うん───』


「『望みを、いってごらん』」


『私は───────』












 目を覚ましたら、病院だった。


 全治3ヶ月。そう言い渡されて驚いてしまった。だって、高校はもうすぐ始まるというのに、これじゃ高校で友達が出来ないじゃないか。


 その不満を抱えて───身じろぎすれば四肢が生を否定するような激痛を放つのだから、とんでもない。


 正気に立ち返ってみれば、死ぬ。死ぬよねこれ? 何で生きてるの?


「大体、すごい怖い目に遭った気がするのになんで怪我したのかほっとんど記憶にないんだよね……いっつぅーっ!!」


 一人病室で、悲鳴をあげる。どうやったらこんな怪我できるのか教えて欲しいな過去の私さん!?


「何があったか、聞きたいかな?」


「君、誰?」


「酷いな、同級生だったでしょ、クラス違うし年も違うけどさ?」


「うん、うん。ごめんわからないわー………あ、年違うってので思い出した。君、賀田くんか! 結局クラス一緒にならないし興味もなかったから分かんな……かっ……っ」


 賀田くんが、少し悲しそうに目を伏せる。その動きに胸の深いところがきゅっと苦しくなって、言葉に詰まる。


 何だろ、これ。


「………ごめん、怪我させて」


「わぁぁ!? 急に土下座!? 何!? 私何されたの!?」


「……あぁ、そうか。きっとみんなこういう気持ちになってたのか」


「いや突然神妙な顔して呟かれても誤魔化されないぞ!! さあ言え、私は何で怪我したんだ!!」


「あー、あのとき気にせず叫んでごめん、きっとこう言う……」


「良いから言えーーっ!!」


 それからすぐ看護士さんが飛んできて厳重注意されました。あうぅ。







 両腕両足が不自由とは言え、女の子は元気を見せていた。ただ、どうやらあの日の出来事の殆どの記憶が飛んでいるらしい。


 無理もない、なんせ、一度死んだのだから。


「……まぁ、良かったよ」


「今度はなんですかー」


「そんな不機嫌になることはないと思うんだけど」


「信じられるわけ無いでしょ、この大怪我がお化けに襲われたからって言うのは」


「うーん、それは僕も思うけどね。でもあれは、本当にお化けだと思うし」


「実際にいるなら会ってみたいかも」


「僕は二度とあんなのは嫌だよ」


「そーなの、つまんない」


 女の子はお化けに執着したりはしなかった。僕の反応を見て、何かを察したのか。


「そう言えば結局すごく今更だけどさ、自己紹介をしようか」


「唐突に」


「いやさ、結構な大怪我じゃない? これからちょいちょいお見舞いに来るつもりなのにお互い名前を知らないって言うのは」


「君は賀田 (くろ)くん。だよね確か」


「そう言う君は天羽(あまは) 文乃(あやの)さんだよね」


「そっちは部屋の看板で分かるじゃない狡いなあ」


「まあ、そりゃあずるいって言われるか」


「うん。なんか、ずるいと思う、すっごく」


「ははは………」


 寧ろこの子、病人かって言うくらいに元気だった。



 見舞いを終えて廊下に出る。


『………』


 壁により掛かっている白い少女が僕を見た。元の死体を見たからなのか、やけにはっきりと少女の姿を形取っているが、手足の先から白色の紐がゆるゆると解けていっているのが見える。


「挨拶しなくて良いのか?」


『うん、元気なら良い。私の空想空間での落命で、本当によかった。そうじゃなければ真に命を奪っていた』


「そうか。というか白くなってから段々密度が減ってるけど、成仏するのか?」


『多分ね。そして私は次の人生で、愛を手に入れる』


 力強い宣言に、僕は笑顔を返す。


「ま、そうした方がいいな、きっと。いい親に恵まれると良いな」


『ありがとう。普通の女の子として、真っ当に生きたい。それは今の私が、みんなのそれを邪魔した私が言うことじゃない』


「…………」


『でも、私。次は、間違えない』


「はいはい、マジで踏み外すなよ、頼むぞ」


『頼まれた。それと賀田少年』


「何?」


『君、これから先大変そうだな』


「はぁ?」


『私が成仏するまでの猶予があるのは偏に賀田少年、君のお陰だからな』


「はぁ、どうも」


『だから忠告させてもらう。あのお守りは大事にして、できるだけ使うな。それは使いすぎるときっと最期に後悔する』


「?? ……分かった」


 腑に落ちないが、白い紐がじわじわ解けていく少女にその真意を問いただすのは、はばかられた。


『じゃあね、賀田少年』


「おう、じゃあな」


 その一言を言い切ると、少女の姿形が一気に解けていく。


 少女は笑顔で、成仏したのだ。きっと悪いことには成らないだろう。


「……まぁ、ちょっとの恨みはあるけどなぁ」


 少女を見届けて、僕は病院を出た。


「あぁ、すいません。ちょっと遅かったですか?」


「いえいえ、許容範囲内です」


 スーツをきっちり着た、大柄な男が嫌みのない笑顔で言う。


「あの子、完全に成仏しましたよ」


「ほう、それは……良かったですね」


「ええ、そうですよね」


「何か不満でも?」


「………そうでは、ないですよ」


 ただ、あの子の言い残したことが気になるのだ。


 ───これから大変そうだな


 それはつまり、どういう事だろうか。


「大薙さん」


「ええ、行きますよ。見える人とあれば事情を説明することも吝かではありません」


 車に乗り込む大柄な男改め大薙さん。彼については後ほど。


「なんか、この車乗ると犯罪者の気分ですよ、手錠無いですけど」


「はっはっはっ、たかが覆面パトカーでそう言いますか」


「いやぁ、ですけどねぇ」


 両隣に、警察官が座っていれば、そりゃあそう言う気分にも成るよね。


「では、出発致しますよ」


 そうして車は発進した。

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