きっとそれは何よりも大切で
俺が目覚めたのは学祭初日の二時だった。既に一般公開が始まっている時間だ。
慌てて跳び起きようとしたが。
「ぐぅっ!?」
誰かに肩を押されたかのように起きれない。ちがう、力が入らないのか。
無茶をしすぎたのかも知れない。体感だけど、後少しで俺は俺じゃなくなっていたのかも知れないのだから。
「あー……賀田くん……起きたー……?」
「あ、天羽さん。何で寝てるん」
「あんまり覚えてないんだけど、凄くがんばったからねー……」
天羽さんに憑いていた霊の影響か。きっと体が怠いに違いない。
天羽さんは前回も今回も、大変な目に遭っている。出来ればそう言った目にはもうあって欲しくないのだけれど。
今回も前の時と同じように解決の決定打は天羽さん。結局俺は何をしたのだろうか。
「うん、凄く助かった、ありがとう」
「殆ど覚えてないし、お礼を言われてもなんだかむず痒いね…というか私毎回記憶にない怪我してる気がするんだけど」
「毎回って、一応二回目じゃないか」
「そうかもね、でもこう、連続するとねぇ」
「あぁ、分かる気がする」
あまり、俺自身が役に立っていないように思えた。いや、俺としては役に立ちたいということとは違う。
迷惑をかけている、その事が嫌だった。
実際、今回も天羽さんは危険な目に遭ったのだろう。この目では見ては居ないが、保健室で寝ていることこそがその事実を証明しているだろう。
「今回の幽霊は学祭を成功させたかった幽霊なんだよなぁ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。ちょっと疎まれてる子が学祭で張り切ってそれが原因じゃないと思うけど、その事が切っ掛けで完全に孤立して、最終的に自殺したってかんじだったと思う」
それは霊障にあてられながらぶつけられたあの霊の記憶。朦朧としていたあのときと違ってはっきりしている今は、もうすでにその記憶は朧気になっていた。
だから今の俺にはかの霊がそのとき何を考えていたかどうかは分からない。ただ、非常に『辛い』という感じだけが残ったおぼろげな記憶が俺の中に取り残されていた。
どうにか思い出そうとして、記憶を漁る。何か思い出せそ────
────なんとこの山! 神様が居るんだよ玄!!
………誰だ、今の女の子は。
探ろうとした記憶とは全く違う映像に戸惑う。
「………今のは」
脳裏に蘇ったその少女の笑顔。
「どうかしたの?」
あの少女は誰だっけ。
「おーい、賀田くん? 賀田くーん? 賀田玄くん??」
「っ、あ、ごめん何?」
「いやぁ、突然泣き出すからなんだろなーって」
「いやぁ、なん……で……だろ……っ!!」
自分が涙を流していることに気付いた。天羽さんに言われて気付いた。酷い動揺の仕方だ。今回の幽霊の話とは関係ない事で……いや、全く無関係というわけではないだろう。
……その女の子が見えたときに強く思い出したのは、自分の無力さ、だろうか。やるせなさ、というか、何とも言えない。
いつも、いつも誰も守れないし、寧ろ守られている。今回だって、前の時だって、それとその前の時もきっと。
天羽さんは生きているけれど、一度死んでいた。もう、あんな事はさせたくないと思ったはずなのに今回も巻き込んだ。
悔しい。その事が何よりも悔しい。
ただ見えるだけ。この体質があったところで、何の役にも立っちゃいない。
このままではいつか誰かが俺のせいで………。それは、大悟かも知れないし、芳堂さんかも知れない。天羽さんかも、知れないのだ。
そうなったら耐えられない。
「………賀田君……」
俺は天羽さんから顔を逸らして静かに泣いていた。
───賀田君は泣いていた。
きっと彼にしか見えない何かが見えたのだろう。羨ましい、とは思わない。きっとそれは辛いものだから。
中学から同級生とは言うが、一つ年上の彼は周りから浮いていた。だから顔くらいは知ってはいたが、当時クラスは同じにはならず近付こうとは思わなかった。嫌いか好きかで言うと無関心というやつだろうか。どちらでもないどころか。どっちかで言えって? 本当に関係ない人だったの。
ただ、それは中学卒業まで。
卒業式、季節はずれのインフルエンザのせいで行けず、私は後日に証書を取りに行った────学校にいる間の記憶はなく、目が覚めたのは病院の一室だけれど。
そこで、私は賀田くんと、初めてまともに会話をした。
彼はずっと頭を下げていた。その事は『記憶にない謝罪だから』申し訳なく、思っていた。そう、思っていたんだけれど。
心のどこかが叫んでいた。
───君はわるくないのになんで頭を下げるの!
と。
私は、正直なところ。その内々の叫びが無ければ本気で怒鳴り散らしていた、かも知れない。
狭量なつもりは無いけれど、それ位してもおかしくない、そんな状況だったでしょ?
後一つ理由が………あるんだけれど。これはついさっき気付いたこと。
どうも私は、賀田くんによく見られたいらしい。
あ、この『よく』って言うのは見られる頻度じゃなくて、えっと、うん。
まあ、そう。ストレートに言えば。
惚れてんだ。うん。
何で? いや、分からない。けど、多分それでもいいんじゃないかと私は思う。
だから、と言うべきか。私は賀田くんの見ている世界を少しでも知りたかった。とても辛いものであっても、共に見てみたかった。
………それで。目の前に賀田くんが寝てて、私の反対側を向いて泣いてる。
どうしましょう。
「よ、と」
ベッドから降りる。あ、ふらふらする。筋肉痛? という感じで思考能力は極めて良好。だから多分、今考えてることはおかしな事じゃない。
おかしな事じゃない。
そうおかしな事じゃない。
私は、賀田くんの寝てるベッドに膝を乗せる。
賀田くんは私を見た。驚いた様子で随分近付いた私の顔を───
「文乃さんー? お見舞いに………」
「あ」
がらりと保健室の扉が開く。朔良だ。彼女が清涼飲料水のペットボトルと紙コップを持って、やってきていた。
賀田くんに覆い被さるようにしていた私、という状態なのが悪かった朔良の顔がみるみるうちに赤くなる。
「お、おおお邪魔しみっ、しましたわ!!」
噛んだ。そして転んだ。そして勢いよく走り去った。ただ、清涼飲料水のペットボトルは床に丁寧においていった。
「あ、ちょっとまっ──へぶっ」
「ぐへっ!?」
朔良を呼び止めようとして片手を伸ばしたが、もう一方の手だけでは自分の体を支えられなくて私は、賀田くんの胸の当たりに潰れるように落ちた。
「な、何のつもり??」
賀田くんは布団を目元まで深く被り、私を見て呟いた。
「………励ましたかっただけだよ」
私の呟きは、賀田くんには聞こえなかっただろう。
黙りこくった私に再度賀田くんは聞いてきた。
「だから何するつもりだったのさ………」
「んー………少し遠く感じまして取り敢えず物理的に近付こうかと」
「意味わかんないんですが」
本当の所、ただそれが目的だったのだ。
泣くとしても私の方から顔を逸らさないで欲しかった。
赤い顔して布団で顔を隠した賀田くんには、そうしたかった理由は言えるはずもないが。
今更、顔が熱くなる。
「そうだ、さっき朔良がおいていった物飲む?」
「……飲みます」
顔を隠したまま、賀田くんはそう言った。うむ、よろしい。
私は、ちょいとよろけながら朔良の置いていったペットボトルと紙コップを持ち上げた。
「天羽さん」
「何? 賀田くん」
「色々、ありがとう」
「どういたしまして、賀田くん」




