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大量怪奇少年  作者: リョウゴ
第一怪奇 中学の終わり
2/20

歪む現実は少女を巻き込む



 ………こわい、こわいよ。


『アァァァァ』


 幻聴なの? 窓は開かないし、割れない。なんでまずそれを確かめたのかわからない。


 とにかくこわくて、パニックになったんだ。


『アァァァァ───足ィ。』


「へ」


 はっきりと、足って────ぁ?


 パキッ


『ウァァア─────腕ェ。』


「嘘」


 立ってられなくて、崩れ落ちた。


 手を突こうとして、頭から床に倒れた。右肘と右膝より先が曲がらない方へと曲がって─────


「なに、なにぃ───いや、いや、いやぁ!!」


 動く左手で下がろうとして左足が引っ張られ─────


「イヤァァアアァァァ!!!!!!」


 もうそっからは、しらない。






 見ちゃいけない、そんな光景が目の前に広がっていた。


 四肢が普通じゃない方向に曲がった女の子と、その上にのし掛かるように存在する黒い人型の紐の集合体。先程の声がまた響いていることを考えると、同じ奴だろうか。


 取り敢えず持ってきた、T型の箒は心許ないが、その教室、2の1の教室の扉に手をかける。


「ぁ──────っ!!」


 叫んだ、気がするが声は出ていなかったんじゃないか?


 箒の長い棒部分ですくい上げるようになぐりつける。思ったよりも軽い。


 手応えが薄い。


 紐の集合体は一度形を失ってばらばらと壁際まで飛んでいく。箒に吹き飛ばなかった少量の細い紐が絡みつき、箒がじわじわと黒くなるのが見えて、紐の集合体に投げつけた。


 女の子を強引に抱える。背負う時間はない。取り敢えず膝と肘が変な状態だがそこ以外は平気だった。


 抱え方を調整しながら走り出す。肩に担ぐのが一番良かった。


 狂った笑い声が耳元から聞こえる。


「はは、は、ははは、は」


「………っっ!!」


『ァア───足、足足足足足足ィィイ』


 なんなんだ、本当に!!!


 四つん這いの黒い紐の集合体が追いかけてくる。


 隣の、2の2の教室に入る。そして内側から鍵を閉める。実を言うと反対側の扉は生徒の手では鍵を閉められないのでそもそも扉がきっちり閉まっててありがたかった。入ってきたかどうかが、分かり易くなる。


「おい、答えてくれ、大丈夫、取り敢えず逃げ切ったから………」


「いや………や……」


 掠れた声で泣いていた。四肢を砕かれたら、普通はもっとひどいだろうからこれでもいい方なのだろうか。見た目内出血のみで、真っ黒なのが物騒なところだ。


 僕にはそもそもどう対処したらいいのか分からない。精神衛生上、彼女の手足には目を向けていない。そもそも彼女は、僕から見て正気を失っているように見える。


 そりゃ、そうだ。黒い固まりに乗られて手足を潰されれば、僕だって正気で居られない。


 というか、気絶するんじゃないかな……。


「すー……はぁ……落ち、着いてきた、かも」


 横で譫言を呟く女の子を意識から出来るだけ遠ざけて、深呼吸をする。抱えたまま椅子に座り込んだのは、兎に角逃げる準備である。壁にもたれ掛かりたかったのだが、すり抜けてきそうで怖かった。


「そもそもどうやったら帰れるんだろう……」


「痛い……痛いよ……」


「………まず持ち物を……」


「助けて………私が……悪かったから……」


「………ん?」


 悪い、とは何だろう。何か、大事なことなのか。ただ意味のない譫言か。


 女の子がこの中学の生徒なのは、制服からして分かる。が、僕は積極的に人の顔と名前を覚える気になれなくて、この女の子が誰なのか、分からない。


 そう言えば胸とかちょっと触っちゃってるけど、大丈夫かな。まあ、あんまりなくてよく分かんないけど。


「……痛い……うぅぅ……」


 また、痛いとかしか言わなくなってしまった。何かを知っていたら教えて欲しいんだけど。


 それが嫌で、僕は独り言を呟いた。


「……というか、あの黒いのが悪意的なのは確実だね。うわぁ、勘に従っててよかった……。そう言えば職員玄関は鍵が閉まってる感じだったか確認してこなきゃ行けないよね、生徒玄関は思い出してみれば、鍵閉まってなかったけど……」


 それはこの教室も同じだ。窓の鍵は片っ端から開けられて、その窓の近くに足が曲がった椅子が落ちている。少し、だけれどおそらくこの女の子の仕業。だとすればかなり全力だったのだろう。椅子が壊れるほど窓を叩けば普通は窓が先に割れる。


 なのに少しの隙間も感じられない窓が、そこにあるのは、何らかの不思議な力が働いているに違いない。


 少々、ネットで無料のホラーゲームに触れていた僕にとってみれば、見慣れた設定である。……ゲームじゃなくて現実なんだけどなぁ、これ。


「まるで現実味が……はぁ」


 改めて持ち物を見る。


 金属製の筆箱、卒業証書とそれを入れておく二つ折りの綺麗な本みたいなアレ。加えて、役に立ちそうな無銘の御守り。あとはアルトリコーダー。バックは肩に掛けるサブバックとか呼ばれてたやつだ。


 証書いれるやつの名前何なんだろうね。四つ角を入れ込んで、飾るのも出来るものなんだけど。分かるかな。


「筆箱の中身は鉛筆が4つ、コンパスと三角定規二種、あとはカッターか……」


 鉛筆はそのどれもが尖っていた。だって入試の時使ってから殆ど使ってないし。


「武器になりそうなの、リコーダーくらいだ、うん。刃物効きそうな気がするけどさ」


 そこまで近づけないと思うなぁ。取り敢えず、御守りを右手首に掛けておこう、幸い結ぶだけの紐は御守りからのびていて、余っている。


「………あの、降ろして……」


「あ、気が付いた? 正気に戻ったなら聞きたいことが」


「…………やだ、降ろして」


「………いや手足駄目だし抱えっぱなしにするよ」


「大丈夫、降ろして」


「お断りです」


「降ろして」


「……あーはいはいわかりました」


 僕はゆっくり女の子を机の上に降ろした。お尻から着くようにゆっくりと。


「うん、ありがとうございます。助けてくれて」


「あー、うん。どういたしまして。でさ、今起きてるこの異変の原因は分かる?」


「ごめんなさい、それは分かんない。そもそもさっき私はどうなってたの? 手足がこんな…………っ」


 急に動きが止まり、泣き出す女の子。彼女は砕けた四肢の関節から目をそらして上を見る。


 自分の手足の関節から先が重力に逆らわずに垂れ下がっている状態なんて、普通見れない。僕だって極力見たくない。


「君はあの黒い奴に襲われてたんだよ」


「黒い………? 何、それ」


「……さあ? 僕が知るかよ」


「何それ…っ!!」


「僕だってここから出たいんだよ、こんな気が狂いそうな場所から」


 落ち着いてきたとは言えども気持ち悪い場所には変わりない。血も、あの黒いのも、嫌悪感しかない。


 そりゃ、ゲームだったら、それが醍醐味な所あるだろうが、生憎現実だ。


「黒いの……が、何だか分かんないんだけど」


「ゲームだったら物理的な脱出とか、この現象の原因を取り除けば脱出できるんだろうけど」


「あのさ、聞いてる? 教えてよ、黒いのって何?」


「職員玄関はあの黒いのの劣化版みたいなのが居たし、そもそもこの校舎広くないから逃げ続けるのも限界があるんだ」 


「………」


右手を振ってビンタをしてきた女の子。痛い。


「何するの」


「話を聞いてよ、黒いのって何なの」


「さあ? 黒いのは黒いのなんだけど」


「あの声の主?」


「声……? あの呻き声? ああ、うん」


『────アァア!!』


僕は声のした方を反射的に指差す。


「アレ………っ!?」


 黒板の上からどしゃりと教卓の上に黒い紐の固まりが落ちてきた。どうやって現れた!?


「アレって何よ───っ!? 何すんのよ!!?」


 僕は彼女を急いで抱える。乱暴に扱ってしまったがこの際仕方のないことだと思う。そう言っても怒ると思うけど。


「逃げるんだよ、早く!!」


『アァ ア  ア  アァ  ァア』


叫ぶ傍らで机が真っ二つに。振り下ろされた黒い紐が机を真ん中から強引に叩き折った。


そしてそれを絡め取って僕の方へ放り投げた。


「何で机が吹っ飛んで!?」


「当たったら死ぬ!! つか開かない!?」


「鍵! 鍵!」


「自分で掛けたんだったわ!!」


「バカ!!」


「死にたくなかったら黙ってて、捨ててくぞ!?」


「止めてよ黙るからぁ!!」


 そもそも抱えて走ると、かなりの労力だというのに。そもそも見捨てる事なんてできないから、捨てられないで抱えているのだが。


『腕! 足! オイテケェェェエエエエ!!!』


 さっきよりも、はっきりとものを喋るようになったな。怖い。黒い紐が荒ぶって蛍光灯を砕き、教室側の窓を砕いたりしている。動きはそんなに速くないって言うのが救いか。


「手足が痛い、もっと静かに走れない?」


「無茶言うな」


 階段を下に駆け下りる。一階への移動────え?


「何で下に続く階段が………?」


 抱えられていて周りを見る余裕がある女の子が、呟いた。そう、この中学校に地下への階段は存在しない。東側の階段は行き止まりは物置と化したスペースが在るだけの筈なのに。


「え、嘘止まって怖い怖い怖い!!」


「ゲームじゃ大抵こういう所に鍵があるんだよっ!!」


 と、僕は叫んだが実際の所、降りきった廊下の先に人型の黒紐が、何体も彷徨いていたのが見えたから、下に降りざるを得なかっただけである。


 避けて行くにはリスクが高すぎる。何より怖い。人の輪郭が歩き回っているその廊下を突っ走れるわけ無いじゃないか。


『ァァアアアア!!』


 黒紐の塊が、駆け降りてくるのを直感的恐怖で感じながら、僕は階段を駆け降りる。進む先が暗闇だとしても進むしかなかった。

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