死して変わらず
「これが私? やだやだ、そりゃあ嫌われるわけだよね」
心底呆れたように肩を竦める天羽文乃。
「何言ってるんだ? 天羽さん……」
「あー、えっと。我籐君だっけ? その人気絶してるから、保健室で寝かせてきてよ」
我籐大悟は漸く、肩を貸していた賀田玄が意識を失っていることに気が付いて、状況を飲み込めないままに、自己判断を下す。
「あー、えっと。わかった。何があったか、後で教えてくれよ?」
「約束するよ、ふふっ、賢い人だねぇ」
「そんな事無い、バカだって自覚はある。じゃ、また」
「はいはい───で。私は、そんな所で留まって理想の学祭づくり? 楽しそうだね、私も混ぜてよ」
天羽文乃が前に出る。彼女に憑いた幽霊には記憶の中と寸分違わぬ自分の姿が見えている。
ただ、自分が取ったことのない表情───黒い感情が剥き出しになった、悪意の顔に内心不気味だった。
幽霊は、黒い己に恐怖した。だからこそ、言葉を紡ぐ。
「………これは私。向き合えなかったから、だから嫌われたんだよね」
呟く。
真っ直ぐ黒霊を見る天羽文乃。取り憑いた状態で近付きたくはなかったが、憑いていなければ、もはや文乃に憑いた霊が取り込まれることは必然であった。
巻き込んでごめんなさい、と謝る。
「ねぇ、混ぜてよ。どうして逃げるの、私だよ? 私」
「どうして私を切り離したの」
「ねぇ、気付いてたんでしょ」
「待ちなさいよ」
何度も言葉をぶつける。怯えたように、取り合わないように、そんな風に一定の距離を保とうとする黒霊との距離を天羽文乃に憑いた霊は詰めようとする。
「私はこの学校に生きる全生徒を支配して、それからどうするつもりだったの」
「そうよね、最高の学祭を執り行おうとしたのよね」
一人で質問と応答をして完結してしまっているのは、自分だから。答えは知っているし、最初から質問に問いや疑問の解決などという通常の意味など無い。
意識を向けること。それが目的。この相手にぶつけているようでぶつけていないけれどぶつけに行っている独り質疑応答の意味であり目的だった。
「で、その狂気的な学祭を見て、私たちの世代は、どう思う?」
「そう、分かってるよね」
「───そもそも、見ていない。でしょ?」
「あら、何。気づかなかった振り。汚い、汚いなぁ」
「気付いてるはずでしょ、気付かなかったはずが無い。だって 私は 貴方で 貴方は 私。でしょ?」
黒霊が、一変。暴れ出す。
天羽文乃に躍り掛かった黒霊に、取り憑いた霊は憐れみを向けて笑う。
「それは、決定的に理想から離れてるね、私の理想と」
「───おらぁっ!! っと」
天羽文乃の目前に割って入った女性が、拳を霊の頭に当たる部分に叩き込む。
無残に頭部が弾け飛んだ黒霊。
「意味わかんねーけどこれで良かったんか?」
「そうね───ずるい? 他人を利用するのは今の貴方が散々してきた事じゃない」
「もう一発行っとくか」
「やめて」
「おう、止めた」
手を止めた。一応彼女は天羽文乃に従うようにと上司の威土雷火に言われているのだ。彼女としては、断ると後が怖いから従っている。
黒霊の体はすぐに元に戻った。しかし力をいくらか喪失している事は明らかだった。
「最高の学祭って何だろうね?」
「私が見たかったものって?」
「結局踏みにじられたけれど、それは貴方にもあるはずで、私にも変わらずにあるの」
涙が、黒霊から零れていた。言葉にならない相互の理解が、言葉にされた思いが、黒く染まった自分に届いたのだ。
天羽文乃に取り憑いた霊はそう思い、微笑む。
「そう。やっと、そう」
間違いに気づいた黒霊の宿命として、段々と薄らいでいく。
『一つ、言わせろ』
「なあに?」
『私がその口調で喋るの凄く気持ち悪い』
「そーかよ」
段々と消えていく霊に向かって、天羽文乃に取り憑いた霊が笑った。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
「………解決したか」
威土雷火は網地天───今回の件で大薙が派遣した女性の名である───の持っていたスマホから全部を見ていた。
テレビ通話、という奴である。
「また何をしているんですか」
満足げにスマホを眺める威土に大薙は聞いた。
「最近のカメラに関わらず、この手の機器は霊を確認できるからな。これであの猪娘を見てやっていた」
「……そんなに心配だったんですか? 何度か電話もしていたでしょう?」
「は、なんか勘違いしているな大薙」
「はて、何か、的外れなことを」
「我が娘に興味はない。私はお前の言っていた有能な『霊視者』にコンタクトを取っていただけだ」
「そうでしたか。それで、結果はどうなりました?」
威土は笑う。それが答えだ。年相応の覇気のある獣の笑みを見て嫌気がさしたように大薙は呟いた。
「それは、賀田君が可哀想だ」
「そうか。お前は死にたいのか?」
「それで娘さんにどれだけのトラウマを与えたか、周りからよく聞いてますから当然でしょう」
「はは、お前は恐れを知らないな」
「ぐっ!?」
大薙の鳩尾に威土の裏拳がめり込む。反応できずに倒れ込んだ。
「全く、私だっていい加減、加減を覚えたよ」
加減できてないだろ、と大薙はうずくまりながら毒づいた。
「………はぁ。全く情けない」
特殊現象対策課 副課長、威土雷火は画面の先で倒れた少女を見ながら笑っていた。
「そうだ大薙、賀田玄のデータ、上に送るぞ」
「はい? 既に警察上層部には送ってありますが」
「バカめ、そっちじゃない」
「………?」
「………そうか、お前は………。お前はまだまだ知る必要はない、勝手に私がやっておく」
「そうでございますか」




