かってにころさないでください
急いで戻れば既に体育館にクラスは移動していた。
平常運行の学祭に、少しだけ安堵する。
『───只今より学祭の始まりですね!』
大きな体育館に全校生徒が集まり、学祭委員の司会がそうマイクに叫んだ。
さあ、学祭が始まる。
「おい、玄、顔色悪いぞ? やっぱり休んだ方が」
「いや、平気。これ以上クラス抜ける訳には行かないからね」
「芳堂はどっか行ったまま帰ってこないし、まだ、生徒のみの公開だから良いけどさー」
「とにかく居ない人の分まで頑張らないとね」
大悟は俺がそういうと、呆れたように肩をすくめて笑う。
「……………」
一般公開は昼からだ。何も起きなければ、この空間の黒さが見た目だけであれば、俺のこの感覚はただの杞憂と片付けられる。
ただ、何か起こる気がした。携帯を片手に持ち、ゲームでも───
『よし、繋がったな。賀田君、だったかな』
「………!?」
携帯が操作もしていないのに通話状態に。
『あー、驚くだろうが気にするな。既に大薙、網地両名から事態は聞き及んでいる』
「特殊現象対策課の人ですか」
『そうだ。私は特殊現象対策課 威土雷火だ。まあ、威土とでも呼べばいい』
「威土、さん。何で今電話を」
『それはだな。将来有望だとあの石頭……大薙が言うから一度話してみたかったのと、一つ』
「もしかしてこの変なのを取っ払う手立てでもあるんですか?」
『そうだ。ひとまずこちらで回収したハート型の石は確かに処理した。だがまだ、残りの要素があるはずだ。恐らくは生徒も教師も所持している訳ではない、誰の管理下にも置かれていないそれが、この空間が変質した事でその──影響───受け───』
砂嵐のようにザザザと音が鳴って電話は途切れてしまう。
ああ、もう。どういう絡繰りで電話を……兎に角、その残りの要素とやらを探さなくてはいけない。
「……所々視界が不味いことになってる……」
まばたきをすればたまに色が反転する。おそらくは、影響を受け始めてしまっているのだろう。長居は危険であり、あの女性が言ったとおり俺は特に『危険』だったのだろうか。
「ちょっと外回りしてきて良いかな?」
「するならこれ着てって看板持ってって」
さり気なく藍沢さんが、白い布と看板を渡してきた。白い布は体を覆い隠すほど大きく、目と口辺りに穴が開いていた。てるてるぼうずかよ。袖っぽいところが作られているところがあり、腕を通した。
看板はうちのクラスの宣伝用で、外回りするという言葉を額面通りに受け取った藍沢さんは、一言
「なんかふらふらしてるみたいだけど頑張ってねー」
といって、クラス内の仕事へと戻っていく。
学校内だけでも既に大盛況、なんて具合だ。廊下は多数の人が行き来して、遠くから漏れ聞こえる軽音部の演奏や呼び込みの声がBGMとなり騒がしさを加速させる。
正直この状態なら看板掲げて歩くだけで良いのが助かった。ちょっと看板は重めかも知れないがこの程度なら一時間くらい持ち上げてても余裕だろうから。
ふらふらと、極力人に当たらないようにさまようこと、約30分。視界の色が殆ど反転してきていた。たまに正常になる、といった感じである。
色反転、と言うからにはいける範囲で色に関係あるところには近付いた。
まず美術室、その次に視聴覚室、プリンターとかあるだろうからと職員室やPC室、ついでに図書室に行ったが当然その殆どが鍵が閉まっていた。
不当に開けるとALSO○みたいなのが来てしまいかねないので扉以外の戸締まりを確認してはいない。たまに廊下の窓は開いてたりするから、確かめても良かったかも知れないが────
『先程はすまない、威土だ』
また、電話が来ていた。先程と同じく、強制的に繋がっていた。
「………今度は何ですか」
『そちらに急いで解決して貰おうかと思ってな。現状を教えようと』
「……急ぐも何も原因が分からないのではどうしようもないかと思いますけど」
『まあ良い、聞きたまえ。このままだと全校生徒の精神が喪失する』
「はいはい、精神が喪失する───はい?」
『理解し得なかったか。しかし精神喪失は少し考えれば分かるはずだろう? 一日以上、君たちは霊と───特殊現象に曝されているのだ、それくらいの事態は当然だろう?』
「……えと」
『勿論君も例外じゃない。寧ろ親和性が高い以上、真っ先に喪失するだろうな』
「な………マジですか、それ」
『他人の心配よりも自分だ。勿論敷地外で待機している網地に殴られればそれは免れられるだろうが、今の君に、それが出来るか?』
「…………」
学校外に出る事が出来ない。理性が出ることを命じても強い不安が拒否を誘う。何より、それを考える間一歩も動けないくらいに深く考えていた。
決断しても、動けない。逃げるなんて選択肢を選ぶには既に遅すぎた。
既に、校内の問題を排除しなくてはならない状態になっていたのだ。
『と言うかいっそ、網地をそっちに向かわせようか。強引だが精神喪失の回避は出来る』
「だめです」
『……そうか、手遅れか?』
「まだ、できる、はずです」
口は勝手に動いた。
あの女性による強制解決は実際の所、何の解決にもなっていない。しかし頭ではあれが今行える最適解であると判断してしまう。けれど、それが一番簡単ではある考えで、しかし真逆を推した。それこそ、口が勝手に。
『惜しい人を亡くした、と大薙は言うだろう』
「かってに、ころさないで、くださいよ」
電話は俺の言葉を電波に乗せる前に切れてしまった。目の前は真っ黒だ。
だから今の俺には、答えが見えた。
「おそいんだよ、わかるのが」
ひきつった自虐の笑いを浮かべながら、足を進める。
ふらり、ふらりと。




