逆巻く悪霊
「あらま」
振り返れば一年六組の教室前。マジで返さないつもりじゃないか。
「あれ? 玄、戻ってきたんか?」
「そっち順調?」
「まずまずだなぁ、前日だからもうやれることはないぞ」
「まぁそうなんだよね……知ってた」
教室はすでに暗幕が張り巡らされていて、机が迷路のように立てられている。バランスの面では厳重なチェックが入っているので対策はばっちりだ。
寒気の方は若干あるが、気にすることではない。結構やばいけどね。
「って電話電話……」
大薙さんの携帯電話番号はすでに知っている。登録もされている。これが手回しという奴だろうか。だとしたらずいぶん優秀な、と言えるような。
とにかく、そんな手回しがあったから電話という行動がとれるわけだが。
───よし、今度は通じた。
電話を耳に当てながら廊下に出る。
「すいません、賀田です」
『賀田君かい? やっぱり掛けてきた!!』
「ちょっと面倒なことになってきてます」
『分かってるよ、今そっちに、霊視出来る奴を向かわせているからそいつと正門で落ち合ってくれないかい?』
「無理です、俺は多分下校時刻近くまでこの教室から学祭と関係ない目的で出ることが出来ません。まあ、推測なんですけど」
『推測?』
「ええ、取り敢えず逃げたら寧ろ危険そうなのですよ。体調不良って教室出たら触られそうになって…」
『そっち、どういう状況なのか聞かせて貰えるかい?』
「かくかく」
『ふむふむ』
「しかじか」
『ほうほう……そりゃまた、憶測で動いてるねぇ。強硬手段に出ないのは何故か、聞いても良いかい?』
「あのですね………クラスメイトに暴力振れますか? ってそう言う話ですよ」
『あと、なんか憑かれた子達は揃って変なものを身に付けていなかったかい?』
「変なもの?」
『そう。変なもの、憑かれた子達は殆ど女の子だったのだろう? だとしたらオカルトグッズが流行ってたりとか………』
「女の子の方が共感しやすかっただけ、とかじゃないんですか?」
『俺は君の感覚を信じてるんだ。一つの大きな塊じゃなく、一つ一つ小さなものが寄り固まった物に感じたんだろう?』
「ええ、まあ。多分、黒い紐の向いている方向のどれもが微妙に差が出ていたように思えました」
『だとすると性別差が出るほどに大きなものはなかった、と考えるべきだろう。表層的な、感情なんだろう………と言うか賀田君、君そう言う感情の残り香も分かるんだね』
「なんか凄いんですか?」
『………さあ? でも、死んだ人しか見えないひとも居るし、生き霊って言うのはそういうものから構成されているから、君なら見えても不思議じゃないかもしれないね』
「………そうですか。所で霊視出来る人っていつ頃来るんですか?」
「にゃーっはっはっはっあーーーっはっはっはぁっ!!!!」
『………馬鹿笑いが聞こえたときにはもう居るよ』
電話の内側からも笑い声が聞こえる。まぁ、大薙さんは苦笑い、だが。
『アホだけど、優秀だからちゃんと手綱握っててね』
「それ、大丈夫なの……??」
『健闘を祈る』
「ええー…………」
「おーっ? お前が、呼んだのか? 呼んだのか??」
うん、アホっぽい。大丈夫なのかこの子。と言うか俺よりも子供っぽいが、背は低くないし高くもない程度って。
「はい、まぁ、そうなりますかね」
「取り敢えず元凶の所に案内するのだっ」
腕を組んで彼女はそう言った。胸のものは乗るほど無い。
何だろうこの女性の安心感は。さっきまで感じていた寒気が吹き飛んだぞ……。
「……その前に。一つ守ってほしいことがあるんですけど」
「なんだ、言ってみろ?」
「学祭を壊さないで下さい」
「はぁーっ? イミワカンナイ!!」
俺に顔を近づけて万歳のポーズをとる。うるさっ!?
「私様にお前らのイベントはかんけーないの! だから知らなーいっ!」
「おい、ここ、廊下っ!!」
「あ? 幽霊の作った空間に閉じこめられてるんだろ? ならここでいくら騒ごーが、へーきへーき」
「そういうもの?」
「そーっ! そーいうものっ!! それに幽霊にどうこうされるような奴がみんなの仲間入りしようなんてひゃくねんはえーっての!!」
「仲間入りしようなんて一言も言ってないですけど」
「こまけーことは気にすんなって!」
「細かいのかな……」
「いや、細かくねーな。仲間入りしようなんてーのは良くないが、そうじゃなくてもこの程度にどうにかされちゃうってのは、良くないなー?」
話が進まん………っ!
「とにかく最初に黒いのが大集合した人の所に案内しますから………ってあれ?」
………消えちゃった。目の前にいたはずなのに。
「あ、これ違う、俺が、消えた方か」
背後の扉を開けるとやはりというべきか、また空き教室。
そこに入って黒板を見るとそこには血で文字が書いてあった。
「『裏切り者』ねぇ……成功させてやろうって気概で挑もうとしたんだけどなぁ……」
でもお化け屋敷で血文字、使えそうだよね。暗幕とかめっちゃ綺麗なままだったし、他も新品同様だったし。
取り敢えず、あの人止めないと……服装スーツだったから目立つよ、あの人。
「え、ちょ、それ本気なの??」
部屋の四隅……いや、八隅から黒い紐が滲み出ているのが見えてしまい、ひきつった笑いが零れた。