書き殴る決意
自称霊感ありの婆ちゃんに言われた。この幻視する血溜まりは精神状態に影響される俺の錯覚だと。現実には何もないと。
確かに、怖い夢を見た直後とか追い討ちを掛けるように幻視する事がある。
ただ、必ずその近くに黒霊が、居るのだ。
「黄泉さん?」
「『真面目になんで学祭に取り組まないの?』」
声がダブって聞こえるのはきっと寒気から来る頭痛だけではないだろう。黄泉さんの体を使って黒霊が喋っているのではないのだろうか。
「体調が良くないんだ、良いだろ……」
俺は既に荷物を持って廊下に出た。大悟には帰ると言ったが、本当に帰れる訳がないと確信していたし、除霊グッズのようなものはあの一件以降ちょくちょく買い集めていた。ゴミかもしれなくても、だ。
あのときの御守りは凄かったが、頼りにするのはやはり違うだろう。
黄泉さんの髪がぶわりと独りでに舞う。
「『イイ訳無いじゃナイ! クラスイチガン! それがガクサイよ!!?』」
音飛びの次は、音が変化か。まるでボイスチェンジャーを使ったかのように声が変わる。
「『アナタタチはユルさない! ガクサイ決行をジャマするオトコハゼンブ!!』」
「男だけじゃないと思う……俺がいえた事じゃないし、色々俺にもあるから。協力もする気だったけど正直気分が悪いから、無理です……」
「『ムリ? アナタニハソノカラダガアルデショデデショデショョショ』」
黄泉さんは黒霊が表出したせいで肌の見えない黒い腕を伸ばしてくる。ぞわぞわと寒気がして本能で掴まれたら不味いと察知した。
ああ、畜生。俺は鞄を探る。
「これで────」
取り出したのはタダのライト。ただ、光量が異常な。
目に当てなくてもかなり危険な。
「どう!!?」
そのスイッチを入れた。黒いから効くかなと考えていたけど、よく考えたら対人で当てて良いものではない。どっちが止まってもこっちとしては良いから間違った選択でもないけど。
「『アァァァ』ああああ!!!? 何するのよぉっ!?」
「痛っ!?」
殴られた。
「目が………目がぁ………失明したらどうしてくれるのよ……」
「ご、ごめん」
「全く……ってあれ?」
黄泉さんが辺りを見渡す。黒霊は、ライト当てたら、どっか飛んでいった。驚いたからだろう、消えた感じとかはしなかったから。
「なんか、肩が軽いって言うかなんか………なんで廊下に出てるんだっけ」
「………確か真面目に学祭に協力しないからって言うのを。大丈夫? さっきおかしかったけど、今は大丈夫?」
「……賀田君なんか顔色良くなってない? と言うか私、教室戻らないと」
慌てて俺をどかして扉を開けようとする。一見するとふつうの廊下に見えるが、果たして開くのだろうか。
「よし、私は戻るわ。体調悪いなら早く帰っておけば?」
「……ねぇ、その先ちゃんと見える?」
「なに言っ………は?」
扉の先は、空き教室と言うに相応しい。誰もいない、椅子や机が無造作に転がっていて、黒板には『学祭まで後一週─……』かすれている。
「何ここ、何ここ」
黄泉さんは余りに動揺しすぎて半笑い。
「電話………繋がんないか」
出て行く前にするべきだったか、俺は溜め息を吐いた。
まあ、天羽さんが来る前に問題を解決してしまえばいい。ヒントが少なすぎるが、これ多分、なんだか分かった気がする。
「…………」
「あ、ちょっ、黄泉さん!?」
黄泉さんが廊下の外に走っていってしまった。まぁ、黄泉さんは大丈夫かな。
恐らくこれ、俺とか、さっき騒いでいた中途半端なやる気の奴が一番危険な奴だろうし。
「……学祭を成功させたい、か」
きっと黒霊のその目的故に、学祭時期にこんな事態に発展したのだろう。
この、霊を惹き寄せる体質も、一枚噛んでいるのでは無いのだろうか。
大体成功させようと言うのならこんな、妨害は宜しくない。捻れてしまったのだろう。まがってしまったのだろう。始まりは悲しみで、今は怒り。
「そりゃ、高校は三年しかないんだしなぁ」
多分これは死んだ人の思いではない。皆ここを通過点にした人達の、残念、と言うべきか……小さな思いかもしれない。一つ一つは小さかったものかもしれない。
ただ、黒霊は紐の集合体に、俺からは見える。それは絡まる、と言うことを連想するに容易かった。
「じゃあ、俺も覚悟を決めないとかな」
黒板消しをひっつかみ、掠れていた文字を消した。
赤いチョークを持って、粉で白くなった黒板に不細工な文字を書きなぐる。
『学祭絶対成功させる!!』
「これで、うちのクラスの出し物がお化け屋敷なの本当に笑えねぇわ」
汚れた手を払い、廊下に出た。




