始まってしまった
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
失望だ。
私は、頑張ったのに。
ちっぽけな理由で虚仮にされて。
だから私はお前等を見返す。
私がこの学祭を成功させるんだ。
お前等首を洗って待っていろ。
必ず私が証明してやる。
私が正しいって事を……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「学祭初日、やるぞー!」
「………おー……」
やる気はまちまちだった。まあ、そりゃね。一年なんてこんな感じでしょ。
「ねぇ、賀田君」
「あ、芳堂さん……──あぁ、天羽さん? 明日になれば会えるよ」
「違いますわ。それは楽しみですけれど、なんと言いますか、寒い気がしますの」
「寒い? 言われてみればそう言う気がするけど、なんもおかしくないよ?」
霊らしきものも無し。エアコンが滅茶苦茶低いだけ───二十三度!?
だれだこんなさげたやつー!!
「困ってるな? あー、エアコン? よし!!」
「おいちょっ、まっ!?」
「だーれだエアコンこんな下げた奴!! せめて後二度くらい上にやれ寒いからな!!」
さすが勇者。刺さるような視線をものともしねぇ。まあ、そんな目を向ける奴なんて、一部だけだと思うが。
「俺達は暑ぃんだよ!」
「馬鹿は温度低くてもヘーキだろバーカ」
おいこのクラス酷くねぇか。一応そこそこ高い偏差値の筈なんだが、勉強できても頭が悪い奴はいるもんだな……ってそれたぶんここ三ヶ月ずっと思ってる。そこの勇者様のせいで。
まあ、この状況、どっちに分があるかなんて───
「うるさい黙ってよ──────ッッ!!」
叫んだのは………えっと………。
「土田さん……?」
藍沢さんが驚きの表情で叫んだ女の子を見る。そうそうそんな名前の女子だった。
「学祭楽しみじゃないの!? ねぇ成功させたくないの!? させたかったら黙って話を聞きなさいよ!!」
「いや、私まだ話を───」
そっから先は余りに見ているものが衝撃的すぎて、耳に入ってこなかった。
「土田さんが……!?」
土田さんに向かって黒い紐がのびていく。あまりの密度に一瞬教室が川の中かと錯覚した、それくらいの密度で黒い紐が彼女へと集まっていく。
なんだ、これは……!!
酷い寒気に襲われて脱力してしまう。机に額をぶつけた。
俺にはもう土田さんが真っ黒な───黒霊そのものにしか見えなかった。
「おいおいどうした? 玄、顔真っ青だぞ……──おいエアコン温度上げるぞ、反論は聞かねーからな」
そうじゃねぇ、誰も気付かないのか、あの土田という女がどうなっているかに。
「藍ざ さん なし 続き ど ぞ!!」
土田さんの声がぷつぷつと途切れて聞こえる。周りは平然としていてエアコンの温度が上がったせいでブーブー文句を言う輩もそれには気付いていない。
俺にはどうしてもエアコンの温度を上げる前よりも気温が下がったように感じられるのだった。
学祭前日だというのに、体調不良。とはいえ集団から外れるのは正直なとこ面倒なことになると思い、俺は教室に居続けている。
土田さんは学祭を成功させようとして怒り、霊を引き寄せた。
怒りはどっちかというと負の感情、黒寄りのものだから、黒霊を呼び寄せたのは不可解なものではないが、問題はそこじゃない。
あの過剰なまでの数の黒霊が取り憑いた事だ。濁流って言うのはあのことかと思える量だった。
正直土田さんが近くに来ると寒気が止まらない。本人に迷惑だから、表に出さないようにはするが、無理だろう。
「おい、本当に大丈夫か?」
「平気、とは言い難いけど。そうだ、困ってる人オーラ!」
「んーと、お前が一番濃い、とだけ言っておこう」
「こういうときにつっかえない……」
「やっぱりなんかあんだな?」
「やー、分かります? か。そりゃあからさまよな。ここまでだと」
「多少芳堂も心配してるぞ? ほんの少しだけどな」
「ありがと……って言っといて。で話すけど、怨霊が大量に土田さんに取り憑いた……ように見えた」
「へぇ、そうなのか」
「あくまで俺の目からはね……それからみんなは寒気は大丈夫?」
「全然平気だが?」
「大悟お前は参考にならないからな……」
「へーそうですか。芳堂に聞いてくるぞ」
「あぁ、頼む」
そう言って大悟は集団の外側にいる芳堂さんに声を掛ける。数言、言葉を交わして戻ってきた大悟は言った。
「変調はない、寒気も無いってさ。おい、見間違え何じゃねぇのか? 寒気も勘違いとか………だといいよな」
「ちゃんとわかってるじゃね……か……。真っ黒になるんだぜ、視界が。あんなの見間違えるわけ無いっての……」
「真っ黒、かー。誰か共感できれば良いんだがなぁ」
「多分、取り憑かれてるけど、変化ある? 土田さん」
「さっき叫んだ女子なら笑顔で作業してたぞ」
「マジかよ……俺からは真っ黒にしか見えねぇからもう土田さんがどう動いてるのかもあんまり分かんねぇよ」
「そうか。と言うか玄、お前の家族って来るのか?」
「来るらしい、まあ、正直来て欲しくないな、たった今二つ目の理由が出来たし」
「まぁ、俺何が起きてるかはわかんねぇけど、言えば手伝うから絶対言えよ!?」
「うるさい、叫ぶな……」
「絶対だぞ!?」
「あーもう分かったから、早く戻れ……」
心配する大悟を、投げやりな態度で戻らせると立ち替わるように女子がやってきた。
確か、名前は。
「黄泉さん、何のよう?」
「廊 に来 」
「………はい?」
声が飛んでる、違う、俺がおかしいのか?
廊下? そう言ったのか。廊下に出ていく黄泉さんの背中を見てそう思った。
と言うか黄泉さんから滲み出るように黒い紐が出てるんだが、出て………はぁ?
「……まさか……!?」
慌てて周りを見渡せば、ほとんどの女子に黒霊が取り憑いているように見えた。憑かれてないのは芳堂他数名だけで、男子は数名だけ憑かれていた。
おい、おいおいおい!!
これどうする、俺じゃ多分どうしようもないぞ!? たかが見えるだけで何とか出来る訳ねぇし!
「賀 君? 早 来なよ」
そうだ、大薙さんに電話───
「───────」
「……っ!?」
聞き取れない言葉だけでない、原因不明の恐怖。何を言った、この女子は。
廊下、そう、廊下だ。
廊下に出てしまえば、何かが始まってしまう気がして、足を止めた。
「おい、大悟! 俺やっぱり体調悪いから帰るわ……」
「マジか、分かった」
「後は、頼んだぞ」
「………分からんが、頼まれた」
言ってから、廊下に出る。
体調不良感は本当にある。この寒気がちょっと何かいろいろよく分からんものを奪っている気がするのだ。
黄泉さんの顔は黒く塗りつぶされたかのように読み取れない。黒霊が憑いた影響だろうか。
「それじゃ、要件をお願いします」
廊下に出て、後ろ手でドアを閉める。
───そして、廊下は血溜まりに変わった。