第8話:裏
しかし、それが良い事なのか悪い事なのかは明確で、
そのことを考えていく内に俺は今まで感じたことのない種類のショックを受けた。
そして俺が驚いていることを他所に、マリアさんは話を続けた。
俺が男言葉で話すと驚くと思ったからなのかお嬢様の雰囲気のまま
「それでまあ、何から話した方がいいかしらね。
色々ありすぎて迷っちゃうけどそうね。順番に話していきましょうか。
その方があなたも分かりやすいと思うし」
彼女はそう言うや否や、自分のポケットの中から生徒手帳を取り出し、
あからさまにページを開くと、それを俺が見えるようにテーブルの上に置いた。
「この学園には3つのルールがあるっていうことを知っているという前提で話すわね。
その3つのルールは自分自身にのみ適用され、このルールを破ると死刑になる。
そしてこのルールは他人に適用不可というのが、この生徒手帳を読むと分かるわ。
まあ、ここまででも十分おかしいとは思うわ。
だけどもっとおかしいことがこの3つ目のルールよ」
そう言うと、マリアさんは生徒手帳に書かれた3つ目のルールの場所を
指でトントンとたたき出した。
「あなたも不思議には思わなかったかしら。
なぜ、自分にしか適用不可なのに他人に教えることができるのかって。」
その言葉を聞いた時、
俺は入学時に生徒手帳をもらってこのルールを見た時に感じていた違和感を思い出した。
(そういえばそうだよな。俺もこれをもらったとき確かに不思議だった。
だってルールを相手に教えるメリットがないということもだが、
教えたらデメリットや危険が逆に増えてしまう。
どう考えても教えない方がいいに決まっている。
例えば、ある人が筆箱を落とさないことをルールにしたとしよう。この場合に誰も知らないならば、誰かが“故意に”筆箱を落とすことはないのだから、自分さえ気を付けていれば問題ない。
だがこれを人に教えてしまったら話は別だ。
もしも教えた相手に恨みを持たれてしまった場合、その人が筆箱を落とせば、筆箱を落とさないというルールは即座に破られたことになり、このルールを作った人は死刑になる。
つまり教えた結果破られるリスクが増えてしまうわけで、
どんなルールを作ったにしろ教えない方がいいはず。
だとしたらこの3つ目のルールは単なるお飾り…)
俺がそんな感じでマリアさんの言葉を頼りに、
記憶を思い起こし、3つ目のルールの必要性を必死に考えた。
しかし、いくら考えてもメリットが存在するとは思えず、
単なるお飾りのルールだという風に結論付けた。
マリアさんはそんな俺の浅はかな考えを見透かしていたのか、
そうでないのかは分からないが、俺が考えている間は口を閉ざし、
考えがまとまったように思えたのか次の言葉を発するために口を開いた。
「おそらく今あなたはこの3つ目のルールを使うメリットは
一切ないからお飾りのルールで誰も使っていない。そう思っているのでしょう。
だけどね、それは大間違いなの。この学園に在籍している1000人の学生のうち、
1年生を抜いた628人の学生のほとんどが2人から3人、
多い人で7人から最大数の10人に自分のルールを教えているわ。」
なぜマリアさんには俺の考えていることがこうも容易く分かるのかは謎だったが、
それよりも今彼女から聞いた真実の方が信じ難い内容だった。
「え、どうして!?
普通に考えたら全くメリットがないことをなぜ先輩たちはしているんですか!?」
そんな驚きからか、マリアさんに対して問い質すような口調になってしまった。
しかし、彼女は全く気にも留めていない様子で話を続けた。
「そうね。普通の人ならば誰でもそういう反応をすると思うわ。
私も先代寮長にこの話を聞かされた時は同じ反応を示したものよ。
だからその反応は普通の事よ。
端的に言うと、この3つ目のルールこれには大きな意味があるの。
あなたは生徒手帳の“裏”まで目を通したのかしら?」
「裏!?」
またしても意味が分からなかった。
俺は自分の生徒手帳を取り出し、彼女が言う通りそのページの裏側を見た。
しかし、そこに書かれていたものは全く別の規則で、
反対から呼んでもひっくり返して読んでも同じことが書かれているのみで、
彼女の“裏”という言葉の意味が分からなかった。