第15話 篠宮李留
金髪ヤンキーと月宮雫が教室に入ってきてから、
もうそろそろ15分が経とうとしていた。
先ほど予鈴のチャイムが鳴り響き、
校長先生らしき男性の声が放送によって流れていた。
その人物の話は当たり障りの内容ばかりで、正直つまらなかった。
しかし、今はそんなことよりも先生の「どうしましょう」の声を止めて欲しい。
彼女はまだ生徒が全員揃っていない教室を見渡しては、
何度もため息を吐きながら同じ言葉を吐いていったのだ。
もうそろそろ嫌になる生徒が出てきてもおかしくはなかった。
そう予鈴のチャイムが鳴り、始業式が始まったにも関わらず、
残る2人の生徒は教室に姿を現していなかったのだ。
この辺りになってくるとその生徒の安否を心配する声も増えていた。
中には罵倒しているものもいたが、
それでもその生徒のことを考えていることには変わりなかった。
そして結局、始業式の放送が終わり教科書購入に
クラス全体が動き出す時間になっても、2人が教室を訪れることはなく、
全員揃った直後のHRでの恒例行事とも言える自己紹介もされることはなく、
俺たちはクラスメイトのことを何も知らない状況で
教科書購入へと足を進める羽目になってしまった。
教科書購入は俺たちの教室がある東棟ではなく、西棟で行われた。
西棟には専ら先生の部屋が用意されていたり、
実験室や家庭科室などの特別な設備が必要な教室が置かれており、
例外的にこの学園の上位15名の優等生のみが特進クラスとして西棟にいるだけで、
基本的に西棟は教師の空間であった。
そして西棟に行くためには、東棟の4階と2階にある渡り廊下を渡らなければならず、
1年生として入学してきた俺たちにとっては階段を1階分上がる必要があり、
それに加えて教室の場所が東棟の端に位置されていたことも相まって、
西棟へ渡るだけでも時間を要するのは明白だった。
(まあ、そもそもなんでこんな設計にしたのか分からないけど)
俺はややめんどくさいなと思いながらも、
行かなければいけないので歩を進めていった。
「あ、あのぉ、私と一緒に行きませんか?」
その声は俺が教室を出て、
廊下を数歩歩いていたときに後方から聞こえてきた。
振り返ると、そこには見るからに気の弱そうな少女が立っていた。
どうやら彼女は俺と一緒に教科書購入へ行きたいようだ。
しかし俺に課された秘密を考えると、
どうしても一緒に行動することはためらわれた。
(ぱっと見、そういうことに勘付かなさそうなタイプだけど、
これからの学園生活を穏便に過ごすためには慎重に
交友関係を作っていかなければな。
まあ、出来ることならば人と関わり合いたくはないけど・・・)
そして俺はその女の子をじっくり見て、どう断るかをシュミレートしていった。
しかし俺の想いを裏切るかのごとく、
彼女は目を潤ませながらこちらに近づいてきた。
そんな顔を見せられて断ることの出来る意志の強さを俺は持っていない。
だがここで流されてはいけないという思いもあり、
なるべく傷つけないように断ろうとしたのだったが、
彼女はいつの間にか俺の目の前にいたようで、
完全なる上目遣いで「ダメでしょうか?」と問いかけてきたのだ。
もう無理だった。
渋々彼女と共に教科書購入へ行くことにした。
「あ、あのお名前は何というのですか?」
数歩歩いたところで無言に耐えきれなくなったのか、
彼女は怖ず怖ずと尋ねてきた。
「私は笹部星加よ。あなたは?」
「わ、私は篠宮李留って言います!!
私、引っ込み思案であんまりお話とかも得意じゃないですけど、
せ、精一杯頑張りますのでよろしくお願いしますね」
篠宮さんはそんな言葉と共に頭を勢いよく下げてきた。
(頑張りますって、お見合いに来た人みたいだな。
まあ、でもこのくらいの子なら安全だろう)
彼女の言い方にいささか安心感を覚えた俺は、
さっきまでは心配だったこともあり極力表情筋を殺していたのだが、
そんな緊張感は不要と感じていた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。
これから同じ教室で学んでいく仲間なんだから」
その言葉と共に俺は手を差し出した。笑顔を添えて
すると、篠宮さんは少し驚いた表情をした後、俺の手を握りしめた。
「な、仲間だなんてそ、そんな風に思って頂けて本当に嬉しいです!!
それも星加さんのような綺麗な方からそんなこと言われるだなんて、うっぅっ」
感極まったのか、篠宮さんは泣き出した。
(え、そんな泣くことを言った覚えはないんだが・・・。
あ!もしかしてこの子、前の学校では仲間はずれにでもされてたのかな。
それならこの反応も納得かもしれないな)
俺は勝手に納得すると、彼女の手を引いて歩き出した。
その行動には早く教科書を購入しに行きたいという
思いしかなかったのだが、
歩いている最中に見た彼女の顔は微妙に赤くなっていて、
不思議な子だなと思うのだった。




