第14話 握手と雫(握手に応じなかった場合)
俺は彼が差し出してきた手から目を逸らしていった。
その視線に気づいてくれたのか、
彼は手を引っ込めると少しだけ落ち込んだようなそぶりを見せてきた。
「君ってもしかして恥ずかしがり屋なのかな?」
次に彼の口から発された言葉は、俺からしたら初体験の言葉だった。
(は、恥ずかしがり屋って、そういう風に映ってしまったのか)
「あ、違いますよ。あんまり握手とかに馴染みがないだけで」
恥ずかしがり屋という少々めんどくさそうなキャラ付けをされまいと、弁解した。
しかし、その言葉が逆に誤解を引き起こしてしまったのか、
彼の瞳はなぜだか興味津々という色を浮かべていた。
「そ,それって握手をしたことも見たこともないってことだよな?
君って結構なお嬢様??」
もう完全なる誤解だった。
しかし、弁論する気にもなれないし、このままお嬢様をとおしておいた方が今後、
都合がいいのではないかと考えた。
だからといって、そんなお嬢様が言いそうな台詞が簡単に思い浮かぶはずもなく
「あ、私の名前は笹部星加っていいます。これからよろしくお願いしますね。」
と少し丁寧な感じで言うことしか出来なかった。
そしてこの自己紹介が良かったのか、
彼は気持ち悪く感じるほどの笑みを俺に向けてきた
「俺の名前は才場太一だよ~!!よろしく~!!
君みたいに可愛い子と一緒のクラスで俺、ラッキーだよ」
(可愛いって・・・。こういうことを言われたときの
女の子の表情がよく分からないけど、まいっか。どうせお世辞だろ。
女装しているだけでそんな顔まで変わるとは思えないし。)
心の中で盛大なため息をつきつつも、
表情はさっきの作り笑いを更に深めることにした。
才場との挨拶を終えたあたりから、
どんどんと新入生だろう生徒が部屋に入ってきていた。
俺はなるべくたくさんの人の顔を覚えようと思い、
教室に入ってくる人の顔を見ながら、その特徴を頭の中にまとめていった。
そして何分かが経った頃、始業のチャイムが教室に鳴り響いた。
しかし周りを見ると、まだ教室に来ていない生徒が4人いるようで、
チャイムが鳴り響いた直後に入ってきたこのクラスの担任だろうと思われる
女性教師は困ったような表情をあげていた。
今は「早く揃ってくれないかなぁ」と呟きながら、時計を眺めている。
そしてその呟きは教室内にいる生徒たちも同じようなことを思っていたのか、
次第に波及していき、ある者は「初日から遅刻とかすげぇよな~」
と馬鹿にしているような態度を見せ、
ある者は「何かあったのかなぁ」と心配の声を上げたりしていた。
こういう場面である程度の人間性は出るのだと実感する。
人は自分と無関係な相手に対しては、素直な生物なのだから。
ガラッ
ドアが開いていく音がして、みんな揃って音のした方向を見た。
外から現れたのは昨日既に出会っていた月宮雫だった。
思い返してみれば,雫はまだ教室に来ていなかったのだという
事実に今更気づいてしまった
まあ、昨日の夜にあれだけ大きなことがあったのだ。
その前後に出会っていた生徒の存在を見落としていても
おかしくはないだろうし、それこそ教室に入った直後から彼女の姿を
探している方が気味悪がられたはずだ。
雫は入ってきたとは逆に静かに音を最小限に抑えて、ドアを閉めていった。
そして先生の方向へと視線を持って行くと、かなり明るいトーンで
「あちゃ~。初日から遅刻しちゃったぁ!!先生、ごめ~ん」
と先生のことを舐めきっていることが分かる発言をしながら、
昨日彼女が座っていた席へと歩を進めていった。
この態度に先生は少しだけ眉間にしわを寄せていたのだが、
それだけで怒ることはせずに、ため息を吐いていた。
そして男子の多くは彼女の態度を見て、
少なからず興味をそそられているような発言をし、
逆に女子の多くは、一瞬のうちに敵判定を下したのか、
一部を除き舌打ちをしていた。
俺はというと、そんなクラスメイトのあからさますぎる態度を見て、
しんどいなという言葉を内心で呟いた。
それから金髪ヤンキーが教室に入ってくるまでの数分間、
その異様な雰囲気は続いていった




