その六 朝の日差しのよしなごと
1 水銀を噛み砕きたい朝
2 まちかねたひとりぼっちの時
3 理想的展開のはじまり
1 水銀を噛み砕きたい朝
目が覚めた六時過ぎ、まだ熱は下がらない。
「立村、起きたか? お前、まだ顔色死人色してるけどなあ」
顔を洗って戻ってきた貴史に聞かれ、身体を起こそうとした。
でも動けなかった。
「本当に、まずいんじゃないか、お前」
「すごくまずいと思う。朝食、俺行かないから」
「わかった。あとでなんか食い物くすねてくるから心配するな」
かすかに腹の虫が鳴いているのが聞こえた。夜あれだけ遊んでいたというのに、腹のすき方はただものじゃないようすだった。貴史は急ぎ早に食堂へ降りていった。
単に食べたくないだけだというのに。薬の加減か胃がむかむかする。体調はぼろぼろ、しかも今日は長丁場だ。絶対バスに酔ってしまうだろう。酔い止めが効くとか聞かないとかいう次元の問題ではなかった。
ドアがノックなしに開いた。貴史がもどってきたのかと思って知らん振りをしていた。
「おい、立村、大丈夫か」
この声を朝っぱらから聴きたくなかった。菱本先生だ。
「大丈夫です。たぶん。昨日はありがとうございました」
棒読みで上総は答えた。
「ちっとも大丈夫じゃないだろう。ほら、無理に起きるなよ。体温計、計ってみろ」
「いいです、自分のことは自分でわかりますから」
「馬鹿野郎、黙って体温計を加えろっていうのがわからんのか」
わざわざフロントから借りてくれたらしい。箱入りの水銀体温計だ。しかたなく横になったまま水銀部分をくわえて天井を見つめた。五分くらいこうしていなくてはならなかった。
口が利けない。舌を頬の粘膜に押し付けながら、上総は菱本先生のお説教を聴いた。
「お前が評議委員として責任感を持っているのはよくわかる。これだけ癖のあるD組男子をまとめるのは大変なことだと思うし、二年連続して立村を推薦するのはやはり、それだけ信頼されているからだろう。それは俺も認める。今回だってそうとう、お前にしては無理をして準備していただろうし、ほら、水口のことも、知っていたんだろう。起こしに行くことを約束していたんだろう。さっき、水口から聞いたよ」
うそだろ、と言いたい。言えないのは口の中の温度計。噛み砕きそうになった。
「実はな、一年の宿泊研修の時に俺は水口のお母さんから頼まれていたんだ。夜の十二時くらいに一度、起こしてトイレに連れて行ってもらえませんかってな。でも宿泊研修の夜っていうのは、普通オールナイトしちまうものだろう。何事もなかったし、その辺は全く問題なかった」
当たり前だろう。こいつ、生徒の秘密を平気でばらして正気なのか!
布団の中の手を握り締めた。
「今回の宿泊研修は二日も泊るとあって、お母さん心配していて、やっぱり先生ところにも連絡をくれたんだ。でも、水口本人は、それをすごくいやがっていたんだな。お前に相談するってことは、ある意味、しかたないのかもしれないな」
だから何が言いたい。
「今回お前が必死に約束を果たそうとしていたのは、偉いと思う。でもな、体調を崩していて、ただでさえ苦しい時にだ。人のことまでかまっている余裕は、なかったんじゃないか。そういう時には、俺に相談するなりしてくれれば。そういうために、大人はいるんだからな。一人で何にもできなくなってしまいそうな時に、助けるためにいるんだからな、そのことだけは忘れるなよ」
ああ、うざったい。こいつが教師でなかったら、俺は絶対銃殺してやる。
それにあんまりだ。すい君は自分でなんとかしようと真剣に悩んでいたってことを、こんなにも平気に口に出していいもんか。
もし俺が、すい君とおんなじ立場で、いまだに世界地図を描く状態だったとしたら、死んだって人には頼まない。なんとか自分で身を守るべく方法を考える。
徹夜を二日するとか、水を一滴も取らないようにするとか。
口には出せない方法だって色々あるさ。どんなに悔しい思いをしてきたかなんて、きっと菱本先生には理解できないんだ。
きっと。俺に夜、起こしてもらおうということすら、はっきり言ってすい君には屈辱なんだ。
もしかしたら余計なことをしているのかもしれないって思うけれど、でも、本当にやらかしてしまったら、もっと恥をかくっていうのがわかるから、約束したんだ。
それをなにか? 俺が熱だして倒れたからといって、すい君を尋問したのか?
どうして俺が熱を出した状態で廊下をふらふら、していたのかを。
こんなんだったら顰蹙かってもいいから、女子の部屋を襲っていればよかった。
こんな体温計なんて加えてなければ。
ああ、本当にむかつく。腹が立つ。
上総はしばらくかっとする感情を口の中でとどめていた。体温計のメモリが三十九度のところで止まった。自分で抜こうとしたところが、菱本先生にさっとひっこぬかれてしまった。それぐらいできるっていうのに。
「やっぱり熱はあるな。お前、今日はここで寝てろ。ちゃんとホテルの人には昼ご飯の用意とか頼んでおくから。なあに大丈夫だ。お前の親友も、それから彼女もいるからな。今日中に安心して熱を下げるんだ。よく努力したものな。何かの拍子で熱が出るのもしかたないよ」
上総はきつくにらみつけた。そうしたつもりだった。
咽さえ痛くなければ。身体がもう少し楽に動けば。
「それはそうと、こんなに熱があるっていうのに、風呂にまで入ってたのか。全く、お前は自分のことを全然自覚してないな。やっぱりそこんところが子供だな。立村、お前はたぶん何にも知らないと思うが、すでにお前が小学校時代、どういう経験をしてきたかは、谷川先生から聞いている。だから、無理に自分を繕う必要は全然ないんだ。普段の、お前どおりの姿でいれば、みんなは受け入れてくれてるんだ。わかるだろ。無理に、評議委員だからといって、背伸びしなくたって」
頭の中で、破裂音がしたような気がした。
小学時代の担任の名が、出てきた段階で。
どういうことだよ。谷川先生って。
小学校時代なにしてきたかってか?
ああそうだよ。俺は六年間、とことんいじめられてきたさ。
正確に言えば、いじめられていると思い込んできたってことか。
何かがあると泣いてばかりで、人としゃべることもろくにできないで、教室ではひとりぼっちでいた、そんな自分のままでいれば、そうか、二年D組では受け入れてくれるって、そう、言いたいのかよ。
ふざけるなって言いたい。谷川先生は確かに、一生懸命かばってくれた「かも」しれない。よくしてくれた「かも」しれない。そういうことを理解できない俺が馬鹿だった、それは認める。
でも、だからこそ俺は必死に、うまくやっていけるよう、「理想の評議委員」を目指しているだけじゃないか。
努力して、理想を求めることすら、だめだっていうのか。
そのままの自分で、って、大嫌いな自分をそのまま認めるって、そういうことかよ。
「立村、お前がそうとう小学校の頃から、いやな思いをしてきたのはわかっている。だからこそ、青大附中で自分を変えようと努力しているのもよく俺は見てきているつもりだ。でもな、他人を巻きこんではいけない。自分に出来ないことを、無理にやろうとするもんじゃない。そのために大人はいるんだ。陰でこそこそと、復讐してやろうとしたって、結局はむなしさだけが残るだけだろ? それならこっちが大人になって、許してやるのがいいんじゃないのか? 次期評議委員長までやるお前のことだ、そのくらいは、わかってもいいんじゃないのか」
何も言い返せなかった。
決して菱本先生の言うことを受け入れたわけじゃない。
素直に「先生わかりました」と、涙したわけではない。
血が上りすぎて、鼓動が頭を叩き割りそうなほどに鳴り響いたせいだ。体温計が三十九度だとしたら、瞬間的に四十度以上に沸騰している。ひたいにやかんをのせたら、一発で沸騰しそうだ。
息が苦しくて、枕にうつぶした。荒い息を吐きつづけ、うめいた。
「おい、立村、大丈夫か」
触られた。額だ。がまんできずに振り払おうとした。
「本当にひどい熱だな。もう一度病院に行くか?」
「大丈夫です」
搾り出すような声で上総は答えた。
触るな。俺に近づくな。側に寄るな。
しゃべることができない今、上総にできるのはひとつだけ。
顔を隠して嗚咽するだけだった。声を殺し、誰にも泣いているように見えないように。
「わかった。ホテルの人には昼ご飯を持ってきてもらうように手はずを整えておくから、寝てなさい。薬は飲んだのか?」
「まだです」
当たり前だ。食事の後に飲む薬だっていうんだからな。
「熱さましは座薬の方がいいのか」
「ふつうの薬でいいです」
顔を隠し、上総は咽の奥からこみ上げるむかつきと、熱い塊を飲み込むことに専念した。かけぶとん一枚の仕切り。こんなにありがたいと思ったことはかつてなかった。顔を完全に覆えるだけの場所があることに、上総は感謝した。
2 まちかねたひとりぼっちの時
しばらく経ち、貴史が戻ってきた。
手には、どこから買ってきたのかインスタント粥のパックを持っていた。
「立村、あのさ、起きてるか」
「かろうじて、生きてる」
「あのさ、お前、今日残るんだろ。さっき菱本さんが言ってた。とってもだけど起きられる状態じゃねえって。ほんとだな」
ポケットに財布としおりを突っ込み、枕もとにやってきた貴史。
「俺も残ろうかっていったんだけどさあ、菱本さんから絶対駄目だって言われちまってな。悪い」
さっきの菱本先生により毒を吹きかけられたせいか、うまく声が出ない。
「いいよ、一人の方が楽だし。それにしてもどうしようもなく悔しい」
「俺もめちゃくちゃ淋しいが、土産買ってきてやるよ。お前絵葉書とかそういうもんが好きだろ。それとも食い物がいいか?」
「いや、いいよ。それより今日のバス道中なんだけどさ。盛り上げ役は羽飛に任せた」
「と、美里だろ。あいつも心配していたぞ。立村が熱出したって聞いててさ、夜中になんかあったのかって菱本先生に聞いてたよ」
「よりによって、あやつに聞くなんてやめてほしいよな」
菱本先生のことだ。上総に説教した通りのことを丸写しで美里に伝えた可能性がある。もしくは真夜中にふらふら廊下を歩いて、とっつかまったことまでも。
「大丈夫だって、明日もあるし、美里にも言っとくよ。お前はまだ生きているってな」
何度も思う。羽飛貴史は本当にいい奴だ。
こんなに友達思いの中学生は、そうそういないだろう。
仮に上総がバスの中で酔っ払ってしまい醜態をさらしたとしても、貴史ならばいやな顔しないで、介抱してくれるだろう。そんなところを見られても、お前の味方だから安心しろとか言われて。
菱本先生の言う、「普段の、お前どおりの姿」であっても受け入れてくれる友達、それが貴史だろう。
それはわかる。なのになぜだろう。上総の中では絶対に受け入れられない一点があるというのは。自分が絶対に、見せたくないところを、手当てしようとして、手を差し伸べてくれる。そんな人々から逃げたくてならない。そういう上総がいる。大切な友達なんだと思う一方で、違う違うと激しく抵抗する自分が隠れている。
「じゃあな、行ってくるから」
「無事に帰ってこいよ」
貴史がドアを閉めた。
上総はそっと耳を澄ませた。
ばたばたと足音がする。ドアの前で
「あれ、立村くんは行かないんだったっけ」
「なんか熱出したみたいよ」
「またあいつ知恵熱だしてるの、ばっかじゃないの」
「ねえ、美里どうするのよ。彼氏がいないから淋しいんじゃないの?」
などと女子のしゃべる声もする。
清坂氏に、一言頼んでおけばよかったな。
まあいいか。俺よりはるかにしっかりしてるから大丈夫か。
窓辺から聞こえるバスの発車音。と同時に声はほとんどが、掃除のおばさんたちのものだけとなった。ばたばたと片付けに入っているのだろうか。でも学生の部屋は諸般の事情でまだ掃除が出来ない状態。食事代わりには、お茶用のお湯を沸かして、インスタント粥を食べることにしよう。とにかく、薬を飲むためには、何か食わねば。
しかし全く起きられなかった。鉛の布団をかけられたようだった。
汗だけがだらだらと流れ、熱がこめかみを刺激する。
思考力はだんだん途切れてきて、とうとう、頭の中が真っ白くなった。
上総はうつぶせになったまま、枕に顔を伏せた。勝手に競りあがる涙のかたまりを吸い取らせるため。自然ともれる泣き声のため。今は誰もいない。四時半までは誰も戻ってこない。どんなみっともない顔も、今ならば、さらせる。
本当は、この時を一番待っていたのかも、しれなかった。
寝汗をかいたのか、それとも薬が効き始めたのかよくわからないが、とりあえずは起き上がって重たい頭を振るくらいのことはできるようになった。自分の額に手を当ててみると、じんわりとしめっている。前髪も自然と持ち上がっている。
時刻はすでに九時近く。一時間くらいしか経っていないらしかった。
誰も残っていないのはよかった。
ひとりでいられるのがうれしかった。
ほおにかすかな、固まったざらざらしたものが残っていたので、すぐに顔を洗った。こんなんだったら、無理してバスに乗り込むこともできたな、と思ったものの未練はなかった。
自然とおなかもすいてきていたので、貴史が残してくれたインスタントおかゆをこしらえた。小さなヒーターのようなものがテーブルの上にセットしてあり、マグカップ大のステンレスカップを載せておくと、自動的にお湯が沸くようになっている。想像以上に早かった。すぐに粥飯はふくらんで、ちょうどいい量に納まった。ひたすら食べた。
食欲がいつも通りだってことは、もう大丈夫だろう。
こんなになることわかってたら、本とかもっと持ってくるんだったな。
荷物になるからやめとこうって思ってたんだけどな。
シャワーを浴び直し、外の青空と見慣れない野鳥の集団を眺めながら上総は、ベットから天井を見上げていた。タイムスケジュールからするとそろそろ、第一次目的地の黄葉市内散策が始まっているころだ。天気がいいから、きっと歩かされるだろう。さすがに今日は私服でかまわないというお許しがでたそうなので、「歩いているだけで青大附中の宣伝になってしまい、他の中学からバッシングがきそう」なことはないだろう。
3 理想的展開のはじまり
電話が鳴った。軽いフォン音だった。
フロントからだろうか。鳴っているからには出なくてはまずい。
「はい」
立村ですが、と答えるのもなにかまぬけで、返事だけにした。
「おおい、りっちゃーん、生きてるかあ」
「なに?」
なんで南雲の声が聞こえるのか、繋がらずとんちんかんな返事をしてしまった。
あいかわらず邪気のない、さっぱりした口調だ。
それに今ごろ、南雲はクラス行動しているはずではないだろうか?
「今からそっちに遊びに行ってかまわんか?」
「そっちって、だってなぐちゃんお前、今どこにいる? 市内見学の最中だろ?」
わけがわからなくなって上総は聞き返すしかなかった。まさか幽霊になっちまったんじゃ?と不謹慎なことすら頭を掠める。
生霊?
何かあったのだろうか?
そういえば超常現象雑誌に、そんなこと書いてあったような記憶がある。
「大丈夫、中、中。じゃあ、今から行くからさ。またあとで」
中、中って、つまりはホテルの中ってことだろうか。
南雲も今回の市内観光はお休みしたってことだろうか?
でもなぜ?
とりあえずかぎはあけたままなので、浴衣の上に羽織るジャケットだけ着て、身を起こした。食べ終わった粥皿は捨てた。ほとんど手をつけていないお菓子を机の上に載せておいた。甘くないバタークッキーだ。貴史もあまり好きでなかった。今のところ誰も食べてくれないものだった。
電話から一分もたたないうちに、どんどんとノックが響き、シャギーのぱかっとした笑顔が覗いた。
幽霊じゃない、生身の南雲だった。
「あれ、どうしたのりっちゃん。俺が来て、かなりショック受けてる?」
「いや、本当に、生きてるなって、ただそう思っただけ」
着替えておけばよかった。南雲はいまにも出かけそうな格好をしていた。昨日とはちがってどこぞのスポーツブランドもののポロシャツに肩から水色のサマーカーディガンをかけていた。両腕部分を軽く結んでいる。髪型は、手ぐしで軽く浮かせるような感じにしてある。たぶん、ムースをつかっているのだろう。女子がバスの中で噂をしていた。「南雲くんって、女子と同じくらい、髪型いじるのに時間かかるんだって!」と。
「さっき自販機でサイダー買ってきたんだけど、半分飲むか?」
「うん、茶碗でもらおうかな」
「ふだんだったら一本のみ干せるんだけど、今日はちょっときついんだ」
南雲は軽く胃のところを押さえてつぶやいた。
「夜、食いすぎたみたいでさあ、朝これはやばいわと思って、残ることにしたんだ」
「腹壊している時に炭酸はきついぞ」
「しゃあないよ。俺、あんまり甘ったるいの好きじゃないから」
伏せたままにしてある茶碗に、サイダーの缶から少しずつ注いで飲んだ。貴史のベットに腰掛けて、クッキーを一枚ずつつまんだ。ほのかな甘味が残るだけの、昔風の味わいだった。
「あと残っている奴はいないのか?」
「いないよ。りっちゃんが倒れたって聞いたのが朝だろ。それでしばらく誰かが残ろうかって話になったんだ。でも、それだったら俺も腹がまだ痛いし、りっちゃんよりは動けるしってことで、居残り決定さ。あ、気にするなよ。俺は俺で理由があって残ってるんだから。何も俺だって好き好んで、ってわけじゃないよ」
「そうか、ならいいんだ」
たぶん、菱本先生のことだ。だれか付き添いで残らせようと話し合いを持ったのだろう。貴史あたりが残ると言い出したのかもしれないが、たまたま南雲がいたからうまく、話がまとまっただけなのかもしれない。
とにかくはっきりしているのは、上総にとって一番いい組み合わせだったってことだ。どこかつぼを押さえてくれている。絶対に触れてほしくないところには、微妙に避けようとしてくれている。つい自分も、油断してまずいことを口走ったりしてしまうけれども、それをねたにまた揶揄することもない。そういう南雲との波長が上総には心地よかった。
「ここ、羽飛のねどこか?」
「そう。でもほとんど使ってないはずだよ。あいつ夜遅くまでオールナイトしてたからさ」
「あれ、りっちゃんは?」
苦々しくも言わざるを得ない。遠慮なく、タオルケット二枚に足を突っ込んだ。
「ご存知の通り、菱本さんに捕まってこのざまさ、悪いことできないよな」
南雲にだったら、「清坂さんのところへいって夜這いしようとした」と言ってもかまわなかった。聞かれたら答えるつもりだった。でもそれ以上つっこんでこなかった。
「そうか、災難だよなあ、でもまあ、前からりっちゃんと約束していたことも果たせそうだし、それはそれでまあいいよ」
南雲はごろっと横たわり、上総の方を見て笑った。押し付けるところのない、さらりとした笑顔だった。答える必要のない笑顔だった。
こくっと頷いて上総も、もう一度ベットにもぐりこんだ。