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その一 出発前のよしなごと

1 しおり作り  


 どうしてこの学校って、やたらとクラス旅行が多いのだろう。しかもみなマイクロバスときた。遠距離なんだから、みな素直に汽車を使えばいいのに。そっちの方が景色も楽しめるし、ゆっくり坐れるし、なんてったって酔わない。学校側だって、旅行費が安くなるんだからいいんじゃないだろうか。


 狭いコピー室で次から次へと刷り上った用紙をテーブルに置きながら上総は本条里希ほんじょうさとき評議委員長に意見していた。この日はどうしてもコピー機を一人で占拠したくて、登校届を出していた。本条先輩が一緒にいるのは偶然だ。たぶんどこかへ繰り出そうと誘いたがっているんだろう。どうせ夏休み、上総は暇だった。知らん振りして原稿を三十五部ずつ刷り上げた。


「せめて今度の冬の評議委員会合宿は、公共機関を使いましょう。だめですか」

「当たり前だろ、駄目にきまってる。よく計算してみろ。実はマイクロバスの方が安上がりだってこと知らんのか。旅行会社もちゃんとそこのところは計算してくれるんだそうだ。それに考えてみろよ。俺たちみたいな『見た目優等生中悪党連中』が集団で移動してみろ、絶対に修羅場が起こるはずだ」

 本条先輩は絶対、修羅場を作り出しているだけだ。

 どこかの女子に声をかけて悪いことをたくらんでいるに決まっている。

 だめでもともと、言ってみたかっただけ。

 上総はわざとらしくため息をつくと、さっそく大量のコピー紙を一枚一枚折り始めた。端から端まできちんとたたんで。合計枚近く六百枚弱。ページ数二十ページ。本当だったら同じ評議委員相棒の清坂美里に手伝ってもらうのが筋なのだが、どうもそんな気になれない。  美里だってそうとう女子の取りまとめで忙しいはずだ。

 本条先輩が一枚摘み上げ、ふわっと両手の上に置き目を通し始めた。

「なんだ、こりゃ」

「うちのクラスで作った、しおりです。俗にいう『歌集』って奴ですか」

「渋いもの作るねえ」

「うちの担任の趣味です。最初の注意事項およびバスの席順以外は、他の連中がみんなこさえてくれたもんですから。とりあえずあとは金具で留めて、明日中に全員に配って。口頭で注意事項を説明して、それで終りです」 バス、およびホテル部屋の席順決めはすでに決まっていた。上総が面倒を見なくてはならないのは男子だけ。助かった。二年D組の男子はあまりうるさいことを言わないし、上総も大体長い付き合いだから、呼吸は飲み込んでいる。ただ、やはり評議委員としての特権を利用してバス運転手後ろ、先頭右側の窓際席に自分の席を取った。

 ちなみに清坂美里きよさかみさとは相対、左側先頭の窓際だ。

 上総の隣は当然羽飛貴史はとばたかし。美里の隣は古川こずえ。

 いつもながら分かりやすい席だった。

 一年時の席とほぼ変わらないではないか。

 問題は、その間に菱本先生がいるということだ。

 通路のど真ん中に、補助席を敷いて坐りたいとのたまう菱本先生をさすがに蹴るわけにはいかなかった。あれでも一応、二年D組の担任だ。評議委員としてはうやまわないわけにはいかない。

 とにかく上総としては『絶対窓際』『車に酔わない』という最大条件をクリアしていればあとは問題なかった。多少のマイナス条件は覚悟していた。


「お前のクラスもずいぶん大変なんだろ?」

 同情する目で本条委員長は上総を見た。

「男子はともかく、女子ってやたら仲良しがどうだとか、誰々がいいとか、いうだろ。俺のクラスも相当なもんだけどな」

「女子は清坂氏に全部まかせました」

 きっぱり、上総は答えた。

「お前、彼女に対するその言い方、いまだに変わってないな」

「当たり前でしょう。何が変わるっていうんですか」 

「もう、まる一ヶ月経ったっていうのに、全然あっちの方は進んでないみたいだしなあ」

 この言い方、本当に腹が立つ。

 意地でもポーカーフェイスを装うことを決意した。

「はい、俺は本条先輩と違いますから」


 「青潟大学附属中学二年D組・旅のしおり」は、三十五部、そろそろ出来上がる頃だった。コピー機を使っている間は、枚数の多さにつくづくめまいを感じたものの結局、本条先輩が半分以上手伝ってくれた。空き教室でしばらくホチキスを使い、完成させてクラスのロッカーにしまいこんだ。こんなものを盗む奴なんていないだろう。出発当日に持ち出して配ればいいだけのこと。

「全く、立村もずいぶん細かいこと書いているなあ。規則魔って言われるぞ」

「いえ、うちの担任がうるさいだけです。でも後半はほとんど俺のオリジナルですから」

「なになに? 『クラス全員、エチケット袋(気分が悪くなった時に使うビニール袋)と空いたペットボトル、大判のタオルは必ず用意すること』って。そんなことまで書く必要あるのか? いや、その前に質問として、なんだ? ペットボトルって」

 気付かないのか、本条さん。

 上総は答えるのをためらった。

「おい、言いたそうなその目、続けろよ」

「本条先輩は修学旅行の時、それのお世話にならなかったんですか」

「俺は乗り物に強いからそんなことはなかった。でも必要最小限のものは用意しておいた。それよりもむしろ、休憩時間の間にみな、いったん外に出て乗り物酔いのクスリを用意しろとか、トイレにはきちんと行っておけとか、そういうことを優先しておいた」

「近い、本条先輩」

「あ? てことは、おい、まさか立村、ペットボトルって・・・」

「単刀直入に言ってしまうと、簡易トイレの代わりです。できれば紙袋か何かに入れて突っ込んでおけばベストでしょう。そんなの使うことなんてないとは思いますが、万が一ってことは考えられますしね。で、タオルで膝をおおう感じにしておけば、そっちの修羅場からは逃れられるでしょう」

「あのなあ、立村」

 本条先輩は上総の頭を思いっきりぐりぐりと撫で回した。

「そういう知恵、どこでつけた?」

「本条先輩は、バスの中で修羅場にあったことはないんですか」

「お前はあるのかよ」

 言いたくないが、答えるしかなかった。

「いつ、しくじってもおかしくない状況には追い込まれてましたけれど、幸い、この年までないですよ。ちなみに本条先輩、どうなんですか」

 深い意味はなかったのだけれども、本条先輩の手は頭の上でぱたっと止まった。

 答えを探しているようだ。


2 ふたりっきりとみつどもえ


 青潟大学附属中学の二年次には、毎年クラスごとで二泊三日のちょっとした小旅行が行われる。通称『宿泊研修』と呼ばれている。一年は四月、二年は五月初旬と八月末、三年は六月。こちらは「修学旅行」と名前が変わり、五泊六日の長丁場となる。  クラスごとの旅行だから、日程もまた別々だ。確かC組は、七月の頭、夏休みを利用したときいている。しかし自分らのクラスD組では、「涼しくなった頃にしようよ」という意見が圧倒的だったこともあり、あっさり八月二十六、七、八日の3日間を指定した。

 評議委員である立村上総、清坂美里に行き先はゆだねられていた。

 あまり遠くないところを希望する上総だったが、美里の方から、

「やっぱり、せっかく二日も泊るんだもの、思い切って遠くにしようよ」

 と押し切られた。

「でもさ、マイクロバスを使うんだぞ。俺、体力持たないって」

「何言ってるの。立村くんがひ弱すぎるだけなのよ。少し鍛えなくちゃだめよ」

 強く言えず、黄葉町に決定した。

 名前の通り紅葉美しく、自然も豊か。それなりに観光施設も整っている。温泉もそれぞれ泊る所に蛇口から出るようになっているそうだ。古い和洋折衷の街並みが残っている町で、二日三日観光するにはうってつけの場所だった。名称・黄葉山と呼ばれる丘もあり、そこではちょっとしたハイキング気分も味わえるという。いかんせん美里の趣味にはぴったり合ってしまったようだ。八月末ということもあり、旅行客はそういない。学生旅行の割引も効く。

  ただ問題は青潟からバスで五時間という、距離の面だった。

  汽車が通っていないわけではないのだけれども、地元の交通機関だとかなり高くつくのだそうだ。

 計算が得意な美里は電卓を叩いて数字だけを上総に見せた。次にマイクロバス一台分の代金を計算した。想像以上の差額に、言うことを聞くしかなかったというのが、実情だった。


「八月末なのに、黄葉市は結構寒いって聞くよ。もしかしたら、紅葉が見られるかもね」

「どうせだったらみんな自由行動にしてほしいよな。それはだめなんだろ。菱本先生が許さないんだろ」

 上総が一番頭に来ているのはそこだった。

 本当だったら、各班ごとに分かれて好き勝手なところを歩くのが楽しいと思う。女子男子関係なく仲のいい同士が集まれればそれがベスト。でも、別に今の班同士でも全く問題はない。  なあに、南雲秋世なぐもしゅうせいがいるので一緒につるんでいればいい。

 だがその案を持ち出したとたん、烈火のごとく怒り狂ったのが菱本先生だった。夏休み直前、ホームルームの時間に、また壇上の上でつるし上げを食った。

「だからお前はいつも、自分のことばかりしか考えていないんだ! 立村、いいかげん他人のことも考えろ!」

 本当に俺は二年D組の評議をやってていいんだろうか。

 しかも、来年は一応、評議委員長になってしまうんだ。

 この様子だと、菱本先生は絶対に、俺を評議として認めてないよな。

  さらにむかついたのは、結局菱本先生の「全員行動で山登りをし、全員でほのぼのと公園でバレーボールをやろう」という案を、クラス全員が飲んでしまったことだ。  誰か、もう少し意見だせよ、と言いたかった。

 味方になってくれたのが、相棒であり現在『お付き合い』の相手である清坂美里、仲のいい羽飛、南雲、くらいだろうか。

  「なんで俺ばっかりいつもつるし上げくわなくちゃなんないんだよ」

「いいじゃない、どうせみんな坐る場所は別々なんだから。どうして立村くん、そんなにクラス旅行を嫌がるの?」  

  深いため息をついて、上総はつぶやいた。

「俺は遠足、修学旅行、みんな熱出して欠席してきたんだ。どういうことかわかるだろ」

「まさか、立村くん」

 美里はゆっくりと、遠慮がちに、

「おねしょがまだ直らないとか?」

「違うって。とにかく前日になると、三十九度くらいの熱がでてうなされて、目が覚めたら出発時刻ってパターンなんだよ」

 本当のことだから堂々と言える。美里も慌てて上総に、両手を合わせて謝ってくれた。

「ごめんね、私の通っていた小学校の修学旅行で、おねしょが直らない人がいて、結局出なかったってことがあったから」 「いや、それはたぶん、人によってあると思うな」

 上総は思い出して、また頭を抱えた。

「そうだよ。その問題があったんだよ」

「あの、ねえ、立村くん、別に私、立村くんがもし、まだ直ってなかったって言っても、ね、あの」

 周りをちょこっと見回してから、上総の耳元にささやいた。

「付き合いやめるなんて、言わないから、安心して」

 三回目のため息だ。上総は怒る気力もなく首を振った。

「だから、俺のことじゃないんだって」


 清坂美里に『付き合い』をかけられてからまるまる二ヶ月が経った。

 一週間自分なりに『付き合い』の意味を、貴史、南雲、本条、そして美里に教えてもらい、今では二年D組の公認カップルとして自然に接しているつもりだった。 『立村くん』『清坂氏』と呼び合う間は、特に変わったこともなかった。

 ただ、帰り道ひとりでいると

「あれ、彼女はどうしたの」 と声を掛けられたり、また菱本先生に呼び出され、暗に

「男子と女子の感情は違うものだから、気をつけるように」

と説教されむかついたり。

 自分が思ったよりも周りに変化はなかった。

 二年D組公認カップルの先輩である南雲からは、

「たまには、二人っきりで遊びに行く必要もあるかもしれないよ。もしなんだったら、夏休みにダブルデートしようか」

 と誘われたりした。個人的に南雲ともっと話をしたい気持ちはあったので、ありがたくお断りした後、

「今度俺の家に遊びに来て、思いっきり語り明かそうか」

 と、別のお誘いをした。夏休み中なのに、実現していない約束だ。


  本当は、夏休みもっと、美里と会ってもいいのだろう。

 付き合っている同士なんだから。 でも、身体の調子が許さなかった。もともと上総は身体が弱い。夏になると高熱を出してしょっちゅう倒れる。海辺に出かけるなんてもってのほかだし、泳いだりするのもそう好きじゃなかった。なによりも、真夏だというのに、長袖の羽織が手放せない体質というのにすべての問題がある。

 ふたりっきりで会えないかわり、羽飛貴史を含めた三人組ではよく集まったものだった。もちろん今回のクラス旅行にかこつけて、いろいろな準備やシナリオ作りなどが中心だった。遠くから来ている子、実家に戻っている子、たくさんいる。そういう人たちにも連絡を取るべく、連絡網を便りに希望を取った。女子と男子が別々なのはかなり気が楽だった。上総はただ、男子連中への『席の場所希望』と『注意事項』を電話で伝えればいいだけのことだった。

 三日に一度は顔を合わせ、たまに美術館に連れて行かれたりしたものだった。同じ年だというのに、美里も貴史もやたらと絵に詳しかった。上総がぼんやりと、「きれいだ」「つまらない」の二言で片付けてしまうような絵を、ふたりは猛烈なスピードで盛り上がりまくっていた。もちろん難しい絵画用語を使ったりはしない。ただ、

「これを見ていると理科の先生の鼻の穴を思い出すよな」

「この絵は大きくポスターみたいにして、べたべたべたって貼ってみたいよね!」

と、想像を絶するのりでしゃべりつづけていた。後で聞くと、子供の頃からふたりとも美術館で騒ぐのが大好きだったらしい。なんだか迷惑な客なんじゃないかと思いつつも、ふたりの話題を聞いているだけで、上総は面白かった。たとえ半分以上言葉が、自分の中にある言語と異なっていても、かまわなかった。答え方が分からず、帰ってから自分の感覚が鈍いことに落ち込んでも、その場では見せないと決めていた。


「あのね、立村くん、ひとつだけ言っておきたいんだけど。これは貴史のいない時に、って決めてたんだけどね」  

  ふと、ふたりっきりになった時、ささやかれた言葉。

「私、立村くんが、外国の本とか小説とか、そういうものについて話してる時、いつもすごいって思ってるんだからね。私、あまりそういうのわかんないけど、でもでも、絶対に、ばかにしてないからね」

 やっぱり、絵画のことがわからないということを、気にしていると思われているのだろうか。

 上総は曖昧に頷いて、ありがとうとだけ答えた。

 そしていつもその後思う。


 いつまで、三人でいられるんだろうか。

 いつまで、ふたりの仲間に入れてもらえるんだろうか。  



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