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辺境の空は今日も晴れ  作者: 宝蔵院 胤舜
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閑話休題 弐乃弐

辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 弐乃弐



首都圏警備隊第四師団長グラント=クローサン大佐が、息子であるフランツ曹長と酒を呑みに出掛けたのは、これが初めての事だった。首都圏警備隊の一兵卒だった彼が、城都近衛第一大隊長のアルオット=レボネルに抜擢を受けたのは、決して親の七光りではなかった。

常に優秀な人材を求めている近衛兵は、よく警備隊から有能な兵士を引き抜くので、警備隊としては面白くない。しかし、大公陛下や公女様をお護りする為だ、と言われると弱い。ただ、親心としては、息子が優秀だと認められた事は、悪い気はしなかった。

今日は、五ケ月間に渡る基礎訓練を終えたフランツ曹長に、正式採用祝いと称して誘いをかけたのだが、

「それなら、良い所を知ってるよ」

というフランツに連れられて、やって来たのがここ、ヒノモト風酒場「(ポルヅ)(カサ)」である。

近衛兵は少数精鋭を誇る守備隊なので、何よりも団結力が求められる。なので、連帯感強化という名目で、訓練や守備任務の後で、夜の酒場へ繰り出す事が多い。そんな中で、フランツはレボネル隊長のツテで、首都大本営指揮官補佐のサー・ライドック=ブローワル中将と知己を得たのだが、その中将の一番贔屓にしている酒場として、この店に二度ほど連れて来られたのだ、という。

「そうか。何とかちゃんとやれているようだな」

グラントはそう言うと、ビアーを喉に流し込んだ。

「まあね」フランツもビア一を流し込む。「警備隊とはかなり任務の内容が違うから、最初は戸惑ったけどね」

「そんなに違うか」

「ああ」フランツは"ハシ"を器用に使って、サシミを口に入れる。「親父も俺も歩兵だ。前へ出て、敵を倒す。ゴリ押しの力技が中心だけど、守備隊は本当に『守る』事に特化してるな」

「そうか」

グラントは答えながら、"オトウシ"の一口大の"ヒヤヤッコ"を小鉢から直接口に放り込んだ。

「俺達守備隊は、自ら打って出る事もないし、深追いもしない。陛下達をお護りする為の楯になる。究極の拠点防衛だな」

「俺達、か」グラントは息子の言葉に優しい笑みを浮かベた。「五ヶ月間でしっかり守備隊精神を叩き込まれたようだな」

と、その席へ男が近付いて来た。

「おお、大佐、久し振り」

そう声を掛けて来た男に、グラントは思わず立ち上がって敬礼した。

「こ、これはサー・オーランド=ケッスレー団長。お久し振りです」

「クローサン大佐、掛けて下さい。ここは居酒屋ですよ。堅苦しいのはなしで行きましょう。ヒノモトでは"ブレイコウ"と言うらしいですが」

「失礼します」

グラントはまだ固いまま腰掛けた。ケッスレーも席に着く。フランツはまだ状況が呑み込めていない。

「親父、いや、大佐、こちらは?」

「サー・ケッスレー団長の名を覚えていないか?ファンネル騎士団の団長だ」

「えっ」フランツは固まった。「大公直属で"世界最強"と謳われる騎士団の?」

フランツは思わず立ち上がりかけたが、ケッスレーに目で制せられた。

「団長、息子のフランツ曹長です。今年から、近衛兵に抜擢されまして」

グラントが紹介すると、フランツは立ち上がって礼をした。

「そうですか。それはおめでとう。より責任ある任務ですから、頑張って下さい」

「ありがとうございます」

フランツは頭を下げた。

「団長、お連れの方はよろしいのですか?」

「ああ、彼らはたまたま同席した大本営の職員です。気にする事はありません」

グラントの言葉に軽く答えたケッスレーだったが、ふと口調を変えて尋ねた。

「そういえば、ローブマンの消息はご存知ですか?」

「ローブマンですか」グラントは遠い目をした。「十四年前に、マルエイサー大司教様に弟子入りした所までしか」

「ローブマンさんって、姉さんの…」

「そうでしたね、フランツ」ケッスレーは静かに頷いた。「彼は、五十四年に、司祭としてダナウ付近の国境の教会に赴任したのです」

「五年前ですね」

「ええ。城都を立つ前に、報告に来てくれました」

「そうでしたか。彼には申し訳ないと思っとります」

グラントは沈痛な面持ちで呟いた。

「だが、あの時ローブマンは、私と共にケナッド高地のコルタン金山での、旧帝国煽動の暴動鎮圧に出動していたのですから」

ケッスレーの表情も暗い。

「騎士ならば、国の危機や民の安全の為に、自らを顧みず出征する事は、果たさねばならない義務である。それは、彼もよく判ってはいたはずなのですが…」グラントは絞り出すように言った。「まだ若かった彼は、その痛手に耐える事が出来なかった…」

生粋の軍人であるグラントには、若いローブマンが愛する人の死に押し潰されてしまったのが、残念でならなかった。

グラントの娘、ミレール=クローサンは、その美しさは大公公女を凌ぐとまで謳われた、小大陸一の美少女であり、そのミレールとファンネル騎士ローブマンの恋は、吟遊詩人の恋歌として唄われたほどであった。

時は、暗黒神ダンズ・ダンズの力を得たグァルタが皇帝を名乗り、アルセア帝国を建国して以来、着々とアルマント大陸を蹂躙していた頃で、ランカスター公国侵略の足掛かりとして、国境沿いの重要な街が内部からの反乱の工作を仕掛けられていた、そんな局面であった。

ファンネル騎士団も事態収集の為に各地に派遣されていた。ローブマンも、師匠であるケッスレーと共に外地を廻っていた。

そんなローブマンのもとに、病弱なミレールの体調が思わしくない、という連絡が入った。しかし、遠方の、しかも重要な任務の遂行中であり、ローブマンも心配していると伝える事しか出来なかった。

それからしばらく、移動が重なり手紙も受け取れない状況が続いて、ミレールの様子をうかがい知る事が出来ないまま、月日は流れていった。

外地を廻って六 ヶ(ルナツ)、ローブマンがコルタン金山の暴動鎮圧に参加していた時、本陣を慰問に来た吟遊詩人が唄った歌が気になった。

歌は、都いちの美女が恋した男は戦地に赴き、病弱だった美女は病に伏すが、男は転戦を重ね、帰る事が出来ない。美女は寂しく息を引き取ったが、男は愛する人の生きた国を雄々しく護る、そんな内容だった。

何か胸騒ぎがしたローブマンは、本陣に問い合わせた所、手紙が数ケ月分溜まっているという。一番新しい手紙は半月前のもので、それには、ミレールが病の為に息を引き取った、と書かれていた。

作戦が終了し、ローブマンが彼女の元へ帰る事が出来たのは、それから半月後であった。

ミレールの墓の前でローブマンは号泣し、その日のうちにファンネル騎士団を脱退した。彼の身を案じたケッスレーはマルエイサー大司教にローブマンの身柄を預けた。ローブマンは大司教の元で修行を始めた。

「済まない。悲しい事を思い出させてしまいましたね」

ケッスレーは頭を下げた。

「そんな。頭を上げて下さい。今、ローブマンが元気でやっていると判っただけでもありがたいのですから」

グラントは寂しげに笑った。

「まあ、彼の事です。辺境に行っても、持てる力を存分に生かして、頑張っている事でしょう」ケッスレーはそう言うと、運ばれて来たレイシュを三人分注いだ。「哀しみは哀しみとして、我々はそれをも糧にして、雄々しく生きて行きましょう」

ケッスレーは杯を掲げた。

「我が弟子の心の平安を」

「亡き娘の魂の安息を」

「私達の輝ける未来に!」

フランツのその言葉に、ケッスレーは明るい笑みを浮かべた。

「いい言葉ですね。献杯」

「献杯」

三人はレイシュを呑み干した。

アルセア戦役が終結して六年、安堵の中にあったランカスター公国は、属国ガンロートの独立運動や旧帝国の残党の暗躍など、新たな脅威を抱える事態となっていた。

輝ける未来を。グラントは心からそれを願いつつ、さらに杯を重ねた。



閑話休題



20170402了

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