閑話休題 弐乃壱
本編の二年前、「壱乃弐」と同時期です。
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 弐乃壱
ガンロートは、オルメール小大陸北方海岸にある、漁業と海運が中心の小国家である。海賊民・ロウドロン族の末裔である事を誇りとし、船の扱いに長けた海の民である。
ただ、冬の二ヶ月は海は流氷に閉ざされ、内陸部への出稼ぎを余儀なくされる。船大工が多く、木製工芸品や道具など、細かい手作業の良品が結構な値で取引されている。手先が器用なので、絹織物は首都ドブライの特産品となっている。
しかし、六十年前の大寒波の折、夏になっても海水温が上昇せず、三年近くも不漁が続いた。隣国のランカスター公国へ大量の難民が流出し、国力が著しく衰退した。困窮した当時のガンロート国王は、ランカスター大公に臣下の礼を取る事を条件に、ガンロート経済を全面的に復興してくれるよう依頼した。大公は、ガンロートを併合する事により同一経済下に置き、教育や開発を進めて文化水準を引き上げ、結果的に国力を再生させた。また独立自治権を与えて、自活出来るようにした。
以来、ガンロートは公国の属国として存続している。
「旨い。魚を生で食えるのは、港町の特権だな」
大盛りのカルパチオ(生魚の切り身のオイルソースあえ)に舌鼓を打ちながら、ランバラッタは呟いた。ガンロート随一の漁港・クタスの市場にある食堂である。
「おう、ジイサン、齢の割にいい食いっ振りじゃねえか」
テーブルの向かいで安酒をかっ食らっている漁師が、笑いながら言った。炙った干しイカをアテにしている。
「あんたに齢の事を言われたかぁないね」
ランバラッタは髭に埋もれた口元を歪めて言った。目は笑っている。
「最近調子はどうだい?用心棒」
漁師の横で同じく安酒をかっ食らっている大工風の男が声を掛けて来た。
「何で用心棒だと判った?」
「まあ、身なりを見れば何となく判るさ。何せこんなご時世だからな」
大工風の男がしたり顔で言う。
「あんたも、解放戦線の募集で来たんだろ?」
漁師が探るような目付きで訊いて来た。
「ん、まあそんなトコだ」ランバラッタは最後の魚をラバシュ(平焼きパン)に包んで、口に放り込んだ。「それより、あんた達はどうなんだい?」
「俺かい?」漁師は笑って言った。「まあ、毎日何杯かひっかけるくらいの仕事は出来てるってトコか」
「獲れ高の方はどうなんだ?」
「そうさな、ボチボチって所だが、公国の役人が買い上げてくれるんでな、魚が揚がりさえすりゃあ、おマンマは食える訳だ」
「じいさんの代では、出来高だったから、結構苦労したみてえだな」
大工風の男も、口を揃える。
「今は違うって訳か」
「ああ。何でも公国は人口も多いし、ガンロートの品物も『ランカスター公国の』ガンロートとしてなら、他国からの買い手も付きやすいらしい」
「公国様々だよ。だからよ、『解放戦線』だか何だか知らねえが、あんまり暴れ過ぎねえで欲しいもんだな」
漁師も大工も、屈託なく笑って言った。
「そうかい、そりゃまあ何よりだ。じゃあな」ランバラッタは口元を拭って席を立った。「俺も適当に仕事を貰いに行って来るよ」
食堂を出ると、ランバラッタは自然に市場の人混みに紛れた。入口あたりで様子を窺っていた男二人が 慌てて追い掛けるが、完全に見失う。
追っ手二人が見えなくなると、ランバラッタは食堂のすぐ隣り、八百屋の店先から離れると彼らと反対方向へ歩き出した。
(民意としては公国を敵視していないが、独立したい勢力があるのも事実らしいな)
ランバラッタは考えながら歩を進めた。彼は年若い友人、オーランド=ケッスレーから依頼され、ガンロートの情勢をそれとなく調べているのである。フラブ暦二二五八年、アルセア戦役終戦から六年経ち、平和と共に各地で民族自立の気運が高まって来ていた。
直接首都ドブライへ入るのは危険と判断し、クタスへ来たのだが、むしろ東部の方が独立の気運は高い。田舎なので余所者は嫌でも目立つ。さっそく監視の目が付いた。面倒くさいので放っておいたが、戯れに監視をまいたのである。
市場を抜けると、中央に噴水のある広場に出る。噴水の真ん中に高いオベリスクがあり、その上にはロウドロン族の英雄、海賊王スローンの像が広場を見下ろしている。広場正面には巨大なフラブ教会がそびえ立っており、ドルバロウ様の厳めしい造りで周りを圧倒している。
そこに出ていた屋台でガフィを買った所で、ダミ声に呼び止められた。
「ようやく見つけたぜ、じいさん。ちょっと面を貸してもらおうか」
それを、ランバラッタはあからさまに無視した。あらぬ方を向いて、熱いガフィをすする。
「おい、じいさん、お前だお前」
「何じゃ、俺の事か」ランバラッタは白々しく言った。「見ての通り、俺は忙しい」
「明らかにー服って風情だぜ」ダミ声は、筋骨隆々の体を誇示するようにランバラッタに詰め寄った。「一緒に来て貰おう」
「美女の誘い以外は断れ、と祖父さんの遺言でな」
「うるせえ、とっとと来やがれ!」
ダミ声が、ランバラッタのガフィのカップを叩き落とした。両脇から、先程まいた二人がランバラッタの体を押さえ、マントをめくった。左腰に短剣、右腰には鈍い銀色の、短剣より短い金属棒が下がっている。男達は、短剣を取り上げた。
「やれやれ、仕方ないのお」
ランバラッタは肩をすくめると、男達と共に歩き出した。
路地を少し入ったところに、「解放戦線屯所」とオマール・アルキス文字で掲げた大きな館があり、ランバラッタはそこに連れ込まれた。
「随分と立派な建物だな。余程のお大尽が手を貸してくれているようだな」
「黙ってろ」
そこへ、ダミ声より一回り体の大きい禿げ頭が出て来た。左目にかかる大きな傷があり、それがより一層表情に迫力を出している。
「何だ、どうしたお前ら」
「お頭、何かコソコソかぎ回ってる余所者がいたんで、しょっぴいて来たんでさ」
「公国の犬にちげえねえ」
ダミ声達が口々に言うのを、禿げ頭は聞いていなかった。よく焼けた顔が真っ青になっている。
それを冷ややかに見ながら、ランバラッタは口を開いた。
「何だ、ゴダールじゃねえか。六年振りぐらいか?あの時は、お前はアルセア側の傭兵だったな」
自分達の頭目に対する不遜な口聞きに、男達は色めき立った。その騒ぎを聞きつけ、奥で酒を呑んでいた連中も出て来る。
「『解放戦線』とは聞こえはいいが、要はどさくさまぎれに暴れてるだけの愚連隊じゃねぇか。周りの皆は迷惑してるぜ」
「何だとキサマ!」
ランバラッタの挑発に乗った酔いどれ三人が剣を抜いた。
「お前らに金を出してるエラい人に言っとけ。民の本当の願いを汲んだ上で、独立でも何でも語れ、とな」
「うるせえ!」
三人が剣を振り上げた。ランバラッタは素早く金属棒を腰から抜いた。ブン、と音を立てて青い光の束が煌めくと、舞うような動きで一人は肩へ突き、二人は左右の斬り下げで剣を持つ手を打つ。三本の剣がガランと床に落ちた。
「お、お前ら止めろ!」
我に返ったゴダールが叫んだ。
「大丈夫だ。衝激を与えただけだ。斬っちゃいねえよ」
ランバラッタはそう言うと、光線剣を納めた。目映い光が消える。
「今、公国内で活発に動いているガンロート独立の活動が、本国に呼応しての事か、一部活動家の扇動か、見極めるために様子を見に来たんだが。どうやら、一部貴族の暴走の線が濃厚だな」
「お頭、こいつを逃がしたら、公国に報告されるぞ」
「今ここで殺っとかねえと」
「心配すんな」ランバラッタは肩をすくめた。「大公はそこまで度量の小さい男じゃねえ。その辺は高度な政治的判断だ。俺が考える事じゃねえしよ」
「お前ら、聞け」ゴダ一ルは声を張った。「この男は、小大陸ーの剣士・ランバラッタだ。お前らが束になっても勝ち目はねえ」
その言葉を聞いて、さすがにごろつき達にも動揺が走った。この嫁業で、ランバラッタの名を知らない者は、もぐりの謗りを免れない。。
「俺はこれからドブライへ行って様子を見てから公国へ帰る。邪魔するなよ」
ランバラッタはその場の全員に軽く睨みをきかせて、悠々と出て行った。
「あいつ、そんなにヤバイんですかい?」
ダミ声の問いに、ゴダ一ルはかすれ声で答えた。
「六年前、奴は俺の連隊三百人を、たった一人で全滅させやがったんだ。これは、その時の傷だ」ゴダ一ルは自分の顔の傷を示した。「奴は化け物だ。関わらねえ方がいい」
屯所を出て、また広場まで出て来たランバラッタは、先程までいた路地に目をやり、小さく舌打ちをした
「しまった。あいつらにガフィを弁償させるんだった」
閑話休題
20170228了