第九話 麗しの城都 2
辺境の空は今日も晴れ 9
The periphery’s sky is still fine 9
麗しの城都 Beautiful castle capital
【2】
ブローワルは一行を率いて城内へ入ると、階段を上がって廊下の中ほどにある大きな両開きの扉の前へやって来た。
「えっ?ライドック、ここって…」
ミラールが何か言うより早く、大きな扉が内側に引き開けられた。室内には白い道衣を着けた男が四人、扉の横に立っており、ブローワル達が部屋へ入ると、すぐに扉を閉じた。広い室内には地味だが明らかに高級な応接用テーブルとソファーがあり、その奥に巨木を輪切りにした机が置いてあった。そこに、やはり白い道衣を着け、長髪を後ろで束ねた男が座っていた。
男は、一行を確認すると、笑顔を見せて立ち上がった。
「やあ、ブローワル中将、そしてオルテール大佐、姫君もようこそ」
「サー・オーランド=ケッスレー。ご無沙汰しております」
ミラールは恐縮して頭を下げた。彼こそ、"世界最強"と謳われるファンネル騎士団の団長である。
「久し振り。元気そうで何より」
ケッスレーは鷹揚に言った。
「ちょっとアル、団長が直々にお出ましになるなんて、聞いてないわよ」
ミラールは自分のすぐ後ろにいたレボネルに小声で言った。
「深刻な事態だって言っただろ?」
レボネルはしれっとした顔で言った。
「とっても危機感が増したわ」
ミラールはそう言って溜め息をついた。
ケッスレーの執務室の隣にある会議室で、現状の確認が始まった。
「この城の中でも、ファンネル騎士団の詰所が最も安全で、且つ秘密が守られやすい、という事で、ここへ集まって貰った」
正面に立ったブローワルが口を開いた。
会議室の前に二人、表扉の内側に二人、ファンネル騎士達が護衛として立っている。これだけで二個連隊以上の戦闘力がある。
「確かに最も安全かも」
ミラールは呟いた。
現在ここには、首都大本営のブローワル、城都近衛兵のレボネルとメント、ファンネル騎士団のケッスレー、そして公女のエイミスと、錚々たるメンバーが揃っている。
「でも、そう言う事なら首都大本営でも同じ条件なのでは?」
思わず声に出してしまったミラールを、ブローワルは厳しい表情で見た。
「今からその説明をしようとした所なのだが」ブローワルはそう言ってひとつ息をついた。「残念ながら、大本営と言えども安全とは言い難いのだ」
「そうなの?でも、大本営って城都を護る中枢でしょ?」
ミラールの言葉に、ブローワルは更に厳しい表情をした。
「ガンロート人が公国の至る所にいる事は承知だろう。大公陛下のお計らいで、ガンロート人は公国人と全く同じ権利を有してこの国に住まう事が出来る。それは、首都大本営であっても同じだ」
「大本営にも居るだろう、ガンロート人」
レボネルが敢えて軽く言った。
「ああ、エンルァッテ中将。彼は母方がガンロートだったかしら?…て、ちょっと待って。今、そんなに疑心暗鬼な状態なの?」
ミラールは溜め息をつきながら椅子の背もたれに背中を着けた。
「その辺りの事は、私から説明させて頂こう」
ケッスレーが重々しく口を開いた。ブローワルが小さく頷くのを確認して、言葉を続けた。
「ここからは、我が師であり、良き友でもあるランバラッタの報告を元にした話なのだが…」
現在のラフヌス共和国連邦がアルセア帝国に征服されていた時、公国との間で戦争が行われていた。史書には「アルセア戦役」と記録されている。
その戦争はフラブ暦2253年に終結したのだが、それ以来ガンロート国内から徐々に「ランカスター公国からの独立」という気運が高まって来ていたのである。
終戦から五年経った2258年、ガンロート貴族守護の任を持つザネル騎士団の動きに違和感を覚えたケッスレーは、ランバラッタに非公式な頼みとして、ガンロート国内の調査を依頼したのである。ランバラッタとは、ファンネル騎士団名誉団長の肩書きを持ってはいるが、現在はどこにも属さず自由に各地を放浪している、流浪の剣士である。彼はガンロートのクタスから首都ドブライを巡り、実際に独立の動きがある事を確認した。
ガンロート独立の動きの中で、2259年に一連の事件が起こった。後に『ブローワル暗殺未遂事件』『公女誘拐未遂事件』『大公暗殺未遂事件』と呼ばれる同時多発的な独立運動である。
「まあ、この時はここにいる皆の働きで阻止する事が出来た訳だが…」
ケッスレーはそう言いつつ、ミラールに視線を投げ掛けた。
「あ、大丈夫ですよ」ミラールは毅然と顔を上げて言った。「お気使いなく。話を進めて下さい」
「…ありがとう」ケッスレーは囁くように言って、話を続けた。「昨年は、そうしてガンロート側からの破壊工作を未然に防ぐ事が出来た訳だが、今年に入って、また新たな独立運動が始まったのだ」
「何か、破壊工作や暴動があったのですか?」
ミラールの言葉に、ブローワルは苦々しい顔で頷いた。
「マルエイサー大司教様が襲われた」
「何ですって?」
ミラールは驚いて身を乗り出した。マルエイサー大司教と言えば、"現人神"と称される、フラブ教会の象徴的な存在である。
「そうなのよ、ねえさん」エイミスが横から割って入った。「私と一緒にいる時に襲撃されたの。でも、大司教様ったら凄いのよ。ご自身の光線剣で、襲撃者をバッタバッタと…」
「姫君」ブローワルは鋭くエイミスを睨みつけた。「その話は、後で時間を作って聞かせてやって下されば良い」
「はぁい」
エイミスはしゅんとなった。
「今年に入ってから、ランバラッタが再度ガンロートに赴き、内状を見て来てくれたのだが、やはり新たな動きがあるらしい事を突き止めてくれた」
ケッスレーはそう言うと、机の上で指を組んだ。
「何があったんですか?」
ミラールの問いに、ケッスレーが重い声で答えた。
「ザネル騎士団の腹心、ザットハルト卿が死んだ」
ケッスレーのその言葉は、その場にいる全員に衝激を与えた。
「えっ、ザットハルト卿が亡くなったの?」
エイミスは言葉を失った。今年の雪の月(一月)に年賀の謁見に参内した彼の姿を忘れてはいない。
「公国から帰ってすぐの死だったらしい。そしてその事は国外には公式には知らされていない」
ブローワルが補足する。
「私、あの方好きだったのに。明るくて、優しくて、考え方も柔軟で」
エイミスは悲しげに目を伏せた。
・「ザネル騎士団の中でも団長に次ぐ地位にあり、更に穏健派で知られていた彼の死の影響は大きい。しかも彼の死に関して、ガンロート内で妙な噂が流れている。『ザットハルト卿は、ランカスター大公家に暗殺された』と」
ケッスレーの言葉に、エイミスは一転、まなじりを釣り上げた。
「なっ、何よそれ?そんな事ある訳ないじゃない!」
「判ってる、判ってるわエイミス。少し落ち着こう」
ミラールはなだめながらエイミスの肩を抱いた。
「でもねえさん、酷いじゃない、あんな良い人を。暗殺なんて噂が立つって事は、彼の死に不審な所があるって事よね?それが私達のせいだなんて。そもそも私達の理解者を私達が手に掛けるなんて、矛盾してるじゃない!」
「その通りです、姫君」ブローワルが頷きながら言った。「彼の死は明らかに異様だ。恐らくは急進派に暗殺され、それを独立運動の為に政治利用された、というのが真相でしょう」
「誰なの?そんな酷い事を考えた奴は」
エイミスは哀しみと怒りとがない交ぜになった表情で、言葉を絞り出した。
「まだはっきりとは判っていない」ブローワルは首を振った。「ランバラッタと言えど、調査をするには限界がある。なので、この報告を受けてすぐに、俺は隠密をガンロートに送った。これは、大本営にも伝えていない、俺の判断だ」
「大丈夫なのですか?そんな独断で動いて」
レボネルが軽い調子で尋ねた。
「我々、首都大本営指揮官補佐は独自に隠密を動かす権限を持っている。問題はない」
「と、言う事は」ミラールが眉をひそめて言った。「同じ首都大本営指揮官補佐のエンルァッテ中将も、隠密を動かせるって事よね?」
「ああ。そちらに関しては手を打ってあるので、今は除外しておいても良いだろう」
「とにかく、大司教様襲撃は、急進派連中が本腰を入れて動いている、という証左と見て良い、と思う」ケッスレーが改めて口を開いた。「奴らは、戦後七年目のこの年に独立する事を夢想しているのだろう」
「この計画には、ザネル騎士団も大きく関わっている、という考えでよろしいでしょうか?」
ミラールは尋ねた。
「恐らく、武力的な背景は彼らが担っていると考えて良いだろう」
ケッスレーは頷いた。
「ザネル騎士団が陰謀の主謀者、という事はないんでしょうか?」
メントがそう尋ねたが、横からレボネルに肘で小突かれた。
「馬鹿だなお前。騎士団はあくまで剣で身を立てる立場だ。必ずその上に支配階級の誰かを擁立するに決まってるじゃないか」
「決まっているかどうかはともかく、俺も"上の存在"は考えている」
ブローワルの言葉に、ケッスレーも頷いた。
「ランバラッタもそのような事を報告してくれている。独立の筋書きが騎士団の手になるのか、"上の存在"なのかは判らぬが、ガンロート王のご意志ではない事は間違いないだろう」
ケッスレーの言葉に、ミラールは呟くように言った。
「だからこそ、姑息な破壊工作を操り返して、人心を操ろうとしてるのね」
「恐らくはそうだろう」ブローワルは腕を組んだ。「この一連の工作で『公国は悪』という世論を築き、陛下のお命を奪う事で悪の軛から脱する、という流れを作り、最後には現ガンロート王の失脚すら考えているのだろう」
「クーデターなら国内だけでやって欲しいね」
レボネルは肩をすくめた。
「今後、デマや破壊工作など、世情の不安を煽る行動が増えるだろう。それを抑え、未然に防ぎ、工作員を捕らえる。気の抜けない仕事だが、よろしく頼む」
ブローワルの檄に、その場の全員が強く頷いた。
ミラールは、左脇腹に掌を当てた。完治したはずの昨年の傷が、少し疼いた。
20200505




