閑話休題 壱乃弐
辺境の空から離れた都会のひとコマです。
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 壱乃弐
ライドック=ブロ一ワル中将の耳に、その噂が入ったのは、アルセア戦役終結六年目の記念祭が終わって数日後の事だった。
ランカスター公国の属国であるガンロートは、大戦中は、暗黒神ダンズ・ダンズの呪いの生み出す混乱を乗り切る為、宗主国である公国と足並みを揃えて共に脅威に立ち向かった。
しかし、平和が戻ると、独立を求めるー派が再び暗躍を始めた。ガンロート国内のみならず、公国内でも独立を求める抗議集会や無差別殺傷事件などが起こるようになっていた。
そして六年目の今年、公国内で、大規模な武力闘争が計画されている、との情報が入って来たのである。勿論今だ噂の段階である。首謀者も、場所も、規模も何も判らない状態では、動きようもない。
そんな訳で、今日は首都大本営指揮官補佐官の例会である。大本営指揮官、すなわち将軍には、四人の補佐官が付く。そのいずれも、軍での戦功を認められた、エリート中のエリートである。
ただ、例会とは、いつものヒノモト風酒場「海の家」でのいつもの呑み会である。先ずはビア一のジョッキで乾杯すると、頼んでおいたつまみが続々とテーブルに並ぶ。
「今日は"ウィズダン"だ。生の魚が入ったらしいから、"サシミ"も焼魚もいけるぞ」
そう言ったライドックの言葉に、ガラン=ヴォーワーク中将が問いを発した。
「前から訊こうと思ってたんだが、ライドック、何だ、その"ウィズダン"って?」
「そうか、ガランは海軍だから、この言い回しは馴染みがないのか」バルサイ=エンルァッテ中将が言った。「陸軍では"ツイてる"時に言うんだ。"ツイてる"なんて言うと、逆にツキが逃げちまうからな」
「なるほど。ゲン担ぎか」
「まあな」フランツ=べッフェンバーグ中将が相槌を打った。南方系の黒い顔を少ししかめる。「何しろこの城都も、物騒な噂が出回ってるからな」
「俺にとっちゃ、迷惑な話しだよ」とバルサイ。「あれだろ、ガンロ一卜の集会」
「全くだよな、バルサイ」ライドックは一気にビアーを呑み干した。「お前、確か母方がガンロート出だったよな」
「ああ、バアさんはドブライでまだ健在だ」
「一部の急進派の活動だけで、ガンロート全体を評価するのは、どうかと思うがな」
ガランはそう言うと、"オトウシ"の山芋の短冊を一気にかき込んだ。"ワサビ"が鼻にツンと抜け、これだけでビアーが一杯いける。
「まあ、そんな難しい話しは、明日の軍議の時にしようぜ。今日は楽しく呑もうじゃないか」
ライドックはそう言うと、新たなビアーを注文した。ビアーが出て来るまでの間、"ブリのかぶと焼き"に"ハシ"をつける。
「どうしたライドック、何だか荒れてるな」
そんなライドックの様子に、バルサイが言葉をかけた。彼の二杯目は"チューハイ"である。
「何だ、キレイな妻に可愛い息子、一番の幸せ家族に、何の不満があるってんだ?」
フランツのその言葉に、ライドックは肩をすくめて見せた。
「幸せって言ったら、ガラン、お前こそどうなんだ。城都近衛兵師団直属連隊長の娘さんと、近々結婚するんだろ?」
バルサイがそう言うと、ライドックとフランツが身を乗り出した。
「そうだったのか?」
「全然知らなかったぞ」
二人に口々に言われて、ガランは頭をかいた。
「まあ、まだ見合いして、二、三度会っただけだからな。正式に決まったら、報告するつもりだったんだが…。それより、バルサイ、何でお前が知ってたんだ?」
「まあそこは、企業秘密ってやつだ」
「まあ、何にせよめでたい!乾杯だ!」
ライドックは杯を掲げた。そこへ、"タイショー"が皿を二つ持って来た。
「ブローワル様、いつもどうも。こちらは注文の"サシミ"の盛り合わせ。で、こちらは今日、久し振りに入った"マグロ"です。数量限定ですので、特別にどうぞ」
「おお、タイショー、ありがとう。」ライドックは破顔した。「"マグロ"なんて、滅多にお目にかかれないからな」
「ブローワル様は大事な"オトクイサマ"ですから。これからもご贔屓に」
タイショ一はそう言って笑った。
ライドック達は、城都では珍しい"サシミ"に舌鼓を打った。長かった大戦も終わり、戦後復興も進み、公国は再び平和な日々を謳歌していた。
まさか、この数ケ月後にあのような事件に巻き込まれようとは、神ならぬ身のライドック=ブローワルには、思いもよらぬ事であった。
閑話休題
220170214了