閑話休題 膝乃肆
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 膝乃肆
ミラールとエイミスの女子バナはようやく本題に入って来たようだ。
「一年生最後の日にライドックにコテンパンにやられて、むしろ何か振っ切れた感じだったわ」
ミラールは笑顔で言った。
「何かヘンなの」エイミスは微妙な表情だ。「拳を交える事が愛の告白って」
「それはいいの。とにかく、私は二年生になって、ますます格闘技にのめり込んで行ったの」
ミラールは遠い目をしながら話を続けた。
既に同期の男達では誰一人ミラールに敵わなかったので、彼女は一人本隊の格闘訓練に参加するようになっていた。
しかし、ほぼ同じ年齢、同じ体格の同期生と違い、本隊の兵隊は体が出来上がっている。十五歳になるかならないかの小娘では、初めから相手にならない。そこで、新兵との訓練となるのだが、新兵では同期の連中と変わらないので、上達に結びつかない。ミラールとしては八方塞がりの状態であった。
予備隊も、二年目ともなると自由時間が増える。ミラールは、その時間に当てもなく城下を歩いていた。安息日前の門前市は、売る者、買う者の活気に満ちている。
本当なら、ライドックと二人で歩いているハズだったのに。
そんな事を未練がましく考えながら歩いていたミラールの目の前を、薄汚れた男がフラフラと通り過ぎた。男はそのまま通りを横切り、市場の隅の地面に座り込んでしまった。
ミラールはなぜかその男が気になり、目が離せなくなっていた。城都では見慣れない旅装束で、黒々としたヒゲの下の顔は、この辺りにはまだそれほど多くない黄色い肌である。
何やら疲れ果ててうなだれている姿を放って置けず、ミラールは男に近付いた。
「もしもし、そこの人、大丈夫?」
少し距離を置いて、ミラールは声を掛けた。一応、急に暴れられてもいいように身構えておく。
男はゆっくりとミラールに目を向けた。
ボロボロの見なりながら、眼光は鋭い。返事は無い。
「えーっと、言葉は判る?」
ミラールの問いに、男は頷いた。
「どっかに外傷とか、病気とかある?」
「外傷も病気もない」男は首を振った。「だが、腹が減った。三日ほどロクなもんを食べてない」
「なるほど。お腹が減ってるから元気が無いのね。判った、ちょっと待ってて」
ミラールはそう言うと、少し先の屋台でフィーロウ(挽き肉と野菜を甘辛く煮た餡入り饅頭)を三つ買って来た。
「はい。門前市の名物饅頭。私はこの屋台のが、お肉がゴロゴロしてて好きなの」
ミラールはそう言いながら、饅頭を二つ男に差し出した。男は少し遠慮がちに受け取って、すぐに猛烈な勢いで食べ始めた。ミラールが半分程食べた所で、男は二つとも平らげていた。
「よっぽどお腹空いてたのね!」
ミラールは目を丸くした。
「ありがとう。お陰で助かった。申し訳ないが、金が無い」
一息ついて、男が頭を下げた。
「あん、気にしないで」ミラールは饅頭を頬張りながら答えた。「私も食べたかったから、おすそ分けよ」
「ありがとう」
「それより、あなたはだあれ?どこから来たの?」
「俺はウー・ダーウェ。ラトから来た」
「ラトって、ラフリア大陸の南の端よね。そんな遠くから来たんだ」
「俺の家はウーシューの宗家。俺は後を継ぐ為、修行に出て来た。この旅を終えたら、新しい宗家になる資格がある」
「ウーシューって何?」
「ウーシューは、闘う技術だ。俺はラトのムンセンに伝わる覇極拳の伝人だ」
ウーの言葉にミラールは反応した。
「闘う技術?どんな?」
『覇極拳は接近短打を得意をする流派で、体当たりや肘撃を中心とした、近い間合いの攻撃を身上として…』
ウーは一気に喋り出したが、ラト語だったのでミラールには全く理解出来なかった。
「んー、全然解んないけど、きっと凄い武術なのね」
ミラールが呟いた時、市場の奥からゴロツキが四人、血相を変えて走って来た。ウーの姿を認めて、わめきながら殺倒して来る。
「何?あれ」
ミラールの誰ともない問いに、ウーが答えた。
「さっき、俺が殴った奴ら」
「どうして?」
「市場の中で、あの四人が店の娘に悪さしてた。俺は止めようとして、四人を殴った。だから追って来たんだろう」
「えー」
二人が話している間に、四人のゴロツキはウーを取り囲んだ。
「おいこの乞食野郎!このまま逃げられると思ってたのか!なめんなよ!」
「逃げた訳ではない。腹が減ってただけだ」
ウーはしれっと答えた。
「なによウーさん、あなた腹ペコで四人も倒したの?」
ミラールは驚くと同時に、更にウーの武術に興味が湧いて来た。
「今度は逃がさねえ。ブッ殺してやる!」
ゴロツキ達は血気にやはって拳を振り上げた。
『さっさと違って、今度は手加減しないぞ』
ウーはラト語で言い放つと、不敵に笑った。
勝負はあっけなく着いた。一人目は顎を突き上げ、二人目は肘打ちと同時の突き、三人目は背中を使った体当たりで、三人とも白目を剥いて倒れた。一人一撃である。
ウーは四人目の、頭目とおぼしい男を睨みつけた。
「お前もやるのか?」
ウーの言葉に、頭目は雄叫びを上げて突っ込んで来た。ウーはそれに合わせて踏み込み、頭目の腹に肘を打ち込んだ。頭目は大きく吹き飛ばされ、白目を剥いて倒れた。ウーの圧倒的な強さに、周りの野次馬から拍手が起こった。
「ちょっと!何よ今の?」
ミラールが驚いて尋ねると、ウーは淡々と答えた。
「一人目はシャンロン、二人日はシャンツイ、三人目はテンシャンカオ、最後はリャンイーだ」
「そう言う事を聞いてる訳じゃないんだけど…」
ミラールはそう言いながらも、ウーの操る覇極拳が予備隊で学んでいる軍隊格闘術と全く異なる事に、大きな興味を抱いていた。体の運用法が全く違う。
これなら勝てるかも。
そう思った次の瞬間には、ミラールはウーに頭を下げていた。
「ウーさん、私に覇極拳を教えて下さい!」
ミラールはウーを家に連れ帰ると、目を丸くしている祖父を中ば強引に説得して、実家近くのオルテール家名義の家をあてがい、ミラール専属の武術教師として雇い入れた。
予備隊は全寮制だったが、夕方以降は結構自由に動けたので、ミラールは自由時間のほとんどをウーとの練習に当てた。初めの三ヶ月はひたすら基本功に費やされたが、その甲斐あって基本技の段階に入ると目覚ましい進歩を遂げた。
ミラールの潜在能力、ウーの伝授の的確さ、そして覇極拳の武術的完成度の高さが相まって、年末には本隊の格闘教官すら全く歯が立たない程の成長を見せていた。
冬が来て、雪が降り、その雪が溶け始める頃、ミラールの予備隊卒業、つまりブローワルとの二度目の勝負の時が迫って来た。
「師匠、もうすぐブローワルとの勝負なんです。でも、このままではまだ勝てる自信がありません」
ミラールはウーに訴えた。
「殺し合いでないなら、負けたらまた挑むがいい」
ウーはしれっと言った。
「そんな気長には待てないんです。士官学校に入るまでに、ブローワルから一本取りたいんです!」
「一本取ってどうするね?」
「彼に伝えたい事があるんです」
ミラールは頬を染めて言った。
「ヘえ、なるほど」ウーはそんなミラールを見て、ニヤリと笑った。「判った。そう言う事なら、力を貸そう。ただし、今後も修行を続けるのが条件だ」
「勿論です。私、覇極拳好きですから」
「ようし。では、お前にスーランカンを教える」
「スーランカン?」
「そうだ。我がムンセンでは、『スーランカンを知れば相手より先に技が出る』と言われる、実戦の形だ」
「是非、それを教えて下さい!」
「あと一週間しか無い。しっかりと覚えるんだ。そして、一本取って来い!」
ウーはそう言って拳を握って見せた。
「ねえさん、恋バナかと思いきや、しっかり格闘技の話なのね」
エイミスが笑いながら言った。
「何よ、ウーシューの師匠の話をねだったのはあなたじゃないの」
ミラールはエイミスを睨んだ。
「で、結局勝負はどうなったの?」
エイミスは話題を強引に戻した。
「勝負は、私がスーランカンの技で一本取って、私から告白して、めでたしめでたしって感じ。士官学校に入ってから、正式にお付き合いを始めたわ」
「ふーん…」
「なっ何よ?エイミスその態度」
「この話ってさあ、メンドくさい彼女の事を一年も待っててくれた、凄くいい男の人のお話なのね」
「そうよ。彼はいい男よ。うらやましい?」
「あ、ねえさん開き直った」
そこへ、待女長のメアリー=フェミナンスがやって来た。
「オルテールさん、今日は一緒にお食事をなさいますか?」
「え、もうそんな時間?」
ミラールとエイミスは驚いて空を見上げた。空は夕焼けに紅く染まっていた。
「ねえさん、食べて行きなよ。父も母も喜ぶわ」
エイミスは無邪気に言う。
ただ、さすがのミラールも多少の遠慮があった。
エイミス、あなたのご両親は、この国の大公陛下と大公妃陛下なんだからね!
20191231




