閑話休題 膝乃弐
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 膝乃弐
ミラール=オルテールの両親は、彼女が十一歳の時に、飛空艇の事故で亡くなった。
母方の祖父母の家へ預けられた少女は、厳格な元軍人の祖父に鍛えられ、十四歳の時には自ら軍の予備隊に志願する程にまで仕込まれていた。
予備隊の軍校に入学した年に、祖父に連れられて軍人支援パーティーに参加した。そこには、金モールも輝かしい歴戦の英雄達が列席しており、かつまた前途洋々な若々しい士官候補生達もいた。
かつての戦争で武勲を立てた祖父は、色々な人達に取り囲まれており、ミラールは知り合いもいないパーティーで一人 無聊を託っていた。
退屈だなあ。もう帰っちゃおうかな。
そんな事を考えながら、テーブルに手をついてぼんやりとしていたミラールは、
「あの、こんばんわ」
と背後から声を掛けられて飛び上がった。テーブルがガタンと鳴る。
「なに…」
ミラールが慌てて振り向くと、そこには男らしい引き締まった顔の若い兵隊が、少し困った表情で立っていた。両手にワイングラスを持っている。
あまりの男前振りに、『なによ急に!驚かせないでよ!』と言いかけた文句を呑み込んだ。
「驚かせたかな、済まない」男は優しい笑顔を見せて言った。「随分と退屈そうだったから、サングリアでもと思ったんだけど…。余計なお世話だったかな?」
「え、ううん、そんな事ない。ありがと」
慌てて思わずフツーに返してしまってから、ミラールは顔を赤らめた。彼の階級章が目に入ったのだ。
「失礼しました、曹長」
「そう言った堅苦しいのは、今は無しでいいんじゃないか?はい、これ」
男はワイングラスを差し出した。
「うん。ありがとう」
ミラールはグラスを受け取った。たったそれだけの事で、胸が高鳴った。
「俺はライドック=ブローワル」
「ブローワルって、もしかして『ランカスターの剣』と誉れ高い、ブローワル中将の?」
「中将?ああ、俺のじいさん」ライドックしれっと答えた。「昔はともかく、今は口うるさいじじいだよ」
「まあ、そんな事言って」
「本当さ。君のおじい様、オルテール大将の軍功に比べれば大した事ないよ、ミラール君」
突然名前を呼ばれて、またミラールの胸は高鳴った。
「な、なんで名前を知ってるの?」
「オルテール大将のお孫さんが予備隊に入った、しかもかなりの美少女だって事で、実は隊内でも噂で持ちきりだったんだ」
「噂だなんて」ミラールははにかんだ。「それで、噂の真相を知って、どうだった?」
「噂なんてアテにならないと思い知ったよ」
ライドックは肩をすくめた。
「どう言う事?」
少し不安になって、ミラールは尋ねた。
「"かなりの"なんてもんじゃない。とびきりの美少女だったよ」
ブローワルはそう言うと、手を伸ばした。
「改めて、ミラール=オルテール君、今後ともよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
ミラールは慌てて握手をした。鍛え上げられたゴツゴツとした掌だった。手を離した後も、その温もりが残っていた。
胸の高鳴りに心許ないミラールを、優しい眼差しで見ていたブローワルだったが、後ろから名前を呼ぶ声に小さく舌打ちをした。思わずミラールの肩が震える。
「あ、ごめん、ミラール君。件のうるさいじじいが呼んでるんで、残念だけど行かなきゃ。話しが出来て、楽しかったよ」
ブローワルは本当に残念そうに言うと、小さく手を振りながら立ち去って行った。ミラールは言葉も出せず、黙って小さく頭を下げた。
広いパーティー会場の人いきれの中に、ブローワルの広い背中が見えなくなるまで見つめていたミラールは、横から声を掛けられてまた飛び上がった。
「なんじゃミラール、ぼんやりしおって。酒を呑み過ぎたか?」
オルテール大将は、ミラールの手にあるサングリアのグラスを見ながら言った。
「んーん、別に、何でもないよ」
ミラールはぼんやりしたまま答えた。
「しっかりせんか。今そこに、首都大本営指揮官補佐官の者達が来ておる。挨拶ぐらいしておけ」
そう言われて、ミラールはグラスを呑み干してテーブルに置くと、祖父について歩き出した。しかし、頭の中は、先程の若い下士官の事で一杯であった。
彼の声、顔、表情、立ち姿、振る舞い、言葉、握手した時の温もり、その全てがミラールの胸を高鳴らせるものだった。
それは、両親を亡くして祖父の家に来てから、一度も感じた事のない感情だった。自分自身がもて余してしまうような、胸の奥が熱くなるような未知なる想い、ときめき。
もしかして、これが"恋"?
「それが、八年前の話なのね」
エイミスが身を乗り出して尋ねた。ここはエイミスの自室に面した箱庭である。箱庭といっても小型舟艇が五~六艘は入るほどの広さはある。
「そっ。フラブ暦2246年の話し」
「えー、ねえさん十四歳だったんでしょ?ブローワルさんは?」
「十九歳」
「ヘー、五つも年上なんだ。結構オジさんじゃなかったの?」
「んーん、全然。まあ、完全に私の"一目惚れ"だったわ」
「そうなんだ。で、今もお付き合いしてるんでしょ?」
いたずらっぽい表情でエイミスは言った。
「ええ。仲良くしてるわよ」
ちょっと得意げにミラールは答えた。
「あー、なんかちょっとくやしい」
十八歳のお年頃のエイミスは、少し羨ましそうに文句を言った。
「あの、ダン=バル船長はどうなの?ワルっぽくてカッコいいじゃない」
そう言うミラールに、エイミスは大きく頭を振った。
「全然ダメ。あたし、ああいう無作法な男、嫌いなの」エイミスは肩をすくめた。「大体、彼は相棒の狼娘と仲が良いんだから。あたしの入る余地なんて無いわ」
「あら、満更でもなさそうじゃない」
ミラールは意地悪そうな口調で言う。
「な、何よ、ホントになんにもないんだから」エイミスは少し慌てて首を振る。「それよりねえさん、今日はねえさんの武術の師匠の話をしてもらうはずだったのに、何かのろけ話しか聞いてないよ」
「あらそうね。でも、彼との馴れ初めが、私が武術を学ぶきっかけになったんだから、あながち関係ないって訳でもないのよ」
「そうなの?」
エイミスは更に身を乗り出した。
武術練習の休憩中に始めた女子バナだが、まだまだ終わる気配はない。
20190923




