第八話 帰還命令 4
辺境の空は今日も晴れ 8
The periphery’s sky is still fine 8
帰還命令 Return Instruction
【4】
イグロウが旅の空で見た飛空艇「ヴォーリャ」は、その日の夕刻にはエイフ村に到着した。先日の「ヴィッテルスバッハ」には及ばないながらも、その巨躯と流線型の船体は、如実に戦闘艇である事を示していた。
護送艇より鋭い機関音を響かせてエイフの街の上空を通過する巨大な戦闘艇を、村人達は目を丸くして見上げていた。
「今度は何があるだかいや?」
村の人々は不安な面持ちで戦闘艇の威容を見ていたが、艇は街を通り過ぎ、村はずれの兵営近くに停泊した。
「何々?どしたのこれ?何で『ヴォーリャ』が来たの?」
何も聞かされていなかったミラールは驚いて兵営を飛び出した。兵隊達もワイワイ言いながら集まって来た。
甲板からタラップが降ろされ、大柄で騒々しい兵隊が駆け降りて来た。
「オルテール大佐ぁーっ!お元気ですかーっ!」
「えっ?クワタン?なんで?」
ミラールの目が点になった。この小うるさい男は、首都圏警備隊第一師団第八中隊長であるドラゴニアス=クワタンだ。階級章を見ると、中尉に昇格している。
「なにあんた、中尉になったの?」
「そうですよ。俺の頑張りが認められたんですよ」
「よっぽど人材不足なのね、城都は」
ミラールは溜め息をついた。
「何て事言うんですか」
クワタンは頬を膨らませた。
「で、あなたが来るなんて、どういう風の吹き回しなの、レボネル大隊長殿」
ミラールはクワタンを無視して、その後ろから静かに降りて来る偉丈夫に声を掛けた。
城都近衛第一大隊長アルオット=レボネルは、ミラールの前に立ち、敬礼した。
「オルテール大佐、お久し振りです」
「お久し振りです、レボネル大隊長」
ミラールは規定に則った対応をしたが、すぐに表情を和らげた。
「どうしたの、アル。こんな辺境に来るなんて、あなたの仕事じゃないじゃない」
「まあね。しかし、決して無関係って訳でもないんだぜ」
レボネルも相好を崩した。
「失礼ながら」リスキンが恐る恐る声を掛けた。「隊長、こちらは城都の近衛兵ですよね。お知り合いなんですか?」
「ええ。城都にいた時にね」リスキンに答えておいて、ミラールはレボネルに尋ねた。「ところで、あなたに無関係じゃないって、どういう事?」
「ここじゃあな」
レボネルは周りを見回した。
「では、続きは兵営の中で」
ミラールは建物を指し示した。
兵営の応接室に、ミラールとリスキン、レボネルとクワタンが差し向かいに座った。
カーツがガフィを出して、退席したのを見計らってレボネルが再び囗を開いた。
「お前さん、エイフ村長に査察を訴え出されただろ?そいつはダナウの地方行政府が受理したが、内容が小隊長の監査だったから、オイトルーダの地方警備隊の軍査察局監査部に回されたんだ」
「それで?」
「そこに、俺の友人のレマノ中佐がいてね。ほら、近衛兵の中隊長で、呑んだらすぐ脱ぐ奴」
「ああ、あの筋肉見せるのが好きな」
「そう、それ。あいつ、昨年からオイトルーダの査察部に配置換えになってね。書類にお前さんの名前を見つけて、俺に知らせてくれたんだ。で、内容を確認した上で俺はブローワル中将に相談したんだ」
「…ライドックに?どうして?」
「首都大本営は軍査察局の上部組織だからな。まあ、どだいヘナチョコ村長の馬鹿げた危機感から出た訴えだからな、話は早かったよ。中将はその場で握り潰したんだ。ただ、村長には、規定に則った審査の通達が届くはずだ」
「どうして?」
「軍人が移動するとあっては、何か作戦上の理由を勘繰られるかも知れない。それなら、この"査問"を利用すればいい、と考えたって訳だ」
「で、あなたが何で来たのかの説明は?」
「どうせ査問にかかるなら、一時的に城都に呼び寄せよう、という事になったんだ」
「どう言う事?」
「ここからは極秘情報でお願いしたい」レボネルは心持ち声を潜めた。「実は、城都で大きな陰謀が進行中なんだ」
「陰謀?」
「大公様の暗殺だ」
「何だって?」
ミラールとリスキン、そしてクワタンまでが声を上げた。
「何であんたまで驚くのよクワタン」
「知る訳ないじゃないですか、そんな大それた事」
「ああクワタン、黙っとけ」レボネルは冷たくクワタンを制した。「ミラールも関わった去年の事件な、まだ終わってなかったんだ。むしろ、より計画が具体化している」
「なんて事…」
ミラールは溜め息をついた。
「この件は極秘に処理したい。特に大公陛下のお心は煩わさせたくない。そこで、事情を深く理解しているミラール、お前さんに手伝って欲しい、というのが中将の考えだ。で、査察局を手伝う事が多い城都近衛兵のこの俺に、ねえさんのお迎えの大役が命じられた、という訳だ」
それを聞いて、ミラールは腕を組んで考え込んだ。表情が険しい。
「大丈夫ですってオルテール大佐。難しい仕事ですけど、大佐ならきっとやり遂げられますって」
クワタンはしたり顔でそう言ったが、レボネルに肘で小突かれた。
「そんな簡単な話じゃねえんだ。解んねえんだから、お前は喋んな」
レボネルに厳しく言われて、クワタンは黙り込む。
事情が一切判らないリスキンは、ただ黙って話を聞いていた。
「…解りました」ややあって、ミラールは答えた。「色々と思うところはあるけど、大公陛下の危機に私のわがままを通す訳には行きませんね。いいでしょう、お手伝いします」
「そうか。ありがとう。良かった」
「その代わり、ライドックにはしっかりと文句を言わせてもらいますからね」
ミラールは何かを吹っ切ったような表情で言った。
「で、あんたが私の代わりにいてくれるって訳?」
ミラールはクワタンを横目で見ながら言った。
「そうです。大佐の穴を埋められるのは俺しかいないんですよ。やっぱり、ミラール隊長と俺は、離れられない絆で結ばれてるんですね」
クワタンが満面の笑みで言った。
「いや。絶対無いから。それに名前で呼ぶのやめて。気持ち悪い」
ミラールは全力で拒否を表明した。
それから三日でクワタンに兵営の仕事の引き継ぎをして、ミラールは兵営を出る支度を終えた。
レボネルが先導をして、ミラール達はエルヴァント村長のもとへやって来た。
目の前にいきなり現れた城都近衛兵に、エルヴァントは動揺した。
「何だいあんたらは?あんながんこいかい(とてもでかい)船で乗り付けて。この村に何をするつもりだい?」
「何を言ってるんです?」レボネルは嫌味な口調で言った。「あなたが行政府にオルテール大佐の査問を訴えたでしょう」
「だからって、いきなり来て何なんだ?」
「オルテール大佐は査問委員会に召還され、城都へ行く。代わりにこのクワタン中尉が残る」
レボネルは切り口上で告げた。
不穏な様子に、村人達が徐々に集まって来た。
「おお、村長どうしただ?」
「隊長さんもおるに。何かあっただかいや?」
「まさか、本当に査問されるじゃあないだら?」
オガンが恐る恐る尋ねた。
「"まさか"の意味が判らんが」レボネルは肩をすくめた。「査問の為にこの地を離れる」
「大丈夫よ。査問が済んだらすぐ帰ってくるわ。…て、司祭様も同じような事を言っていたわね」
ミラールはそう言うと、エルヴァントに向けて微笑んだ。
「査問を済ませて、帰って来ます。そしたらまたよろしくお願いしますね」
「あ、ああ。無事に帰って来る事を祈ってるに」
エルヴァントは顔とひきつらせながらも、はっきりと答えた。
「ありがとう。そう言ってもらえると心強いわ」
ミラールはそう言って敬礼をした。
その日の夕刻に、ミラールを乗せた飛空艇「ヴォーリャ」は城都へ向けて発進した。城都へは、ほぼ丸一日の旅程である。
20190514




