第八話 帰還命令 3
辺境の空は今日も晴れ 8
The periphery’s sky is still fine 8
帰還命令 Return Instruction
【3】
一晩中どんちゃん騒ぎをして、そのまま「森の小熊亭」で眠りこけていた第十四小隊のメンバーは、地響きのような重低音に叩き起こされた。テーブルの上の食器がカタカタ鳴るほどの轟音に、彼らは寝ぼけ眼のまま外に飛び出した。しばらく周りを見回していた兵隊達だったが、やがてリスキンが、既に外に居て空を見上げているイグロウ達を見て、地面に落ちる巨大な影に気付いた。
「何だいや、ありゃあ?」
リスキンが空を見上げて呆然と呟いた。他の兵隊達もリスキンが見上げる方向を見て、声を失った。
北の方角に、見た事もない程の巨大な飛空艇が浮かんでいた。鈍色の四角い船体がゆっくりと近付いて来る。兵隊達に続いて外に飛び出したエルヴァント達も、口を開けて空を見上げた。
少し遅れて外に出て来たグラフが、テンションの高い笑顔でミラールに言った。
「ようやく来たな。こいつが公国最大の護送艇『ヴィッテルスバッハ』だ!」
「こんな巨大な船があったの?」
「昨年進水したんだ。実働は今回が初めてだ。やっぱりデケェなあ!」
グラフは楽しげに言った。
「これって城都の船よね?」
「いいや、計画、設計、建造、全てオイトルーダで行った、俺達東方師団所属、つまりは俺の船だ」
「そうなんだ!凄いじゃない」
「まあ俺も、中央に存在感を示しておかないとな」
グラフはそう言って胸を張った。
「あらなに、中央勤めを狙ってるの?」
「そりゃあな、男に生まれたとあれば、中枢部に入って一旗掲げたいって野望もあるさ」
「若いのね」
「ああ、まだまだ部下どもには負けないぜ」
グラフのその言葉に、ミラールは肩をすくめて見せた。
巨大護送艇「ヴィッテルスバッハ」が着地して、「紅竜義勇団」の一団が続々と船内の牢に収容されて行く。ミラールを頭とする第十四小隊の面々も、盗賊団の収容に立ち会う名目で、船内を視察させてもらった。リスキン以外は飛空艇自体初めて乗るとあって、皆大はしゃぎであった。
出航準備が整い、ミラール達も船を降りると、見送りの為に少し離れた場所に整列した。そこへ、グラフが腹心を連れてやって来て敬礼をした。
「この度は大変世話になった。盗賊団も捕らえる事が出来て、作戦は成功だ。ありがとう」
グラフは真顔で言った。
「こちらこそ」ミラールも真面目に返した。「お陰で無事にこの村を守る事が出来ました。ありがとう」
「またダナウにも遊びに来いよ」
「時間が出来たらいずれ」
「早く来ないと、俺は城都に転属になってるかも知れないぜ」
「そうなったら、連絡をちょうだい。お祝いするわ」
グラフとミラールは同時に笑顔を見せた。
「じゃあな」
グラフは踵を返すと、颯爽と飛空艇に乗り込んだ。
やがて、重低音の機関音を響かせて「ヴィッテルスバッハ」が浮上し、旗艦の飛空艇と共に北の空へ消えて行った。明朝にはダナウに着くだろう。
「行っちゃっただね」
カーツがしんみりとした声で言った。
「グラフって隊長さん、何だか楽しい人だっただね」
ロペルも寂しげに言う。
「これで、今日から元通りの毎日だ」
リスキンはそう言うと、ミラールを見た。他の兵隊達もミラールに視線を注ぐ。
「そうね。今日は天気が良いから、山羊達を丘の上まで連れてってあげましょう」
ミラールは朗らかに言うと、兵営の方向を指差した。
「では、兵営まで駆け足、始め!」
ミラールを先頭に、兵隊達は笑顔で走り出した。
同じ日の朝のうちにワラン司教も城都への帰途についた。
イグロウとイファルは、そのままエイフの街の仮教会に入り、引き継ぎ作業に入った。村の年中行事を確認し、特に来月に行われる収穫祭の準備の為に、教会側の必要事項や当日に行う式典の確認をすると、寄付や援助を貰っている信者団体や関係者達に挨拶に回った。
「えっ?司祭様いなくなっちゃうだか?」
教会信者会代表のオルホフは目を丸くした。彼はエイフで一番古くて大きい旅籠「エイフ亭」の主人で、先代の老オルホフからの信者である。
「ええ。まあ一時的にですけど」イグロウはそう言ってオルホフの肩を叩いた。「私のいない間は、このイファルが勤めてくれますから、同じ様に協力をお願いしますよ」
「イファルです。よろしくお願いします」
真面目に頭を下げるイファルに、オルホフは不審そうな目を向けた。
「あんたは大丈夫なんだかいね?」
「と、申しますと?」
首をひねるイファルに、オルホフは半笑いの表情で言った。
「うちの孫達に変な色目を使わんだらね?」
「なっ?」イファルは表情を変えた。「何て事を言うんです?私は神に仕える身ですよ」
「でも、この司祭様は、うちの孫娘が成長して来たら、すぐに声を掛けて食事に誘ったりして来たに」
「何ですって?」
イファルはイグロウを険しい目で睨みつけた。
「おいおい、何て事言うんですオルホフ。人聞きの悪い」イグロウはすましたものだ。「ちょっとした挨拶ですよ。可愛い女の子や綺麗な女性と仲良くなるのは、楽しい事じゃないですか」
イファルはしばし言葉を失ってしまう。
「あ、『すけべえ司祭様』だ。お早うございます」
話し声を聞きつけて、奥から少女が二人出て来た。
「ねえねえすけべえ司祭様、どお、今日もキレイでしょ?」
二人してくるりと回るのを、イグロウは拍手で応えた。
「エミーナ、フォミーナ、二人とも一段と可愛いね」
「えー、"キレイ"じゃないの?今日は大人っぽく揃えてみたのにぃ」
「色っぽい魅力は、もう少し大きくなってからですね。今でも十分可愛らしいですよ」
イグロウの言葉に、エミーナとフォミーナはクスクスと笑うと、小さな手をひらひらと振りながら表へと出て行った。
「ひ、人の道を説くせ、聖職者が、婦女子に何て事言うんですか?」
イファルが目を白黒させてイグロウを詰問するが、イグロウは取り合わない。
「司祭様がいっつもそんな事言うもんで、孫達が色気づいてかなわんに」
オルホフは笑いながら言う。本気で怒っている訳ではないのだ。
「着飾った言葉が必要な時もありますが、普段はざっくばらんなお付き合いの方がより親密になれるってもんですよ」
イグロウは笑った。
「ざっくばらん過ぎやしませんか?」
イファルは眉をひそめた。
それから二週間はあっという間に過ぎ、イグロウが城都へ出立する日となった。教会で勤行を終えた後、イグロウとイファルがエイフの街の「辻」にある仮教会へやって来ると、第十四小隊の面々を筆頭に、街の主だった者達が集まっていた。
「一体何事ですかこりゃあ?」
驚くイグロウに、リスキンが笑いながら言った。
「もちろん、司祭様のお見送りですよ」
「そんな大袈裟な。ほんの少し城都に行くだけですよ。用事が終わればすぐ帰って来ますよ」
「でも、ずーっと一緒にいて下さった司祭様ですから、少し離れるだけでも寂しいですよ」
フェリスが瞳を潤ませながら微笑んだ。皆も大きく頷いた。
「皆さん、ありがとう」イグロウも思わず涙ぐむ。「大丈夫ですよ。仕事を済ませたら、すぐに帰って来ますよ」
「都会は楽しいだろうぜ。そのまま帰って来たくなくなるんじゃないか?」
バスターがそんな憎まれ口を叩いたが、皆に睨まれて、大人しく引っ込んだ。
「司祭様、気を付けて行って来て下さい」ミラールはイグロウの肩を叩きながら言った。「バスターじゃないですが、都会には誘惑が多いですからね」
「大丈夫ですよ。私、これでも落ち着いた男で通ってるんですからね」
イグロウは笑ってそう言うと、ひとつ手を振って背中を向けた。皆の見送りの声を聞きながら、振り向かずに街を出て行った。
飛空艇の港があるダナウまでは徒歩で五日は掛かる。途中は野宿という事になる。
イグロウは一人黙々と歩き続けた。健脚にものをいわせて、通常より速く辺境の丘陵地帯を抜けた。
エイフ村を出てから四日目の朝、遠くから響く機関音に気付いてイグロウは目を覚ました。くるまっていた毛布から這い出すと、西の空に大型の飛空艇が飛んでいるのが確認出来た。かなりの速度である。どうやら南東の方向へ向かっているらしい。
「もしかして、エイフ村に向かっているのか?」
イグロウは首をかしげながら、今日まで歩いて来た方向を見やった。
20190510




