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辺境の空は今日も晴れ  作者: 宝蔵院 胤舜
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第八話 帰還命令 2

辺境の空は今日も晴れ 8

The periphery’s sky is still fine 8



帰還命令 Return Instruction



【2】


イグロウは手紙に目を通した。


――親愛なるイグロウへ。

お前が辺境へ行ってからもう十五年も経つ。そちらで元気でやっているのだろうか。風の便りでは、土地の者達に信頼されていると聞いている。

今、我らが城都では、陰謀が進行している。それも、国家の根幹を揺るがす程の大事だ。

ガンロートの一部貴族達が、公国からの独立を目論んでいる事は聞き及んでいると思う。その急進派が、我らが大公のお命を狙っている。ガンロート独立に際し、宗主国の弱体化を手土産にしようと考えているらしいのだ。

この事はまだ大公陛下のお耳には入れていない。出来れば陛下のお心を煩わせないよう、未然に防ぎたいと考えている。

城都へ戻るのは気が進まぬだろうが、手を貸しては貰えないだろうか。私が信頼出来るのは、お前しかいないのだ。

無理強いは出来ない事だとは十分承知しているが、あえて頼みたい。どうか、大公、そしてこの国を救う手助けをして欲しい。私と共にこの国を護って欲しい。

フラブ暦2260年5月末日 マルエイサー――


読み終えて、イグロウは勢大な溜め息をついた。手紙を見つめたまま、無言で固まっている。ワランとイファルは余計な口は挟まず、イグロウの反応を待っている。

数分の間固まったままでいたイグロウだったが、やがてゆっくりと首を巡らして、ワランの顔を見た。

「師匠も人が悪い」イグロウは肩をすくめた。「こんな手紙を読まされて、断れっていう方が無理じゃないですか」

それには、ワランも苦笑するしかなかった。

「判りました。まあ私としても色々と思う所はありますが、師匠のたっての願いとなれば、無下に断る事も出来ませんな。それに、ワラン師を手ぶらでお帰しする訳にもいかんでしょう」

「何の事でしょう?」

「どうせ師匠の事だ、私が渋ったら、何とかして説き伏せて欲しい、とでも言っていたんでしょう?」

そう言うイグロウにワランは肩をすくめて見せた。

「まあいいでしょう。文句は師匠に直接ぶつける事にします。

さてそうすると、お連れの方、イファル師は、私がここを留守にする間の代理を務めて下さる、という訳ですな」

「ご不在の間、しっかりと守らせて頂きます」

イファルは頭を下げた。

「彼は若いですが、アルタやアンクルトールなどの地方都市での布教の実績もある、しっかり者ですのでご安心を」

ワランが澄ました顔で受け合った。

「致れり尽くせりで感謝致します」

多少の皮肉を込めて、イグロウは頭を下げた。




「俺は今から囚人の護送の計画を立てにゃならん。街に帰って部下達と会議をしてくる。夕方に迎えを寄越すから、積もる話でもしながら呑もうぜ」

グラフは元気良く一方的に約束をした。

「まあ良いけど、うちの兵隊達にも呑ませてやっていい?」

ミラールは遠慮がちに尋ねてみた。

「おお、勿論だ!今回の捕物の功労は第十四小隊のものだ。なあに、金なら心配するな。この度の遠征の予算は十分に貰っているからな」

グラフはテンションが高いまま兵営を出て行った。それを見送ると、ミラールは溜め息をついて椅子に座り込んだ。ふと暦を見ると、今日は既に月が替わり、七月 〈(ポルヅ)(ルナツ)〉に入っていた。

「何だか、もの凄く日にちが経ったみたい」

思わずミラールは呟いていた。実際には、正宗と紅竜義勇団との接触があってから、四日しか経ってはいないのだが。

都会での諸々から逃れる為にこの辺境にやって来たはずなのだが、気が付けば何やら忙しく過ごしている。

結局、忙しいのは嫌いじゃないって事なのかな?

そんな事も考えてみるのだが、実は忙しい方が色々と思い出さなくて済む、というのが本当の所なのだ、と判ってはいるのだ。

城都での権謀術策にまみれた日常に比べれば、村長の嫉妬など、物の数ではない。

もう少し、ここでゆっくりさせて欲しいな。

ミラールは思わず溜め息をついた。

そこへ、包帯だらけだが元気一杯のカーツがやって来た。

「隊長さん、牛が二頭、厩舎から逃げ出いたらしいに」

「まあ、それは大変。急いで連れ戻さなきゃ」

ミラールは笑顔で立ち上がった。

辺境の事件は、こんな感じが一番だわ。

「隊長さん、何がおかしいだいね?」

カーツが怪訝な顔をした。

「んーん、何でもないわ。さ、行きましょう!」

ミラールは少女のような笑顔を見せた。




その日の夜。「(トルマン)」から北に少々離れた酒場「森の小熊亭」は、大勢の客で満員状態であった。

「森の小熊亭」は「(トルマン)」で最も大きい酒場である。かつては大勢の旅人達を受け入れていたこの店も、普段はここまで大勢の来客は無いので、広間の半分は使われる事無く営業しているのだが、今日は全面解放である。

ミラール率いる第十四小隊を始め、グラフ大佐とその参謀、中隊長と小隊長、その副長達に、イグロウ、ワラン、イファルの教会組、正宗とバスター、エルヴァント村長に顔役のオガンとアンヴァルなど、主だった顔ぶれがほぼ揃っている。さすがに「森の小熊亭」の従業員だけではまかなえず、「街の粉屋の八人娘」がフェリスを筆頭に四人手伝いに来ている。フェリスは外傷の手当ての跡を隠そうともせず、かいがいしく働いている。それを助けて一緒に仕事をしているカーツが微笑ましい。

「お前らには聞かせた事があると思うが、この女傑がミラール=オルテール大佐だ」グラフは上気嫌でビアーをあおった。自分の部下達を見渡して続ける。「本当なら、こんな辺境にいるような人材じゃないんだがな」

「そんな、持ち上げ過ぎよ」

ミラールも笑って答えた。

グラフに聞かされるまでもなく、オルテール大佐は中ば神格化された軍の英雄なので、中隊長達は興味津々である。特に小隊長達は先の大戦が終わってから入隊した者達ばかりで、ミラールの軍功は彼らの教科書に載っているほどである。

「隊長さんって、そんなにすごい人だっただかいや?」

ロぺルが目を丸くして言った。

「別に凄くはないわ。ただそういう時代だったのよ。国を護る為にやらなきゃならない事をやっただけだもの」

ミラールはそう言って、ビアーをあおった。

「それは確かにそうですが、なかなか実行出来るものじゃないですよ」

リスキンが言うと、他の兵隊達も一緒に頷いた。

「でも、この度の盗賊団の一件は、みんなの働きのお陰で一件落着したのよ」ミラールは笑顔で言った。「第十四小隊のみんなと、司祭様と正宗とバスターとで、この問題を解決したんだから、もっと自信を持ちなさいな」

「おう、そうだぜお前ら。そこのダナウ警備隊がモタモタしている間に、盗賊団を退治しちまったんだ。自慢していいんだぜ」

バスターがあざけるように言った。

「こいつの物言いにはいちいち腹が立つが、今日は仕方ねえな」グラフは肩をすくめた。「こいつの力も一役買ってる訳だからな。今日は"ブレイコー"って奴だ」

「無礼講は上下の別無く楽しく酒を呑む事で、非礼を許す事では無いがな」

正宗がバスターをねめつけながら言う。

「まあまあ、ここは楽しいお酒と行きましょうよ」

イグロウが言葉の割には低い調子で言った。一緒にいる司祭二人もそれほど盛り上がっているようには見えない。

「大体なんでわしらが兵隊と同じ席で酒を呑まにゃならんでーや」

エルヴァント村長が顔役の二人に苦々しく言った。

「『(トルマン)亭』も他の店も、全部若い兵隊達で一杯だでしょんないら」

オガンがうんざりした表情で返した。アンヴァルも頷く。

「どうした村長、ノリが悪いな。今日の村全体の酒代は全部軍が持つから、気兼ねなく大いに盛り上がってくれたまえ!」

グラフのその言葉に、兵隊達から歓声が上がった。滅多にない大盤振る舞いである。

大いに騒いでいるミラール達の席に、イグロウがワランとイファルを伴ってやって来た。椅子を引き寄せてミラールの傍に座る。

「あら、どうしたんです司祭様、せっかくの宴会なのに、あまり盛り上がってないようですね」

しっかり盛り上がっているミラールが朗らかに尋ねた。

「ええ。実はですね、私、この辺境を離れる事になりまして」

「えっ?」

最初に反応したのはミラールよりリスキンの方が早かった。その反応は、次々と第十四小隊の面々に連鎖して行った。

ついさっきまで浮かれていた兵隊達は、血相を変えてイグロウの周りに集まって来た。

「司祭様、離れるってどういう事だいね?」

「エイフからいなくなるだかいや?」

「辺境がいやになっただぁか?」

兵隊達が口々に尋ねるのを、ミラールが両手を拡げて制した。

「みんな、ちょっと待って。司祭様は、まだ何も言ってないわ。とりあえず事情を聞きましょうよ」

そう言われて、我に返った兵隊達は口をつぐみ、真剣な眼差しでイグロウを見つめた。

「何か、この状況も居心地悪いですな」

イグロウは苦笑いした。

「では司祭様」リスキンがイグロウの正面に相対した。「お尋ねします。辺境を離れるとは、どういう事でしょうか?」

「いや、離れるって言っても、一時的な事ですよ。師匠が仕事を手伝って欲しいって」

イグロウがそこまで言ったのを、ワランが続ける。

「ローブマン司祭のお師匠様は、フラブ教中央教会の最高権威であらせられます、マルエイサー大司教猊下です」

その名を聞いて、場の一同が思わずほうと声を上げた。マルエイサー大司教の名前は誰でも知っている。その人柄をして"現人神(あらひとがみ)"と称される、三国いちの聖人である。場が落ち着くのを待って、ワランは続けた。

「その猊下から、城都でのお仕事のお手伝いをご依頼されたのです。お仕事の内容は申し上げられませんが、お手伝いを終えられたら、またこちらへ戻って来ます。ただ、その間は教会が無人になってしまうので、代わりにこのイファルがお留守番をさせて頂きます」

そこでイファルが立ち上がり、皆に会釈をした。

「私は、二 週間(マルス)ほどで引き継ぎをして、城都に向かいます。私が留守の間は、このイファルをよろしくお願いしますね」

イグロウも立ち上がり、イファルと共に頭を下げた。

「大司教様のお仕事のお手伝いじゃあしょんないなあ」

「寂しいだけんが待つしかないら」

兵隊達は、溜め息混じりに渋々ながらイグロウの出張を受け入れた。

「じゃあ、今日は司祭様の壮行会も兼ねて、パーッと騒ぎましょう!」

ミラールが陽気に宣言すると、兵隊達は揃ってジョッキを掲げた。

そこへ、酒場の扉が勢い良く開き、グワラン=プールが飛び込んで来た。

「なんや、みんなしておもろそうにして。わし除けモンかいな」

「あたりめーだ。むしろお呼びじゃねえよ」

バスターが凄んだ。

「うるさいわ。お前こそどこぞに()んどけや。なあダナウの隊長はん、めっちゃええ掘り出し物があるんやけど、お話聞いてくれます?」

オイトルーダ訛りの男に突然迫られて、グラフは思わずミラールを見た。ミラールは、声には出さずに"やめておけ"と口を動かした。

宴会は、夜を徹して行われた。




つづく



20190420

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