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辺境の空は今日も晴れ  作者: 宝蔵院 胤舜
22/31

第八話 帰還命令 1

辺境の空は今日も晴れ 8

The periphery’s sky is still fine 8



帰還命令 Return Instruction



【1】


紅竜義勇団を退けた次の日の朝。

傷の応急処置だけして、疲れ切って泥のように眠り込んでいたミラールだったが、夜明けと共にグラフ大佐に叩き起こされた。

「やあ、おはよう、ミラール!今日も良い天気だぞ!」

「何よ、ラス。ずいぶんとテンション高いのね」

元気の良すぎるグラフに対して、ミラールはまだ肩で息をしている状態だ。

「何を言ってるんだ、ミラール。今日は紅竜義勇団全滅のめでたい日じゃないか」

「そうね。ラスが来てくれたお陰で助かったわ」

それは本心からであった。いいタイミングで地方警備隊が到着した事で、盗賊団が暴走する前に一網打尽にする事が出来た。エイフ村としては、ほぼ無傷でこの難局を乗り切れたと言える。

「盗賊団全員を連行する為の護送船がこちらへ向かっている。そいつが来るまで、もう一日厄介になるぜ」

グラフはそう言って豪快に笑った。

二個中隊が駐留したエイフの街は、にわかに賑やかになった。盗賊団を未明に捕縛した為、軍としての任務は終わってしまっていたので、護送船が来るまでは休暇扱いとなったのだ。

ランカスター公国の軍紀は厳しい事で知られている。ただ、予定外の休暇で兵隊達は大いにハメを外していた。

エイフの街も、戒厳令が解かれたすぐ後に訪れた、この突然の賑わいを楽しんでいた。辺境からすると、地方都市のダナウでも立派な都会である。しかも、ダナウは城都の影響を強く受けている街である。地方警備隊の兵隊達の話題は、全てが都会の香りのするキラキラした話題なのであった。普段とは違う緊張を強いられた村人にとっては、鬱憤を晴らす最良の機会だったのである。

このお祭り騒ぎを、憎々しげに眺めている者がいた。村長のエルヴァントである。彼にしては珍しく、ビアーパブ『(トルマン)亭』で朝からビアーをあおっている。顔役のオガンとアンヴァルは心配そうにそんな村長を見ていた。

「なあ、本当にどうしただあ、エルヴァント。何か変だに?」

オガンが声を掛けたが、エルヴァントは渋い顔をしたまま答えない。

「村長、あんたまだ隊長さんの事を…」

アンヴァルが言い掛けたが、エルヴァントにギロリと睨まれて口をつぐむ。

「これを見ろ」エルヴァントは苦々しく言った。「街の中が兵隊で溢れてるに。先の戦争の時でさえ、こんな事は無かっただに」

「でもお陰で盗賊も捕まって、俺達は助かっただら?何を文句言うこんがあるでぇや」

オガンが肩をすくめる。

「お前こそ何言ってるでえ。兵隊なんぞ、権力を持たせたら何をしでかすか判ったもんじゃないで。あんなでっかい船で飛んで来て、大砲や剣も一杯持って。物騒で気が休まらんわいや」

「ダナウの兵隊達は、街でも大人しいって聞いてるに」

「それがあいつらのやり方だって、まだ気付かんだかオガン。所詮は戦の駒どもだ。どうせ問題を起こすに決まってるだ」

エルヴァントはそう吐き捨てると、ビアーを注文した。

「クズだクズだとは思っていたが、あんた正真正銘のクズだな、村長」

いつから居たのか、バスターがワインボトルを手に立っていた。

「うるさい。余所者が余計な事を言うな」

エルヴァントは振り向きもしない。

「オガンの言う通りじゃねえか。兵隊は嫌いだが、危ない時には助けろってか。都合の良い事ばっかり言ってんじゃねえよ」

「あの隊長が盗賊団に手を出さなかったら、こんな大事にはならなかったかも知れんかったら」

「お前、耄碌(もうろく)してんのか?猟師達がやられそうになってたのを、マサムネと兵隊達が助けたんじゃねえか」

「黙れ、マホー使いが。とにかく、あいつらが早くいなくなりゃ、それで良いだ」

「まあその辺が本音だろうよ」

バスターは鼻で笑った。エルヴァントは憮然としてさらにビアーをあおった。

その時、『(トルマン)亭』の扉が静かに開き、二人の男が入って来た。どちらも略装の法衣を纏っている。マントにはフラブ教会の紋章が刺繍されていて、見るからに都会から来た、という風情である。

そのうちの背の高い壮年の男が店内を見渡すと、カウンターに着いているエルヴァント達の近くまでやって来た。

「失礼。この街の方とお見受けしますが」

「わしは村長のエルヴァントだが、あんたらは何モンだいや?」

エルヴァントは殊更に上からの態度だが、男はあくまで慇懃である。

「我々は城都のフラブ教会本部から来ました。私はワラン司教、こちらはイファル司祭です。こちらに赴任しているローブマン司祭殿を訪ねて来たのですが、どちらにおいでかお判りでしょうか?」

「ローブマン?」

村の顔役三人は互いに顔を見合わせた。

「イグロウの事だろうが」

バスターが吐き捨てるように言った。

「イグロウ=ローブマン司祭殿です」

ワランは辛抱強く操り返した。

「ああ、司祭様か」

エルヴァントはようやくイグロウと繋がったようだ。

「この街の中にはおられないのですか?」

「昨日は色々あっただで、今は大教会にいると思うに」

「そうですか、ありがとうございます」

ワランとイファルは頭を下げると、マスターの茶を勧めを丁寧に断り、そのまま『(トルマン)亭』を出て行った。

「何だっただかいや、今のは」

アンヴァルが訝しげに言った。

「城都からって、一体何の用だっただいね?」

オガンも首をひねる。

エルヴァントは一人憮然としたままビアーをあおった。




イグロウはいつもより遅い朝の勤行を終えて、書斎に戻って来た。デスクの椅子に腰掛けると、大きく溜め息をつく。

彼の両腕は、しっかりと包帯が巻かれている。昨夜の騒動で負った小さな傷がかなりあったので、兵営で手当てをして貰っていたのだ。

イグロウは久し振りに剣を握った。昔は騎士としての訓練も受けた事がある。素人に毛の生えた程度の盗賊であれば、何とかなると思っていたのだが、実際には自らの修行不足に愕然となった。

「また、練習を再開しなければな」

イグロウは、暖炉の上の壁に掛けてある、銀色の棒を見上げながら呟いた。

丁度その時、火にかかっていたポットの蓋がカタカタ鳴り始めた。イグロウはそのお湯でガフィを立てる。馥郁たる香りが部屋全体に漂う。

その香りを大きく吸い込むと、ささくれ立った気持ちも少しは和らぐ心地がした。

争いは、もう懲り懲りなんだがな。

イグロウは声には出さずにそう呟くと、熱いガフィをすすった。そこで初めて空腹に気付いたが、何故か食欲は感じなかった。

ゆっくりと時間を掛けてマグカップ一杯のガフィを飲み終えると、イグロウは箒を手にして教会の正面扉の前に出た。広いエントランスの砂を掃き落とし始める。

掃除を始めて程無く、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、イグロウは手を止めた。しばらく耳をすましていると、また声が聞こえた。階段の下からだった。

下の道からエントランスまでは少々長い階段がある。その下に三人の人影があった。

「おーい、司祭さまー、おいでだかいやー?」

大きな声で叫んでいるのは、下の牧草地で羊を飼っている、ロフルであった。

「ロフルおじさん、おはようございます。どうしたんです今日は?」

イグロウも大きな声で返した。

「司祭さまを訪ねて来たって人達がいただで、案内して来ただ」

ロフルはそう言って、後ろの二人を示した。二人は、イグロウを見上げて小さく会釈をした。ワランとイファルであった。


イグロウは二人を書斎へ通した。応接室はあるのだが、普段使わないそこは、既にイグロウの荷物置き場と化していたのだ。

イグロウは改めてガフィを立てると、二人の客人に手渡した。

「まあどうぞ。すいませんな、こんなむさ苦しい所で」

イグロウは恐縮して頭を下げたが、ワランとイファルは気にする風もなく、ガフィをすすった。どこの教会でも大概は同じようなものなのだ。

「もの凄い田舎で、驚いたでしょう?」イグロウは笑いながら言った。「私も、最初は途方に暮れましたよ。城都と比べると、何も無いも同然でしたから。まあ、今ではすっかり慣れましたがね」

「昨晩は大変だったと伺いましたが」

ワランが尋ねた。

「そうなんですよ。近頃この辺りを荒らしていた盗賊団がやって来て…」

「それで、軍隊が派遣されて来ているのですね」

「昨晩は大騒ぎでしたよ」

「それは、その時の傷ですか?」

イグロウの両腕の包帯を見ながら、ワランが言う。

「ええ、まあ…」

イグロウは曖昧に頷いた。

「ところで」一瞬空いた間で、イグロウは話題を変えた。「お二人は、なぜこんな辺境へおいでになられたのですか?」

イグロウの言葉に、二人は居ずまいを正した。

「ローブマン司祭殿、私達は、マルエイサー大司教様からのご依頼を賜り、やって参りました」

「マルエイサー大司教様から?」

その名前を聞いて、イグロウの胸に疼きを伴った辛い記憶が蘇った。この十年、忘れるとも無く心に蓋をして来た、悲しみの記憶である。

「はい。イグロウ殿を城都にお連れするように、と」ワランは遠慮がちに口を開いた。「私は、詳しい経緯は存じ上げません。ただ、ローブマン司祭殿には城都に戻りにくいご事情がある、とだけ伺っております」

ワランはそう言いながら、鞄を引き寄せ、中から一通の書状を取り出した。

「マルエイサー大司教様は、ローブマン司祭殿は恐らく迷われるだろう、と仰っておられました。ですので、このお手紙を読んで頂いて、その上で判断して欲しい、と。そして、このお手紙を読んで、それでも決めかねる、という事であれば、無理強いはしないで欲しい、とも仰っておられました」

ワランはそう言うと、書状を差し出した。イグロウは少し躊躇してからそれを受け取った。

書状には几帳面なアルキス文字で『イグロウ=ローブマン司祭殿へ』と(したた)めてある。イグロウにとっては見慣れた懐かしい文字である。それは、まさしくフラブ教中央教会の最高権威にして、イグロウの師匠でもある、マルエイサー大司教の手になる文字であった。

イグロウは、ぺーパーナイフで封を開けると、微かに震える指先で手紙を取り出した。ゆっくりと開く。

手紙は、表書きと同じ几張面な文字で埋まっていた。

イグロウは手紙に目を通した。




つづく



20190328

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