閑話休題 陸乃弐
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 陸乃弐
彼の名はドラゴニアス=クワタン。名前のドラゴニアスは、古アルキス語で『幸せの龍』を意味する。
父方はフラブ教会の司教、母方はワイン醸造元と、大層な出自を持つ彼は、随分と甘やかされて育てられた。そして家族からの過度の期待を背負って軍隊に入った。ところが生来の適当さと理解力の無さ、そしてやる気の欠除で入隊後すぐに立派な落ちこぼれとなった。しかし、彼の両親は軍の上層部に顔が利く為、何故か除隊される事も無く、フラブ暦2250年に士官学校に入る事が出来た。
翌2251年にはアルセア戦役が始まり、2253年の戦役終結の年に士官学校を卒業した。その時には戦役の被害で兵隊、特に士官の数が減っており、曲がりなりにも実務経験のある軍人は必要とされていた。絵に描いたようなダメ兵隊のクワタン小尉だったが、このような理由で士官として部隊に配属される事となった。
南方警備隊第二連隊の、第四中隊長として任務についたが、根拠の無い自信の割りに結果が伴わない彼の行動は、瞬時に部下達からの信用を失った。しかし、そんなクワタンは何故かあまり嫌われる事は無かった。究極の前向き思考と天然っぷりは、仕事の相方としてはともかく、楽しい遊び仲間としてどこか憎めない所があるのも事実であった。
「クワタン小尉、今日の師団長の閲兵の件、手配は出来ているか?」
朝の点呼を終えた後、ミラールはクワタンに声を掛けた。
「あっ、えっ、あっ、ハイ、大丈夫です」
クワタンは妙な元気さで答えた。
それに対し、ミラールは腰に手を当てて鼻息荒く睨みつけた。
「クワタン、さっき小隊長達に確認したら、みんな『中隊長からは聞いてない』って言ってたわよ」
それを聞いて、クワタンは首をすくめた。
「すいません、伝達を忘れてました」
「もう、しっかりしてよ。二週間前から言ってあったでしょ?」
ミラールは苦笑いしながら言った。実は二週間前には、ミラールが直接小隊長達に伝達をしておいたのである。クワタンが忘れるのを見越しての事だったのだが、案の上の結果である。
来月行われる、旧アルセア帝国(現ラフヌス共和国連邦)領内に残留している友軍の救出作戦に当たって、自軍の士気を高める為に、救出部隊々長の南方警備隊トーレル師団長、ストッケンガル小将が直々に各部隊を閲兵する、という予定が入っている。救出部隊の選抜は既に済んでいるが、高位の将校が直接言葉を掛ける事は滅多に無いので、こういう機会には兵隊達も大いに意気が上がるものである。
「オルテール連隊長」クワタンが馴れ馴れしく喋りかけた。「知ってますか?ストッケンガル師団長って、かなりの臆病者らしいですよ。何でもこの前の戦役でも…」
「クワタン!」
ミラールは厳しい口調でクワタンを止めた。クワタンは尚も何か言いたげに口をパクパクさせている。
「あなたねえ、人の事はいいから。そんな所だけはマメなんだから。その注意力と情報収集力を、もっと普段の仕事に向けてちょうだい」
「いやでも連隊長、みんなが師団長の事を…」
「みんなはどうでもいいでしょ」ミラールは溜め息まじりで言った。「それよりあなた、この間、物資の発注の件、誰にも引き継ぎしてなかったでしょ。状況が判らなくて大騒ぎになったんだから」
「あれは丁度他に誰もいなくて…」
「そうやって言い訳するのがダメなの!」
何か言いつのろうとするクワタンを、ミラールはピシャリと押さえ込んだ。クワタンは不満げに黙り込んだ。
「ホントにもう、先が思いやられるわ」
ミラールは肩をすくめた。
その後、友軍救出作戦が実行に移され、結果的にはミラールが戦功を上げた形となった。
以来、第二連隊は南方警備隊内の最強部隊の名を欲しいままにし、城都警備の要請を受け、部隊のあるトーレルから首都圏警備隊に出向する事も度々あった。
2256年には、ミラールは昇進が決まり、首都圏警備隊第一師団への転属となった。その時、ミラールはクワタンを南方警備隊から引き抜いて、城都へ連れて来た。
「オルテール中佐、そんなに俺の事を信頼してくれてたんですか?」
感激して興奮するクワタンに、ミラールはさらっと言った。
「あなたみたいなコは、地方警備隊にいても役立たずだし、邪魔になっちゃうでしょ。城都なら交戦の機会も少ないし、街の人達の役に立てるわよ、きっと」
「判りました。俺、ガンバります!」
明らかに判っていない様子を丸出しで、クワタンは元気に答えた。
これはこれで、彼の美徳なのかもね。
ミラールは思わず微笑んだ。
首都圏警備隊第一師団にやって来たクワタンは、第八中隊長として市中見回りの任務についた。決して人当たりが悪い訳では無いクワタンは、そこそこ街の役には立っているようである。
ミラールはその後結婚し、子供も生まれたので、クワタンには一切構わなくなったが、聞こえて来る噂では、相変わらずのダメっぷりを発揮しているらしい。
まあ、中にはこんな奴がいてもいいのかもね。
ミラールはそう思う事にした。
閑話休題
20190319了




