閑話休題 壱乃壱
本編と同じ時間軸で展開する別のお話しです。
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 壱乃壱
エイミス=ド=ランカスターの今の心情を一言で表現すると、「苛立ち」であった。
彼女の前には、長い髪を後ろでくくり、手に刃側に湾曲した短刀を持った「影」が構えを取っている。明らかに誰かを模したその「影」に、エイミスは有効なー撃を与えられないでいた。
エイミスは、手の中の光線剣を握り直した。小さくブンと鳴る。
小さな構えから、鋭く突く。「影」は難なく捌く。
エイミスは剣を引くと、その動きを「ため」にして、左右に斬り下げる。「影」は体さばきでかわす。
右を斬り下ろした所から、手の内を返して、腰を低くして足を払う。
「影」が飛び退がるのを体を回転させながら追い、上段から斬りつけた。態勢の崩れていた「影」は剣で直接受けた。その衝撃で後ろへたたらを踏む所に、エイミスは得たりとばかりに両手持ちで思い切り斬り下げた。剣は「影」を真っ二つに斬り、勢い余って地面と、その先にある石壁の表面を十 cmほど穿った。
「何事です!」
その轟音に、待女長が飛んで来たが、庭の有り様を見て、絶句してしまう。
「ご免ね、お騒がせして。でも何でもないから、気にしないで」
エイミスは悪戯っぽく笑って言った。小さく肩をすくめて見せる。
「何でもない訳無いでしょう!!」
待女長の癇癪が爆発して、エイミスは両手で頭を抱えた。
「何事ですか!」
ややあって、待女のマリーナ=レンドルとー緒にアルオット=レボネルが駆け込んで来た。彼は、城都近衛第一大隊長である。
「ああ、アル、おはよう。別に何でもないの」エイミスは取り繕うように言った。「ね、ほら、いつもの事よ」
レボネルが見ると、エイミスの足下に人形の紙が真っ二つになって落ちているのが目に入った。その表面に「ミラール」と書かれている。
「ああ、成程。いつもの事ですな、エイミー」レボネルは笑った。「『ペパ・イルソン』ですね。鍛練に余念がなかったって所ですか」
「あなた、そうやって馴れ馴れしく呼ばぬように、と言っているでしょう!」
待女長がヒステリックに叱責した。
「いいじゃないの、別に。あたしとアルの仲なんだから」
エイミスが軽い調子で返した。だがそれは逆効果だった。
「何を仰っているんですか公女様。それにその短いスカートは何です?お裾が見えてしまいますよ」
「可愛いでしょ。巻の女の子達の流行りなんだから」エイミスはスカートをチラリとめくって見せた。「下にスパッツを穿いてるから大丈夫よ」
「姫、ちょっとやりすぎですよ」
マリーナがやんわりとたしなめた。
「もういいお齢(二十四)なのに、おてんばは直らないんですか?オルテール大佐に来てもらいますよ?」
待女長にそう言われて、エイミスは明らかに動揺した。思わず部屋の入り口に目を遣る。
「そりゃあいい」レボネルも茶化すように言う。「鬼家庭教師に、しっかり躾してもらわなきゃ」
「来ないもん」エイミスは不安げに反論した。「ミラールねえさんが田舎に行くって、知ってるもん」
「本当に、ミラールはもう来ないんでしょうかね」
レボネルが呟くように言った。
「昨日、城都を発ったようですよ」
マリーナが言うと、エイミスはそれに噛みついた。
「何よそれ。あたし聞いてないよ」
「ー昨日、辞令を受けた後に、挨拶に来ましたよ」
レボネルが事後報告する。
「あたし、ねえさんにもっと色々な事、教えてもらいたかったな」
エイミスは遥かな空を見上げながら、呟いた。
彼女こそは、今から八年前に、暗黒神ダンズ・ダンズを封印し、世界を救ったランカスター公国公女、エイミス=ド=ランカスターその人である。
閑話休題。
20170131了
20170214一部表現改




