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辺境の空は今日も晴れ  作者: 宝蔵院 胤舜
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閑話休題 伍乃参

辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 伍乃参



ガンロート王国の港町クタスから、首都であるドブライまでは、馬でちょうど一日の距離である。クタスの公設市場の早網で新鮮な魚を朝食で食べてから出発して、ドブライの城壁門に着くのは深夜となる。

ただ、そのあたりは旅人の都合に配慮されていて、夜遅くでも泊まれる宿、飲み食い出来る食堂や飲み屋などは営業している。

そんな飲み屋の一軒に、一人の男がやって来た。目深に被った帽子と顎を覆った髭のお陰で、表情は読み取れない。

「お客さん、お疲れさん。この時間って事は、クタスから来たのかい?」

おかみさんの言葉に、男は無言で頷くと、背中のリュックを下ろし、マントを取った。帽子はまだ取らない。

「うちは酒も料理も、泊まりもいけるよ。どうするね?」

「そうだな、酒とつまみを貰おうか。後で泊まる部屋も用意してくれ」

「あいよ。とりあえずそこに座って」

おかみさんに勧められるまま、カウンターの隅に陣取る。すぐにビアーが出て来る。鞘ごと茹でた豆が小鉢にひと盛り。

男は帽子を取ると、ビアーを一気に呑み干した。

「お客さん、旅慣れしてるようだね」二杯目を注ぎながら、おかみさんが尋ねた。「見たところ、この辺の人じゃ無さそうだね。どこから来たんだい?」

「公国の辺境出でね、食い詰め傭兵の成れの果てさ」

男は笑った。その男の顔を見て、奥で酒を呑んでいた騎士がこっそりと裏口から出て行った。

男はそれに気付いていたが、素知らぬ顔で肉料理を注文した。

男がスペアリブをがっつりと食べた所へ、どかどかと五人の騎士達が踏み込んで来た。

「ちょっと、何よあんた達。お客さんがいるんだから、騒がしい事はやめとくれよ」

おかみさんが文句を言ったが、彼らは構わずカウンターに近付いた。

「おい、お前」騎士の若い男が口を開いた。「俺は、ザネル騎士団の副団長、エルロッツァだ。お前、剣士ランバラッタに間違い無いな?」

男は、エルロッツァを見ずに答えた。

「まだスペアリブがひと切れ残ってるんだ。邪魔しないでくれないか?」

「ふざけるな!」

騎士の一人が皿を払い落とそうとするのを、男は素早く皿を取り上げ、それをかわした。

「勿体無い事をするな」

あっさりとあしらわれた騎士が拳を握りしめるのを、エルロッツァが止めた。

「さすがは辺境一の剣士だ。ザネル騎士団の五人を前に怯まぬとは。だが、とぼけても無駄だ。お前の事は、クタスから報告が上がっている」

「ゴダールの野郎、チクりやがったな」

ランバラッタは勢大に舌打ちをした。不遜な態度に、騎士達が怒りを募らせる中、エルロッツァだけが(表面上だけでも)平静を保っている。

「お前がガンロートの内状を嗅ぎ回っている事は判っている。俺達は、スパイの存在を許す訳には行かねぇんだよ」

「スパイとは聞こえが悪い」ランバラッタは唇をゆがめた。「まるで嗅ぎ回られたら都合が悪いような言い草だな」

それを聞いて、他の騎士達が気色ばむが、エルロッツァは余裕の表情で彼らを止めた。ランバラッタの挑発に慣れて来たのだ。

「悪いが、これは"要請"では無い。"命令"だ。大人しく従って貰おう」

エルロッツァは静かに言うと、腰の段平に手を掛けた。

「はいはい、判りましたよ」ランバラッタは肩をすくめた。「せめて、スペアリブは食べてしまっても良いか?」


ランバラッタは、ザネル騎士団の詰所にある牢に入れられた。冷たい石の床に、薄い毛布が一枚あるだけである。

「せめてひと晩は、宿のベッドで寝たいんだがな」

ランバラッタは、牢のすぐ外にいる見張りに声を掛けた。見張りは、何も答えず、肩をすくめただけだった。

「ザネル騎士団と言えば、ガンロート王家直属の騎士団だったよな。何でも、ランカスター公国のファンネル騎士団に匹敵する歴史があるって聞いたぜ」

「『匹敵する』では無い」見張りは憮然とした態度で言った。「我らこそが、最古にして最高の騎士団なのだ」

「そうかい」ランバラッタは小さく笑った。「では、そんなザネル騎士団が俺如きに出張って来たって事は、この度の独立運動は、ガンロート王家の意向と言う事で間違い無いか?」

見張りは、ランバラッタを睨みつけたが、言葉は発しなかった。

「それとも、王家とは違う別の勢力があって、現王家の転覆を謀っているのか?答えろ、ヘリエッテ」

「貴様、なぜ俺の名前を?」

突然名前を呼ばれたヘリエッテは動揺した。そんな彼の目を、ランバラッタの濃い茶色の瞳が射抜いた。

「答えろ、ヘリエッテ。お前らザネル騎士団は、誰の企みに与しているのだ?」

名前を呼ばれた時から、ヘリエッテは自らの意識をランバラッタに囚われていた。質問に抗えない。

「王家の方々は、ご存知無いはずだ」ヘリエッテの口から言葉が滑り出す。「やんごとなき方々は、特に独立は望んでおられない」

「では一体誰の意志なのだ?」

「それは、我々では判らない。隊長はご存知かも知れないが」

「そうか。隊長か。名前は?」

ランバラッタは尋ねた。へリエッテは少し抵抗したが、ランバラッタに強く睨まれると、渋々口を開いた。

「我々の隊長は、エンルァッテ卿だ」

「エンルァッテ卿はどこにいる?」

「今日はもうお屋敷に帰っておられるはずだ」

「そうか。判った。ではへリエッテ、私をここから出してもらおう」

ランバラッタはそう言うと、鉄の格子戸から離れた。へリエッテは少し迷ったが、すぐに鍵を開けた。

ランバラッタは牢から出ると、自分の荷物を取り戻した。腰に光線剣を差すと、ようやく人心地が着いた。

「では悪いが、暫く眠っていてくれへリエッテ」

ランバラッタはそう言いながら、へリエッテに向けて掌を差し出した。次の瞬間には、へリエッテは気を失って床に倒れていた。


エンルァッテ卿の屋敷は、ザネル騎士団詰所にほど近い、貴族の邸宅が建ち並ぶ一角にあり、とりわけ豪奢な建物であった。

厳しい門には二人の門番が槍を手にして立っている。

「国王並みの警備だな」

ランバラッタは呟くと、物陰から人差指で門番の二人を突く仕草をした。二人はその瞬間意識が飛び、立ったまま気絶した状態となった。ランバラッタはその間を悠々と通り抜けた。屋敷の扉を閉める直前に指を鳴らすと、二人は意識を取り戻し、何事も無かったように見張りを続けた。

夜も更けていたので、家人も使用人も寝静まっている。音の無い広い屋敷の中を、ランバラッタは静かに素早く移動する。

三階中程の部屋の窓に、鎧戸越しの灯りは確認していた。廊下にも、扉の隙間から光が漏れている。

ランバラッタは扉に手を当てた。内側で掛かっていた閂が外れる音がした。ランバラッタはそのまま扉を押し開いた。

部屋の中では、男が机上で何か書き物をしていた。大きな羊紙皮が見えた。突然の侵入者にも、取り乱す事無く、書き物を続けている。

「こんな遅くに何用か?」

男は机から顔を上げた。鼻下から顎にかけて整えられた短い髭が被っている。肚の据わった顔つきである。

「お主がエンルァッテ卿か」

「そう言うお前はランバラッタだな」

「良くご存知で」

「剣客嫁業でお前を知らんのは、もぐりだ」

「それはどうも」

ランバラッタはおどけて一礼して見せた。

「お前が公国の間者という訳か」

エンルァッテは言いつつ、机の上の羊紙皮を引き出しにしまった。

「間者と言うより、実態の調査だ。このところ、公国内で不隠な動きが見られる。これが、支配者レベルの意志ならば、最悪の事態も想定しなければならない」

ランバラッタは鋭い目でエンルァッテを見た。

「ファンネルは幻術をよくする、と聞く」エンルァッテは唇の端を吊り上げた。「私には通用しないよ」

「しなくて結構さ」ランバラッタも唇をゆがめた。「お主が正直に話してくれれば、必要の無い技術さ。お主達は、公国からの独立を考えているのか?」

「だとしたらどうする?」

「公国内の反乱分子に手引きしているのがお主達だとしても、お主達のパトロンによっては、こちらの対応も変わる、という事だ」

「つまり?」

「内々のクーデターなら、私がお主を殺せば済むって話しさ」

「ザネル騎士団の『光る(やいば)』の真髄を見せてやろう」

エンルァッテは笑った。次の瞬間、ランバラッタに三本の光が放たれた。ランバラッタはそれを避けながら、体を回転させつつ光線剣を抜いた。青い光が輝き、投げナイフが一本切り落とされた。他の二本は床に突き立つ。

「ザネル騎士団には、光線剣を持つ事は叶わなかった。そこで上位のザネル騎士は、三本の刃を持つよう定められたのだ」

「成程、『ザネルの光る刃』は隠密のものか」

ランバラッタが呟いた時、にわかに屋敷の外が騒がしくなった。どうやら破獄が露見したらしい。

「思ったより早かったな」

そう言ったランバラッタに、再びナイフが飛んだ。無意識に避けた彼の右肩が石壁に触れた。壁際に追い込まれた形だ。

突然、ランバラッタの目前に独特のまだら模様の服に全身を包んだ男が現れた。恐らく最初から部屋の中にいたのだろう。人間の意識に残りにくい服を纏い、気配を消していたらしい。右手側は壁で塞がれた格好だ。

刃のダガーを左手で軽く逸らしたランバラッタは、右手の光線剣を壁を切り裂きながら振るい、刃のダガーもろとも右手を斬り落とした。傷口は焼き切れ、出血も無い。

刃は声も立てずに退がる。ランバラッタは身構えたが、二撃目は無かった。エンルァッテが止めたようだ。

「今日ここでお前とやり合って騒ぎを大きくするのは、本意では無い。帰って貰って結構だ」

「独立を望むなら、正式な外交交渉を持てば良いではないか」

ランバラッタの言葉に、エンルァッテは薄く笑った。

「それでは困る御尽がいるのかも知れぬよ」

「成程。その旨報告しておこう」

ランバラッタはそう言うと光線剣を納めた。

「ご随意に」

エンルァッテは肩をすくめた。

フラブ暦二二五八年、ガンロート、そしてランカスター公国の低暗部で何かが蠢き始めているようだった。




閑話休題



20190129了

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