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辺境の空は今日も晴れ  作者: 宝蔵院 胤舜
16/31

閑話休題 伍乃弐

話としては、本編と同じ時間軸ですが、


『龍が往く 外伝

――もし現代の異能者が異世界に召喚されてしまったら――』

「その拾参」


と内容がリンクしています。

辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 伍乃弐



ランカスター公国城都の一角にある、ヒノモト風酒場「(ポルヅ)(カサ)」には、風変わりな客がやって来る。

いつも店の隅の席に座ってくだを巻いているおじさんがいる。ウガタ=ロスファル元軍曹(自称)。二日に一度はやって来て、毎度ぐでんぐでんに酔っぱらって、フラフラと帰って行くのだが、誰彼構わず取り付いて無理矢理話しを聞かせるので、皆が迷惑をしていた。それも、大戦中に戦場で体験した、という荒唐無稽な話しを延々と繰り返すのだ。

今日のウガタは、訳も無くとても上機嫌だった。そんな彼が一組の男女に目を付けた。一人は城都近衛兵の略服を着けた若い男、もう一人は目の覚めるようなブロンドを後ろで束ね、当世流行りの短いスカートを着た、健康的な美女であった。

「ほい、ちょっと失礼するよ」

ウガタは言いつつ、勝手に椅子に座った。手に持っているジョッキから「レイシュ」を一口呑む。

「何だ、あんたか」

男が溜め息をついた。ウガタが来たら、ひとしきり話し終わるまで追い払う事も出来ない、と知っているのだ。

「何だ、とはご挨拶だな」ウガタは少々呂律の回らない口で言うと、テーブルに肘をついた。「俺はあんたとは初めて会うんだが?」

「あんたはこの店じゃ有名人だよ」男は肩をすくめた。「ご免な、エイミー。変なのに見込まれちゃって」

エイミーと呼ばれた女は、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ、フランツ。それよりおじさん、私達に何か用?」

「おおよ、大ありよ」ウガタは相手にしてもらった事で、更に上機嫌になった。「あんたらに、俺が体験した、面白い話を聞かせてやろうと思ってな」

その言葉に何か言おうとしたフランツを、エイミーは手で制した。

「それって、どんな話?」

エイミーの前向きな反応に、ウガタは「レイシュ」で口を湿らせると、勢い込んで話し始めた。

「五十三年(フラブ暦2253)、あの大戦が終わった時、俺がいた中隊は、ミラヒイ山脈で陣を張ってたんだ」

彼の居た第四十六中隊は、第十二中隊と共に、遊撃隊として敵の領内深くに入り込み、橋頭堡となる任務を担っていた。終戦間近であったが、帝国軍の後続を断つ事が最大の作戦であった。

ウガタの中隊が、カルテンヌ軍と衝突したのは、終戦の一ヶ月ほど前だった。民兵レベルの練度だったが、その分勇猛で、公国軍にもかなりの被害が出た。

何とかカルテンヌ軍を退けた中隊の元に、戦争終結の知らせが届いたのは、終戦から二ヶ月ほど後の事だった。

「そりゃあ、俺達は大喜びだったよ。ようやく国に帰れるってな」

ウガタはそう言って、「レイシュ」を一口呑んだ。勢大に酒臭い息を吐く。

「その言い方だと、何かあったみたいね」

エイミーが促すように尋ねた。ウガタは得たりとばかりに膝を叩いた。

「そうなんだよ、エラい事が起こってな。俺達が撤退するって日に、ドラゴンが現れたんだ」

「ドラゴンが?」

エイミーは目を丸くして驚いた。話し半分で聞いていたフランツも、思わず身を乗り出す。

「あんた、ドラゴンを見たのか?」

フランツは思わず尋ねていた。

「おうよ」ウガタは頷いた。「全身真っ赤な奴だ。近付いただけで熱いんだ。そいつが口から火の球を吐きやがって、一帯が燃え上がっちまって、俺達の帰り道が塞がれちまったんだ」

「攻撃されなかったの?」

エイミーが首をかしげた。

「奴は、わざと外したんだ。そのせいで、俺達は南南東の山道を通るしか無くなっちまった。そしてそっちには、オークのコロニーがあったんだ」

オークのコロニーに接近し過ぎた遊撃隊は、当然のようにオークの群れの襲撃を受けた。何とか撃退はしたものの、兵隊達もかなりの痛手を被った。

一度は退けたものの、オークはしつこい事で知られている。連中の追撃を避ける為に、ミラヒイ山脈を登るルートを選ばざるを得ない状況に追い込まれたのである。

かなり山腹を登り、平らな場所を見つけて宿営地を作り、負傷者の手当てをした。オークを引き離す為、かなり無理を押して移動したので、皆疲れ切っていた。

三日間そこに留まり、いざ移動を始めようとした前の日の晩に、オークに夜襲を掛けられた。夜行性で、暗闇に強いオークは、更にトロールを二匹連れて来ていた。巨大で凶暴で低脳で痛みに鈍感なトロールは、この上無く厄介な敵であった。何とか夜明けまで逃げ切ったものの、何人もの死者を出す甚大な被害であった。

「そんなに強いのか、オークやトロールは」

フランツが口惜しげに言った。すっかりウガタの話しにのめり込んでいる。

「オークはまだ何とかなるが、トロールはダメだ」ウガタは首を振った。「あんな化け物、人間に太刀打ち出来ねえ」

ウガタはそこでジョッキを呑み干し、一息ついた。

「奴らは太陽を嫌う。だから、日中は追って来ねえ。それに足が遅い。俺達は夜通し逃げて、何とか山腹の洞窟、というより少し深いだけのへこみだが、そこへ逃げ込んで、周りの木を切り倒してなけなしの防壁を作ったんだが…」

遊撃隊も二割近くが負傷していたので、防壁を擬装して息を殺して回復に努めた。しかし、夕刻となると、再びオークの軍勢が動き始めた。

「奴らのブタッ鼻はよく利きやがる。俺達の急ごしらえの擬装なんか一発で見破られたよ」

ウガタは肩をすくめた。

ただ、オークの力だけでは防壁を破る事は出来なかった。

やがて完全に日が没すると、トロール二匹が追い付いて来た。

トロールの棍棒の破壊力は凄まじく、見る見るうちに即席の防壁が壊されて行く。

皆が覚悟を決めたその時、周り一帯が眩い光で照らし出された。突然の明るさに、オークとトロールはうろたえた。少し遅れて、飛空艇(ロクサール)の発動機構と回転翼の音が聞こえて来た。まだ事態を把握出来ていない遊撃隊の全員の頭の中に、男の声が響いた。

「爆弾だ!伏せろ!」

兵隊達が慌てて伏せた直後、飛空艇から投げられた手投げ弾が、オークの群れの中で炸裂した。空爆用の対地爆弾ではなく、対人用投擲弾なので、威力では少々劣るが、オーク達を一瞬でも怯ませる役には立った。

そして、最後に飛空艇から男が一人飛び降りて来た。ドンと音を立てて着地する。

「えっ?ロクサールから飛び降りたの?」エイミーが聞き直した。「だって、対地上戦滞空高度の下限は三十 m(ノース)でしょ?」

「良く知ってるなお嬢さん。そうさ。あの男は、三十ノース上空のロクサールから飛び降りたんだよ」

それからの事は、ウガタも良く覚えていないらしい。とにかく、男が何か呪文のようなものを唱える度、オーク達が吹っ飛ばされる光景だけが目に焼き付いている。

「凄い、ねえさんに話してもらったのと同じだ」

エイミーは瞳を輝かせた。

「最初の光だって、俺達が使っている燭台や松明では到底作れっこない強さだった。そこで、俺は考えたんだ」

ウガタの確信に満ちた表情を見ながら、エイミーは尋ねた。

「あなたは、一体何を考えたの?」

「あいつは、魔法使いに違い無い!」

「コラァッ!フランツ!どこだ!?」

ウガタの言葉に被るように、もの凄い怒鳴り声が響き渡って、店内にいた全員が飛び上がった。

「あ、アルだ…」

エイミーが小さく呟いて、こめかみを押さえた。

「えっ?大隊長?」

フランツも呆然と呟く。

アルオット=レボネル城都近衛第一大隊長は、やはり略式ながら金モールの輝く軍服で、ドカドカと店内に入って来た。

「ねえ、フランツ」エイミーが小声で言った。「スキを見て逃げるよ」

「えっ?でも…」

さすがにフランツも即答は出来なかった。

レボネルは威圧的な態度でフランツとエイミーの横に立った。

「おい、ウガタ、お前まだこんな事やってるのか?」レボネルは意外に優しい声で言った。「大変な思いをしたのは判るが、お前も予備役だ。何かあった時にはしゃんとしてくれよ」

レボネルの言葉に、ウガタは曖昧に頷いた。

レボネルは目をエイミーに移した。

「エイミー、頼みますよ、俺達を心配させないで下さい。もし何かあったら、俺は多分、フェミナンス女史に刺されますよ」

むしろ懇願するようなレボネルの態度は、フランツが初めて見るものだった。

「ねえ、アル、私、大丈夫だから」エイミーがにこやかに言った。「メアリーに言っといて。私、もう子供じゃないんだって」

エイミーの言葉に、レボネルは溜め息をついた。

「だから心配なんですよ」そう言ってから、レボネルは口調を改めた。「おい、フランツ曹長!」

「はっはいっ!」

急に矛先が向いて、フランツは跳ねるように立ち上がった。

「お前、どこでエイミーと逢ったんだ?」

「あ、はい。『バッカス・バル』の前で」

「エイミー、最近はそんな所を出入りしてるんですか?」

「だって、若いコが集まって来るから、面白いんだもん」

「で、その酒場の前でナンパしたのか?フランツ」

「いえ、あ、はい」

「何だ煮え切らない返事だな」

「アル、実は私から声を掛けたの」

「エイミーが?」レボネルは額を押さえた。「フェミナンス女史が知ったら、卒倒ものですな」

「でも、近衛兵の略服着てたし、見覚えのある顔だったから、安心だったんだもん」

そんな二人のやり取りを聞いている間に、フランツの心中に何やら不安感が膨れ上がって来た。

この女性は一体何者なんだ?

そんなフランツに、レボネルが小声で言った。

「お前、この方が誰だか判っててご一緒したのか?」

「えっ?」

「お前、剣を捧げた相手の顔を覚えてないのか?」

レボネルそう言うと、片手で顔を覆って見せた。

その時、エイミーは素早く立ち上がると、フランツの手を引いて走り出した。

「あ、こら、エイミーっ!」

レボネルは声では制止する素振りを見せたが、体は動かさなかった。

「アル、ここの支払いお願いね」

エイミーはそう言い置いて、フランツと共に店を駆け出して行った。

その二人を見送って、レボネルは肩をすくめた。

「やれやれ、これでまたフェミナンス待女長に大目玉だ」



閑話休題



20180821了

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