閑話休題 肆乃弐
辺境の空は今日も晴れ 閑話休題 肆乃弐
「はぁーっ」
ダン=バルは大きな溜め息をついた。
「どうしたんです?船長。溜め息をつくと、運が逃げるって言いますよ」
タイショーが笑いながら、カウンターにレイシュを差し出した。
ここは、ランカスター公国城都の一角にある、ヒノモト風酒場「海の家」である。
「船長の仕入れてくれた"マグロ"、やはり大人気ですよ。特に"サシミ"で食べられるものは、城都ではまず手に入りませんからね」タイショーは腕を組んだ。「ついさっきも首都大本営指揮官補佐官の皆さんにお出ししたら、大層喜ばれましたよ」
「ああそうかい、そりゃ良かったなぁ」
ダン=バルは他人事のように答えた。
「何かあったんですか?」
さすがに心配になって、タイショーは尋ねた。
「なあ、タイショー、結婚して、良かったと思うか?」
「何ですか藪から棒に…」タイショーは目を丸くした。「まあ、私は、良かったと思ってますよ」
「確か、タイショー、子供もいたよな」
「女と男」
「重荷に感じた事はないか?」
そのダン=バルの問いに、タイショーは何かを感じたようだ。
「……判りました。ちょっと待ってて下さいよ」
タイショーは一旦厨房に入ると、弟子に色々と指示を出した上で、皿とビアーのジョッキを持って出て来た。ダン=バルの横に腰掛けると、皿を置いた。少し見た目の悪い、赤い魚の身が載っている。
「これ、"マグロ"の骨の周りの身です。見た目は良くないですが、旨いですよ」
タイショーが笑って皿を差し出した。ダン=バルはワサビ醤油で一口食べる。
「おっ。確かに旨い。これって、品書きにはないな」
「見た目が悪いんで、お客さんには出せないんでね。まあ、役得って奴で」
タイショーは悪そうに笑った。そしてビアーを一口呑むと、ダン=バルに顔を向けた。
「そう言えば、昨年、子供が生まれたって言ってましたね」
タイショーにそう言われて、ダン=バルは小さく頷いた。
「相手はヒトじゃねえのよ」
「知ってます。あの狼少女ですよね」
タイショーは笑って言った。ダン=バルの連れ添いはミーウェルというローヴェン族の娘で、城都では珍しいワーヒューマンである。店に初めて来た時には、焼き魚を手づかみで食べようとしていたが、今では上手に箸も使う。
「かわいい娘だったじゃないですか。子供もさぞかしかわいいんでしょうね」
「まあな」ダン=バルは笑って答えた。「確かにかわいい。ミーウェルもかわいい。それが問題なんだ」
それを聞いて、タイショーはピンと来た。
「ははあ、なるほど」タイショーはビアーの残りを呑み干した。「守りに入った自分が、何となく許せないんですね」
「そう。それだ」ダン=バルは膝を叩いた。「まさしくそれだ。俺は、冒険が恐くなったんだ。このダン=バルともあろうこの俺様が、家族の事が心配で、未知の世界に踏み出せなくなっちまったんだ」
「戦前はお尋ね者だったって聞いてますよ」
タイショーが声をひそめて言った。
「まあな」ダン=バルも声をひそめた。「あの頃の俺は、主にアルセア帝国の船を狙った空賊だったからな。それがまあ、不思議な巡り合わせで、かの有名な東方遠征に同行する事になっちまって」
「もの凄い大冒険じゃないですか」
「あの時は楽しかったよ。毎日が冒険だったからな。ミーウェルと二人で船を操って、おてんば姫に同行した道中は、今でもはっきりと思い出せる」
「あたしも楽しかったよ、船長」
その声に、ダン=バルは飛び上がった。見ると、ミーウェルが子供を抱いて立っていた。昔は、ローヴェン族のうなるような言葉しか喋らなかったが、今では普通にアルキス語を話せるようになっている。子供の為に、と猛練習をしたのだ。
「あたしは、あんたが暴れ回ってるのが好きたった。でも、今の、あたし達を守ろうとしてる、そんな所も好きだよ」
ミーウェルの屈託ない笑顔を、ダン=バルはまぶしそうに見つめた。
「だからね」ミーウェルは言葉を続けた。「あんたの好きなようにやりなよ。お姫様に顔を背けられない事なら、どんどんやっちゃったらイイのよ。家の事は心配しないで。留守くらい守れるよ。一緒に冒険した相棒なんだから、もっと頼ってもいいよ」
その言葉を聞いて、ダン=バルは何か目が覚めたような気がした。
「ありがとう、みんな。ありがとう。俺は、家を、家族を守るってのは、殻に籠ってやり過ごす事だとばかり思ってたよ。でも、そればかりじゃないんだな。俺が俺であり続ける事で、護れる事もあるんだな」
「ようやく、前向きな発言が出ましたな」
タイショーが笑いながら言った。
「それに、俺が家族を守ってるのと同じように、俺も家族に守られてるって事にようやく気が付けたよ。本当にありがとう、タイショー」
「私は何もしてませんよ」
タイショーは新しいビアーを注ぎながら笑った。
「よっしゃ!一丁攻めるぞ。今までは安全の為に手を出さなかったルートも開拓して行くぜ!これまで以上に、珍しい食材を仕入れてやるから、待ってろよタイショー」
「ご禁制品は遠慮しときますよ」
「スレスレで行くさ」
ダン=バルはミーウェルに微笑みかけた。ミーウェルも笑顔で返した。
この後、エイミス姫と再会したダン=バルが、彼女からのお墨付きを貰い、「天下御免の運び人」として名を馳せる事になるのだが、それはまた別のお話し。
閑話休題
20180208了




