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天安門事件を契機に渡仏した女性が仏語で書き綴った故国の歴史小説

 わたしがその本に目を留め、手に取ったのは、表紙に天野喜孝のイラストが施されていたからだ。だが、単なるジャケ買いではない。題名は『女帝 わが名は則天武后』とあり、帯には、「天よ、なぜ私を選んだのだ―」と入っていた。

 中国の史上正式に帝位に就いた女性武則天を冷酷非情に、また史実を淡々と描いた作品ではないのか。わたしはその本を買い、読んだ。

『女帝 わが名は則天武后』の作者は山颯(シャンサ)で翻訳は吉田良子、草思社の本だ。

 作品は歴史上の出来事を叙述していくが、それよりも圧倒的な言葉があった。主人公が母の胎内にいる時から、そして死後も現世を見詰め、語り続ける。現実と幻想、天からの啓示と主人公が呼ぶ精神世界。

「私」と一人称で語る主人公は恐ろしいほど物事を俯瞰して観ている。主人公は武則天その人。年齢やその時の身分によって様々に呼び方が変わるが、紛らわしいのでここでは武則天と呼ぶ。

 母の胎内での語りから、次は男子の期待に添わず女性と生まれたこと、父の死により生活が転落すること、父を知る人の推薦で唐の太宗の後宮の女官となることが次々と述べられていく。幼い頃から武則天は自然の悠久なる姿を眺めるのを好み、乗馬など体を動かすのを好んだ。好奇心に溢れ、興味を持ったら追求せずにはいられない向上心があった。母から教え込まれた仏教への傾倒、負けん気の強さが激情を抑えた語りの中から印象付けられていく。

 農村にある父の本家で厄介者扱いされていた武則天は、その辺境では女として大出世の後宮勤めにとなるのだが、華やかな都や宮殿の様子に惑わされない。多くの女性が妍を競う後宮で、太宗の好みの容姿でない、やせっぽちでさして美しくない少女は皇帝の臥所に招かれなかった。後宮の女性としての躾や教養を修めながら、運動は禁じられていないと、乗馬を止めなかった。

 馬場で、太宗の息子である、年下の後の高宗と出逢う。

 その時は友情だと思っていた。それは男女の愛となる。

 太宗の死後、武則天は尼となり、寺で暮らすが、三年後、還俗して高宗の後宮へ入った。この時、その時代では女として終わりと言われる三十手前。武則天はそこで男の子を出産する。次いで女の子を。

 この女の子が、高宗と武則天が乗馬で出掛けている間に亡くなり、その頃に部屋に来ていた王皇后が疑われるようになる。皇后が廃され、新しく武則天が皇后に立后した。

 王皇后を陥れる為に武則天が生まれたばかりの娘を殺したのではないかと、武則天の業績を紹介する文によく載せられている。考えてみるとおかしな話だ。王皇后が武則天の生んだ子を殺すのなら、先に生まれている男の子の方を狙うべきなのだ。そして当時は、宮廷でも後宮女官は健康的な生活をしているとは言えず、産婦の死や死産、乳幼児の死は現代日本のように数少ないとは言えなかったはず。ことさら声高に喧伝することだろうか。この物語では、女の子は本当に外出中にあっけなく亡くなり、医師の見立ては暖房の石炭の焚きすぎでの窒息死とされている。

 皇后になった武則天は太宗の時代に秘書の役割をしていたこともあって、高宗を輔弼した。高宗は偉大な祖父と父を超えられない、皇帝にはなりたくないと少年時代から悩んでおり、事実大器ではない。高宗を手助けする以上に、武則天は目を配り、国を治めた。高宗の跡目を継ぐべき息子たちは、誰も皇帝の器として不足だった。実家の武の一族も武則天の助けになるくらいの信頼関係が築けなかった。頼れるのは自身で見出してきた官僚たち。遂には多くの者の声に応える形で武則天は帝位に就く。

 科挙の制度をはじめ、告密の門という目安箱のようなものを作り、広く人民の声を取り上げようと努めた。武則天の作った法律や戒律は応用されながら残っている。「私」が貶められようとも、「私」は天から選ばれ国を治めた、「私」はとこしえにかわらずこの世にある……。

 読後、酩酊に似た心持ちだった。全て作者が史実をつなぎ合わせて創り上げた物語なのか。魔法を見せられていたのではないか。そんな気持ちになった。一人の女の一生を描いたというには、あまりにも壮大な世界。愛し合いながら、また、信頼し合いながら、結局は誰とも理解し合えず、孤独なまま、しかし、強い女性。

 山颯は中国の北京生まれ、両親は大学の教員と、巻末の訳者あとがきにある。天安門事件以後、フランスに渡った。そしてこの物語は中国語ではなく、フランス語で書き綴られた。原題は『Impératrice』。

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