映画『文学賞殺人事件』
映画『文学賞殺人事件』の内容に触れます。未見の方はご注意ください。
新聞を読んでいたら、広告にあらっと目を留めました。KADOKAWAの本で『騙し絵の牙』(塩田武士)、本屋大賞ノミネートと大きく紹介されていました。横に、「筒井康隆、うなる!」とあります。「『大いなる助走』の”以降”が……」ともありまして、ふふーん、この本は、出版業界や文壇の内幕を描いた作品なのかしらと、首を傾げました。
筒井康隆の『大いなる助走』は読んでいませんが、それを原作にした映画『文学賞殺人事件』を学生時代に観たよなぁと昔を思い出しました。主演が佐藤浩市で蟹江敬三や石橋蓮司がその地域の同人誌仲間で出演していました。
その映画の世界では、日本の文学賞で権威あるものが純文学では芥山賞、大衆文学では直本賞という名前になっていました。若い日の佐藤浩市が演ずるサラリーマンがある日、美しい女性が落とした本(同人誌)を拾い、それが縁で、これなら俺も書けそうじゃないかと小説を書き出したのが映画の始まり。美しい女性は人妻なのですが、実に愛想がよろしい。そこの地域の文房具屋だか、印刷会社だかの主人が蟹江敬三で、同人誌を主宰しています。美貌の人妻に心惹かれている部分もあって、佐藤浩市はその同人誌活動に加わります。石橋蓮司は高等遊民を気取る文学青年崩れというか、今で言う所の中年のニートで母親と暮らしています。芥山賞を目指す頭でっかちの女子高生や、文学を目指すものの仲間から軽く見られているスナックの女性店員など、曲者揃いの同人誌活動です。地方に来た有名な評論家に文壇の怪しげ実情を聞かされて、驚く場面もありました。
同人誌に載せた佐藤浩市の小説が直本賞の候補になり、佐藤浩市は編集者に呼ばれて東京に出ます。
「文学賞を取れなくてもやっていける作家さんもいますが、あなたは賞を取らないとダメなタイプの作家です」
と失礼なことを言われますが、賞が欲しいでしょうと言われて指示に従うようになってしまいます。直本賞の選考委員の小説家たちに取り入るべきだと、それぞれ作家の実情を教えます。古文書を買い漁る為にいつも金欠の歴史作家にはお金を、女好きの作家には交際している美貌の人妻を呼び出して差し出せ、男色家の作家にはあなたなかなかのハンサムだからあなた相手しなさいと滅茶苦茶なレクチャー。ほかの候補者の一人はある選考委員の娘と婚約までしましたよ、なんて言っていました。
案内された文壇バーで、筒井康隆本人演じるSF作家が「SFが文学賞をもらえないのはおかしい! 文学と認めろ!」と暴れていました。恨みがこもっていますねえ。
編集者のいう通りにしたのに、佐藤浩市の作品は直本賞から落選します。その報を聞いて、嫉妬に凝り固まっていた同人誌仲間は嬉しさに万歳します。
ウラミコツヅイの佐藤浩市は恨みと屈辱を晴らす為に、とんでもないことをしでかすのでした。
とんでもない事件の後、佐藤浩市のほか、石橋蓮司が頭でっかちの女子高生にイタズラをし、自殺に追い詰めた事実が明るみに出て、未成年に対する淫行の罪で逮捕されます。
蟹江敬三さんは犯罪者がこれだけ出た、売れるぞと自嘲と諦めを含めて言います。夫の同人誌活動を日頃からよく思っておらず、同人誌仲間から揶揄されている妻役の女優さんが言います。
「わたしをソクラテスの妻と言うのは構いません。でもそう言うからには、あなたはソクラテスになってください」
ソクラテスになれるか、豚のままなのか、誰にも解らず、佐藤浩市の原稿が出版社のシュレッダーに回されていく映像で映画は終わります。
雲か霞を食べて生きられないのが人間だから、高尚でも美しくもなく、でも地面に這いつくばるだけでは終わらないと、ジタバタしながら生きていきます。




