なにゆえイギリス人に例えるのか
九藤朋さんと千岩黎明さんに捧げます。そして錫蒔隆さんと井川林檎さんに感謝を込めて。
以前にフランス革命を調べている中で、みすず書房から出版されていた『ロマン・ロラン全集』のうち、戯曲集の『フランス革命劇』の二冊を購入しました。架空の人物が出てくる作品もあれば、実在した人物が出てくる作品もありでした。
『ダントン』と『ロベスピエール』は題名通り、史実上の人物が出てきます。戯曲の始めに登場人物の一覧とその説明が述べられています。
ダントンは巨漢とか、ロベスピエールは中背で華奢とか、あるのですが、その中で、サン=ジュストも登場人物なので、当然説明付きで載っています。
その一部に、「冷静強固な意志をもった、沈着な、イギリスの青年貴族のような風貌。」とありました。
はて? なにゆえここに、「イギリスの青年貴族のような」と形容されるのでしょう。サン=ジュストは女性的な美貌の持ち主で、お洒落で、常に立ち振る舞いにも気を遣っていたと言われています。フランス革命までは、男性も貴族や富裕層がお洒落というか、派手な色合いの服を着ていてもおかしくなかった、むしろ権威の象徴であったのですから、革命でひっくり返ったとはいえ、史料を見ると、服装に派手さはなくなっても、革命家たちがサンキュロットの服装をしていたようでもなし、なんだろうと思っていました。
最近、疑問が氷解。中野京子の『名画に見る男のファッション』(角川文庫)です。表紙に載っているダンディな紳士の絵はイギリス人ではなく、フランス人。『ダンディかくあるべし』のタイトルで、『ロベール・ド・モンテスキュー伯爵の肖像』(ジョバンニ・ボルディーニの絵画)を紹介しています。十九世紀末のデカダンなダンディ紳士です。中野京子はこう紹介しています。
「でもフランス人に見えないって? そのとおり。当時は婦人モードはフランス、紳士モードはイギリスが本場だったから、英国紳士に見えるというのが最高の褒め言葉なのだった。」
ロマン・ロランは十九世紀後半から二十世紀前半に人生を送ったフランス人で、モンテスキュー伯爵と活躍した時代がほぼ重なります。サン=ジュストの人物造形に「イギリスの青年貴族のような」と持ってきたのは、情熱的な若き革命家であっても端正で紳士的な印象を与えたかったのでしょう。
サン=ジュストが小娘時代の偶像だったわたしはこれで満足して、うふふとなってしまうのでした。




