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A MURDER STORY FOR LADIES

 高校生の時に、少女漫画雑誌で、名香智子の作画で、フランシス・アイルズ原作の『レディに捧げる殺人物語』(角川書店 ASUKA COMIX)を読みました。前編後編、二回に分けての掲載でした。前編の緊張感と、後編の疑惑に充ちた展開がありましたが、あれ、これで終わり? といった印象でした。

 大分年数が経過してから、原作小説(創元推理文庫で、翻訳は鮎川信夫)を読みました。名香智子はこれだけ長い話をよく百ページにまとめたなぁとびっくりしました。創元推理文庫で四百ページ越えるボリュームです。本編の第一部に該当するのが漫画の前編で、第二部と第三部が後編として描かれていました。

 漫画はイギリスの地方の有閑階級のピクニックのシーンから始まっています。小説は物々しい書き出しになっていました。


「世の中には殺人者を生む女もあれば、殺人者とベッドをともにする女もいる。そしてまた、殺人者と結婚する女もある。リナ・アスガースは八年近くも夫と暮らしてから、やっと自分が殺人者と結婚したことをさとった」


 この後、ピクニックの情景の描写に遷り、ヒロインのリナは夫となる男性――ジョニー・アスガースをピクニックの参加者から紹介されるのです。

 時代背景は、多分のフランシス・アイルズがこの話を執筆した第一次大戦後の1930年代。貴族階級は緩やかに没落しはじめ、サー・トマス・アスガースは自身の財産や領地を保持できず、裕福そうな親戚や知人の許で長逗留している生活。多分その四男のジョニー・アスガースもそのようにして過してきており、その美貌から、どこかお金持ちの娘と結婚するのだろうと周囲から思われています。

 リナはジョニーと出会った時二十八歳、当時としては結婚の時期を逃した女性と見られていました。容姿は美人ではないが妖精っぽい容貌をしています。女権拡張運動に興味を持ったり、自分の聡明さに誇りを抱いたりしていましたが、賢い女性は敬遠されがちと気付き、次第に女性の価値は美しさであり、美しくない自分は女として失格であると考えるようになっています。それでいて結婚願望を捨てきれず、心の奥底では情熱的な恋人を待ち望んでいます。

 さて、ジョニー・アスガースは熱心にリナにアプローチしてきます。リナは、美男から言い寄られて、その男性に恋してしまうのです。

 ヒロインはろくでなしの男に引っ掛かった、父親だってそう思っているし、読者もだいたいどんなことが起きはじめるのか、なんとなく予想がつくのです。

 業田良家の『自虐の詩』のヒロインと違って、リナは代々軍人の家系の、スコットランド系の将軍の娘で、リナ名義で渡される手当や財産があります。安食堂で働き続ける必要はなく、一般庶民から見れば、まこと羨ましく、結婚しなくても暮らせるし、ヒモかツバメを持ったって大丈夫そうです。

 ところが、ジョニー・アスガースは単なるヒモ男レベルではありませんでした。まずもって自分で稼ぐだけの元手もないのに、贅沢な暮らしをするのが当然として振る舞い、賭け事狂い、平気で嘘を吐く、借金を繰り返す、自分の美貌をいいことに女にだらしない、リナからあれこれ言われても悪びれず反論してくるのです。

 第一部ではリナはジョニーの裏切りの数々を目にしてきて、大喧嘩して、幕。

 第二部の導入部では、リナはロンドンに住む妹夫婦の許に身を寄せています。離婚するべきだ、許してはいけないと妹は言い、リナ自身もそう決意しているのですが、リナはまだ夫を愛していると自覚しているのです。リナに好意を寄せてくれる男性も現れるのですが、ジョニーが再びリナの前に現れ、切々と訴えます。

「初めこそお金目当てで言い寄ったけれど、だんだん君に本気になっていった。愛しているんだ」

 離婚成立したら、結婚しようと思う相手がいるのと最後通告すると、ジョニーは涙を流しながら、それが君の仕合せだろうなんて言いながら、去ろうとします。


「わたし、あなたのもとにもどるわ」


 ここ、喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか、でも第二部のラストの大盛り上がりなのです。

 第三部ではリナとジョニーの新しい生活が始まり、しかし、どうもジョニーの良くない面が浮かび上がってくるのです。第一部であったリナの父親の死や、大金を持ったジョニーの友人の死に、直接ではないが、間接的にジョニーが関わっているような……。妻には隠しているようだけどもしっかりばれている賭け事に使用しているお金。

 多少の品行は修まったようだけど、金遣いの荒さと賭け事だけは治らないよう。

 ジョニーは流行りの言葉でいう「サイコパス」なのかも知れませんし、特権階級で育ったために、身に着いた贅沢を改められない生活無能力者なだけかも知れません。無能力者なりに容姿や口の上手さで渡ってきて、遂に妻には猜疑の目で見られるようになってきています。ですが、確たる証拠はなく、ただの偶然、リナの妄想かも知れません。今までだって悪事を隠しているつもりで、しっかりバレていました。

 さあ、今度ジョニーの身近で大金を所持しているのはリナ自身。夫はわたしを殺そうとしている、その疑いが消せません。

 元々有責配偶者ですし、離婚して経済的に立ち行かなくなるのは、リナではなくジョニーの方です。顔が良くて、礼儀作法を心得ていても、ダメ男で、もしかしたら遺産や保険金目当てに自分を殺すかも知れないと感じ始めているのですから、即離婚でなくても、別居なりなんなり、距離を置こうとしないのかしら? 賢い女性のはずなのに?

 リナは不安に取りつかれながらも、ジョニーを愛していて、それも我が子か弟のように、保護して、指導してやらなければならない、自分が目を離したら、逆にドジを踏んで警察に捕まるんじゃないかと心配している、矛盾した心境にいます。

 惚れた弱味と命の危険。別れた方がいいと頭で解っていても、別れられない心理の綾が延々と語れられるミステリの逸品です。この延々と続く描写に耐えられるか否かが、評価の分かれ目でもございます。

"A MURDER STORY FOR LADIES"は『レディに捧げる殺人物語』の原題。引用は『レディに捧げる殺人物語』(創元推理文庫 フランシス・アイルズ作 鮎川信夫訳)から。

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